25.互いの感情・一
次の日。
黎華は侍女たち全員と護衛たちを集めて、黒の沈梓昊と白の沈英雪を客卿として招き入れたと知らせた。
美しい見目もあり、ほぼすんなりと受け入れられたが、一人の護衛の男が声を上げた。
「……白い方、剣を佩いているな。腕前を見せろ!」
その男は、外門を預かる隊の長であった。がっしりとした体躯に偃月刀を持っている。
彼からすると、色素の薄く細いだけの沈英雪が頼りなく見えるのかもしれない。
黎華は心配して沈英雪を見たが、彼は何にも気に留めていないようであった。そうして静かに頷いた後、無駄のない所作で立ち上がり、その男の誘いを受けたのだ。
「あなたほどの方にお声がけ頂けるとは、剣士としての誇りを感じます」
そう言いながら、沈英雪を階を下りて庭先へと出る。どうやら、先ほどの男と手合わせをするようだ。
「……あの、止めなくても良いのですか」
「姫さんも見ておけよ。あいつは負けないさ」
「…………」
黎華の隣に座る沈梓昊は、そう言いながら沈英雪を見ていた。
横顔から伝わってくるのは、厚い信頼と、ひたむきな想いの感情だ。
(……ああ、そうか。沈梓昊は……)
黎華はその感情を、静かに理解した。
向けられている側の沈英雪のほうはどうなのかはわからないが、それでも二人の関係性は思っているよりずっと近いのだろうと思った。
庭先から、剣のぶつかり合う音が響いてきた。
沈英雪と護衛の男との手合わせは、すでに始まっていたようだ。
「――せいッ!!」
偃月刀を持つ男の威勢は凄まじかった。
もともと、槍のような形状の長い柄の武器を扱うと言うだけでも、男の腕前は確かなものであった。
黎華もその彼の強さを買い外門を任せているので、やはりこの手合わせには興味がある。
「……ふぅっ」
男の力強さに、あまり表情を崩さない沈英雪がそんな息を吐きながら彼の攻撃を避けた。
降り落としの直後には隙が出来るはずなのだが、彼にはそんな隙が無い。間合いを詰めてもすぐに後ろへと移動されてしまうので、踏み込んだ先に隙が出来てしまうのは沈英雪のほうが大きかった。
だがそれでも、焦っているようには見受けられない。
「……大刀をそこまで速く扱えるとは思いませんでした。さすがは『水晶堅牢』ですね」
「む、その名を知るとは……」
剣を交えつつも静かに話しかけてくる沈英雪に、男は僅かに意識を揺らがせた。時間としてはほんの僅か。目の前の沈英雪にしか伝わらないほどの刻だ。
――そんな小さな隙を逃さず、やはり沈英雪は躊躇いなく剣筋すらたゆむことなく、男に向かって己の剣を突き刺すように見えた。
金色の目の瞳孔が、獣のように細くなる。
(まずい、殺られる――)
男はとっさにそう思ってしまった。
沈英雪には、確かな殺気があったのだ。
「…………」
男の目に刺さるか刺さらないかの位置で、沈英雪の切っ先はピタリと止まった。
その動きに、周囲の者たちも皆息を呑み、辺りは完全に静まり返っていた。
「――参った」
その静けさを破ったのは、偃月刀の男だった。
足元にその偃月刀を落とし、両腕を軽く上げて見せる。
「お見事でした。石深どの」
「我が名を元々知っておられたのか。こちらこそいい技を見せてもらった。……姫、いや……黎静をお頼み申しますぞ」
「あなたは……」
「……あれがまだお小さい時、将来を考え剣を教えておりました。まさかこんな未来になろうとは……」
偃月刀の男――石深は、静かにそう言った。
沈英雪にだけ聞こえるような声音であったため、やはり周囲には漏らせぬ現実なのだろうと察した。
「しかし、そなた……その剣筋には覚えがある。はて、どこでだったか……」
「……一時ですが、王家の護衛を務めておりました。そういえば外門で張家の護衛の方と、一戦を交えたこともあります」
「ああ、そうかあの時の。うむ、ならば……両家を退ける策なども考えておいでか」
「それでしたら、あの黒の者が得意です。後ほどご挨拶に伺いますので、その時にまた」
沈英雪は石深の刀を拾い上げ、それを彼に手渡しつつそう告げた。
すると石深もまた、うむ、と頷きを見せて満足そうに笑って見せる。
とりあえずの『手合わせ』は、そこで終了したようであった。




