其の八 京の抹茶と、壺の花
水屋内で三人が洗い物をしている頃、百合紅葉の小上がり席には三人の客がいた。
「・・・・・・――――で? その後の首尾は、どうだ?」
客の一人は、板内だ。
腕組みをしたまま、卓を挟んで座る副木とその横に座っている女へ、重々しい声で問いかけた。
「押忍! 順調であります! 新潟県で例のモノを見つけ、搬入準備可能になったであります!」
「そうか。ご苦労だったな、副木」
「押忍! ありがとうございます、板内団長! 自分は、黒曜団のために尽くすであります!」
副木はカクカクとした動きで、板内に深く頭を下げた。
「檜垣。そちらの進捗は?」
「ええ。戦後にしては非常によく集まっています、団長。思った以上に数は集まりそうですよ?」
「・・・・・・そうか。集めるだけ、モノは集めてくれ。交渉術は檜垣胤子の十八番だろうしな」
「あらぁ、いやですわぁ団長。わちきは、それだけの女じゃなくてよ? うふぅーふ!」
「わかっておる。・・・・・・世が世なら、檜垣は腕のいい『くノ一』といったところか・・・・・・」
「さすが団長。そうでありんすよぉ? わちきは、黒曜団のくノ一、ですからねぇ。うふふぅふ」
板内は腕組みを解かずに、目を閉じたまま、ふっと笑みを浮かべた。
副木は、卓にある椀の茶をがぶりと勢いよく飲んだ。
「・・・・・・むぅお! ぺっ、ぺっ! 何だこの茶は! 板内団長、苦すぎて、飲めぬであります!」
茶を吐き出した副木。板内と檜垣もそれぞれ茶を口に含むと、数秒後、「苦い」と吐き出した。
「団長ぉ。この茶は何でありんすかね? 苦くて飲めませんわよ。やけに緑色でありんすなぁ」
「むう。・・・・・・ここの店主の女が、淹れてきたのだが。・・・・・・副木! あの女を呼べぃ!」
「押忍! おいこら! 団長がお呼びだ! 女! 主の女! ここへ参れ!」
その声を聞き、水屋から千草が慌てて飛んできた。後ろの壺に活けられた花が、左右に揺れる。
「は、はい! あの、何か不手際がありましたでしょうか?」
「何かも何もあるかっ! 何だこの茶は! 自分も、檜垣も、板内団長も、苦くて飲めんわ!」
「あ! そ、それは、京都から取り寄せた上級の抹茶をたてたのですが・・・・・・。お口に・・・・・・」
「こんなもの、身共らの口に合わぬぞ! ・・・・・・女。京の茶を使うなど、茶の心得があるのか?」
眉間にしわを寄せた板内の圧力に、千草は「茶道を祖母に・・・・・・」と小声で答えた。
「ふーぅ。あの壺にある花も、なんだか地味でありんすねぇ。あの花、あんたが活けたんかい?」
長い煙管を噴かし、檜垣は千草に白煙を吹きかけ、そう問いかけた。
「けほけほっ。か、華道も祖母に習いまして・・・・・・。あ、あの、お心を悪くされたのなら・・・・・・」
すると檜垣はまた千草に煙を吹きかけ、「華も茶も素質無しね」と笑い飛ばした。
「女! 京の茶など口に合わぬ! 客の好みを察してこそ、真のもてなしだと思わんのかっ!」
板内は、椀の抹茶を千草の顔へぶちまけた。そして「淹れ直してこい!」と強く叱責した。
千草は震える声で「申し訳ありません」と謝りながらも目に力を込め、急いで水屋へと戻った。