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第十四話

《side狐介》


 私の出身は越後の国です。

 

 ただ、越後になど行ったことはありません。

 生まれも育ちも江戸で、雅な江戸の風景を見て育ってきました。


 商売人として、江戸はたくさんの人が行き交ってどんな商売をしても上手く行きそうな雰囲気を持つ場所でした。


 ですが、私は商家の跡取りとして一世一代の大博打に出ることにしました。


 父である大旦那様に、美波藩で商売したいことを伝えたのです。


「勝算はあるんですね?」

「必ず、やり遂げてみせます」

「良いでしょう」


 大旦那様に許しを得て、私は美波藩にやって参りました。


 ここからが私にとっての勝負を決める一歩目です。

 お代官様と交渉して、商売を成功させる。


 その暁には江戸の店を継がせてくださいとお願いしました。


 こうして修行に出ることで新しい販路の開拓を行います。


 十歳までは奉公に出て、十歳から元服するまでの間は、家の商売を手伝っていました。


 しかし、このままぬるま湯にいては、未来の越後屋に発展はありません。


 新たな環境を開拓することで、発展を望むのです。


 ですから、田舎である美波藩を選びました。


 ここで発展できたなら、私にも自信と価値が持てるんじゃないかと思ったのです。


 ありがたいことに江戸の越後屋から品物を仕入れる手筈は整えました。


 妖怪たちが邪魔をすることを考え、護衛や陰陽術師などは、大旦那様の手を借りてしまいました。


 これは越後屋にとっても一世一代の大博打だと大旦那様は言ってくれたのです。


 さて、美波藩の代官様とはどのような方なのか? 蛇が出るか、龍が出るか、分かりません。


 どんな方でも、必ずやり遂げてみせます。


 実際にお会いすれば、余所者である私に期待してくださる代官様でした。


 正直に言えば自治領で、私腹を肥やしている代官様や、家老様、それと手を結ぶ商売人たち。


 私はそこに割って入る邪魔になります。それを分かりながら、挑戦したいとここまで来ました。


「絶対に代官様を説得するしかありませんね!」


 商才には自信があります。


 あとは、成功を掴むだけです。


 ♢


 なんて大きい人なんや、私のことなど知りもしない。


 そのはずですが、お会いした代官様は二つ返事で、借金も、店も、寝泊まりする屋敷まで全てを用意してくださいました。


 しかも、お代官様のお墨付き、御用達商人という肩書きまでくださった。


 美波藩は江戸に比べれば狭い世界です。

 町民や農民に嫌われては商売はできません。


 ですが、お代官様御用達商人だと名乗るだけで、町民も農民も受け入れてくださるのです。


「あの若くて綺麗な代官様のお手伝いをしているんだってね。頑張ってね」

「代官様には飯を食わせてもらっているんだ! なんでも言ってくれ」

「代官様大好き!」


 代官様が、町民や農民が辛い時に食事を提供して、街の整備を行ったことで、街の暮らしは次第に好転を始め、そこに私のような商人を呼び寄せたと思われているようです。


 結局は商売は人です。


 私個人は金を管理する両替を主流にして、現地で雇い入れた物たちに着物を作らせ、大工を雇って材木業も行いました。


 農家直送の米も代官様に代わって裁量を行い買い取ります。


 着物や建築の材料は江戸の越後屋から仕入れました。


「お疲れ様です」

「いえいえ、代官様に比べれば」


 仕事を一段落つけて、一息ついていると、見習い商人のコギヌが声をかけてきました。


「狐介旦那様は、代官様を随分と評価しているのですね」


 私が来る前の美波藩は、随分と荒れていたようです。

 お世辞にも素晴らしい藩だったとは言えません。


 ですが、ここ数ヶ月で急成長を遂げつつあります。


 それは代官様が、手を加えたことで、ここまで活気が戻り、私も藩民にすぐに受け入れてもらえたのです。


 ここだけの話ですが、私はもっと悪い方法もたくさん考えておりました。

 代官様だけでなく、家老様方に心付けを行って、根回しをした上で成功への道筋を作り出す。


 ですが、その手段を何一つ使うことなく、私は成功を約束されたのです。


「今まで見てきたどんな代官様や旗本様たちとも違う。異質な存在なのです。ああいう方を名君と呼ぶのでしょうね」


 古参の商人たちからは煙たがられましたが、新しい代官様に対して、面と向かって対処ができない商人たちは、どうやって接すれば良いのか悩んでいるようです。


 そして、代官様からは、手形を使って吟味した商人の名前が書かれた目録を渡されました。


 どの商人が友好的で、どこが怠慢な商売をしているのか、そして敵対して潰してほしい商人まで、全て伝えられております。


 ふふ、腕が鳴りますね。


 代官様御用達商人になったことで、同心たちだけでなく、与力集まで店の警護を勝手出てくれるほどに私は守られています。


 なぜここまで私にしてくれるのでしょうか? 理由は分かりません。


 ですが、ここまでされて恩を返さない商人にはなりたくありません。


 それに不思議なことに代官様の要求は……。


「旦那様、お菓子のご用意ができました」

「ええ、ありがとうございます」


 私の手伝いをしてくれている小性のコギヌが不思議そうな顔をしています。


「どうされました?」

「いえ、偉い方々は小判を好まれるのに、どうしてお菓子なのでしょうか?」

「ふふ、分からない人ですよね。ただ、言えることは……慎ましい方なのだろう」


 自らの贅沢をすることなく、藩民に米を提供して、与力を自らの蓄えから雇い。

 私のような若い商人に助力してくださる。


「このご恩は必ず返します。美波藩だけでなく、あの方を出世させることが私の望みになりました」

「お供します!」

「ふふ、険しい道になりますよ」

「望むところです」


 私は美波藩に来たことで商売の楽しさ以上に人の繋がりを知ることになったかもしれません。


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