其の七 かしましい娘たち
「うそーっ! 大胆ね、ちーちゃん! 家を訪ねるなんて、やるーぅ! どうしちゃったの!」
「あたいはとても、そこまでできないわぁ! チーがそこまでするなんて! 意外ねーっ!」
「そぉだよねぇ! あたしも、かつ子も、ちーちゃんみたいなことまでは、とてもとても!」
「チー? しま子がこう言ってる意味、わかるよね? あんた、まさかその人のことを・・・・・・?」
「そっ、そんなことないわよー。わたしはね、源五郎さんは恩人だからであってー・・・・・・」
「まぁたまたーぁ! ちーちゃん、照れなくてもいいのよー? 愛情だね、あ、い、じょ、う!」
「だからぁ、わたしは助けてもらったお礼として、源五郎さんにー・・・・・・」
「お礼にしても、ねぇ? あたいやしま子が同じ立場でも、そこまでできないわぁ!」
「それで? その、げんごろーって人は、ちーちゃんの茶碗蒸し、そこで食べたの?」
「チーが厨房で何を作ってたのかと思ったら、そういうことだったのねぇーっ! 素敵ねぇ!」
「うん。源五郎さんは、その場で二つ食べたよ。・・・・・・一緒に食べようと思ったんだけどさ・・・・・・」
「うっわー。もう、夫婦愛だよ、夫婦愛! 男女が同じ屋根の下で、茶碗蒸し! きゃあー」
「だから、わたしは食べてないって。源五郎さんがすぐ、飲むように二つ食べちゃったの」
「何でもいいのよ、チー。重要なのは、チーの行為をお相手が快く受け止めたかどうか、だよ!」
「それで、それで? ちーちゃんは、その後、その、げんごろーって人の家に上がったの?」
百合紅葉の水屋で、千草は左右から同僚の女性二人に質問攻めにされていた。
しま子というおかっぱ頭の娘は、話に夢中で皿洗いが適当になっている。
「ううん。夜も遅かったし、急いで帰ったよ。・・・・・・てか、ちゃんと洗ってよぉ、しま子ー」
「なぁーんでそこで帰っちゃうかなぁ! いいかい、チー? 奥手なチーがそこまで大胆に動けたんだから、あと一押しで、そのゲンジロウって人を、その日のうちに落とせたはずだよ」
かつ子という恰幅の良い娘も、話に夢中で鍋洗いが疎かになっている。
「ゲンジロウじゃないよ、源五郎さんだよ。・・・・・・てか、かつ子、鍋のあんこが落ちてないわよ」
千草は「しょうがないんだから」と、二人の洗い残しをごしごしと落とす。
「それでぇ? げんごろーって人は、何のお仕事をしてる人なの?」
しま子の問いに、ぴたりと、千草の手が止まる。
「源五郎さん、そう言えば何の仕事なのかしら? 東洋江建築にいた、とは聞いたけど・・・・・・」
「東洋江建築ぅ! すごいじゃない、チー。それ、この水引屋を建てた会社よ! 戦後の復興に大きく貢献してて、お国からも信頼の厚い大会社だよ!」
「いーなぁ、ちーちゃん! 素敵な人に助けてもらって、縁が出来て、まるでお伽話のようね!」
「い、いや、源五郎さんはいま、そこの社員ではないみたいで・・・・・・」
「なーんでもいいのよ! そんな会社で勤めてた人なんだから、きっと、素敵な方なのねぇ!」
「銀幕俳優みたいな方だね、きっと! ちーちゃん! 今度、あたしやかつ子も、会わせてよ!」
「その人に、芝浦しま子と白原かつ子っていう、素敵な友達がいるって言ってあげて、チー」
千草はやや呆れ気味に「手が止まってますけど?」と二人に笑いかけ、洗い物を続けた。