表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲンの拳骨  作者: 糸東 甚九郎(しとう じんくろう)
5/51

其の五  しっかりしてるお嬢さん

「ありがとう存じました。またのお越しをお待ちしております」


 千草が、笑顔で深々と頭を下げている。板内たちは、勘定を済ませ帰っていった。

 板内との話を終え、ゲンはまた窓際の席に戻った。


「やーれやれ、板内の野郎も相変わらず仏頂面だなぁ! 固すぎて、話してるこっちがおかしくなっちまうべや」


 ゲンは饅頭をばくりと頬張り、それを茶で流し込む。


「・・・・・・今のお客さんたち、源五郎さんのお知り合いだったんですか?」

「ん? あー、俺が東洋江建設っつう会社にいた頃の、同期だったやつだよ。黒曜団っていう劇団の頭になったんだと。俺にはよくわかんねぇ世界だなー。この日本に、華を飾るだなんてよぉー」

「あのお客さんたち、ここ最近、よく来るんですよ。あの席でいつも、お茶を飲みながら何か難しいお話をなさってるんです」


 千草は布巾でゲンの隣卓を拭きながら、小上がり席のほうを見て話す。


「あいつは、会社でもそうだったんだよ。変わった野郎でなー。いつも仏頂面して、小難しい言い回しでモノ言うもんだから、上司も同僚も嫌んになっちまってさ。俺ぁ気にしなかったけどな」

「まぁ、そうなんですか? でも、あのお客さんには、独自の考え方がきっとおありなのですよ。わたしには、よくわからないことでしょうけど・・・・・・。考え方は各々違いますからね」

「千草さんは、いろんな方面からモノを考えられるんだな。・・・・・・確かに、そうだよなぁ」


 ゲンは笑って、空になったグラスと饅頭の乗っていた皿を千草へ渡した。


「いやぁ、とにかく今日は悪かったね千草さん。うまかったよ、饅頭もお茶も!」

「良かったぁ。すみません、この程度のお礼しか出来なくて・・・・・・」

「いやいやいや、気遣い無用だべよ! じゅーぶん、感謝の意は俺に伝わりましたかんね!」

「・・・・・・じゃ、お茶とお饅頭とで、一万両いただきます」

「え! お、お礼って・・・・・・言ってたから・・・・・・てっきり。・・・・・・か、金とるんけ?」


 ゲンは思わず、目を丸くした。慌てて財布の中身を数えている。


「ふふっ! うそうそ! 冗談ですよ。源五郎さんは恩人ですから、お金などいただけません」

「な、なぁんだよぉ! 焦ったべなーっ! ・・・・・・なかなか、イタズラ娘だなや千草さんは」

「ふふふっ。・・・・・・また、いつでもいらして下さい? わたし、平日はここにいますので」

「おぅ、わかった! ・・・・・・だけどなー、俺みてぇな野郎がこんな洒落た茶寮に入るのは・・・・・・」


 ゲンは照れを隠すように、笑いながら髪をわしわしと掻き乱している。


「源五郎さんなら・・・・・・わたしは歓迎しますよ。それに、源五郎さんの話し方が・・・・・・」


 千草は話し終える前に丸盆で顔の半分を隠し、丸い瞳でゲンをじっと見ている。。


「ん? 俺の話し方? いったい何だや、千草さん」

「源五郎さんって、お国は野州じゃございませんか? 違ったらごめんなさいですが」

「やしゅう? あー、よくわかったなや! そう、栃木だよ。俺ぁ栃木から出てきたんだ!」

「やっぱり。そうでしたか! 初めからその話し方を聞いて、もしかしたらそうかなぁ、と」

「そんなに訛ってっかや、俺?」

「懐かしい訛り方ですよ。ふふっ。故郷を思い出します」

「そうけ! ・・・・・・って・・・・・・え? じゃあ、千草さんも、故郷は栃木なんかや?」

「ええ。そうですよ」

「たまげた! 全然訛ってねぇべや! てっきり、東京の人かと・・・・・・」

「苦労しましたよ。東京に来て、初めは、お国言葉がどうしても出てしまって・・・・・・」

「よかんべや、別に! 俺を見てみろよぉ! なぁーんも、恥ずかしいこたぁねーぞ!」

「ふふっ。・・・・・・源五郎さんを見てると、確かに、そう思えてきちゃいますね」


 千草は穏やかな笑みを見せ、ゲンと話を続ける。


「この店は・・・・・・千草さん一人で?」

「いいえー。戦後に水引屋へ一緒に入った子が、あと二人います。いま、商店街へ買い出しに行っているので店にはいませんが。わたしは、お雇い店長的な感じです。楽しいからいいですけどね」

「そぉなんかぁ。いや、雇いだろうがヤドカリだろうが、店長ってなぁ、大したもんだべ!」

「そんなそんなー。小さな店ですし、大したもんなんてこと、ありませんよぉ」

「謙遜も上手だなや、千草さんは。・・・・・・ところで、栃木のどこなんだい? 俺ぁ、宇河宮(うかわみや)の西にある、北柏沼村(きたかしぬまむら)っつうとこの出なんだけどよー」

「あら、奇遇ですね! 北柏沼村なんですか。わたしの実家はその西隣の、上陽向村(かみひなたむら)なんです」

「上陽向なんけ! いやぁ、偶然だなや! ・・・・・・東京へは、どうして?」

「わたし、十人兄妹の五番目なんです。上には、兄と姉が二人ずついまして。実家の神宮司家は上陽向で一番の庄屋なんです。長兄が継ぐ予定なんですが、わたしは五番目三女ですし、どうせなら地元に残るのではなく、一度は東京に出てみたいと思って・・・・・・。戦争も一応、終わりましたし」

「兄妹の五番目・・・・・・。そうだったんかぁ。そんな立派な家の出たぁ、こりゃまいった!」

「そぉんなことないですよぉ。・・・・・・でもわたし、東京に出て良かったと思ってます。地元では知ることの出来ない経験に溢れているし、たくさんの人がいるからこそ、様々な出会いもあって」

「さっきの進駐軍の連中みたいな、ダメな出会いもあるから、そこは気をつけねーとな」

「はい、そうですね。・・・・・・わたしは若輩者ですから、判断も甘いし、いろいろ迷惑も・・・・・・」


 千草は少しだけ、複雑そうな表情を浮かべた。


「まぁ、そう気にすんなや千草さん。俺ぁもういい年齢だが、そんな野郎だって、モノ知らずで適当でいい加減だ。気にすることなかんべや。俺なんかより、ずーっとしっかりしてらぁ」


 ゲンは、千草に朗らかな笑みを見せ、浴衣の袖をばさりと振って謎の小踊りを見せた。


「・・・・・・ふふっ。あはは! もぉー。変な踊りしないでくださいよ、源五郎さん」

「お。笑顔に戻ったな! ・・・・・・ところで失礼を承知でだが、俺は二十七だけど、千草さんは?」

「わたし? ・・・・・・今年、十九になります。昭和五年の生まれですので・・・・・・」

「じゅ、十九っ? ・・・・・・俺より、八つ下なんかや。・・・・・・しっかり、しすぎてらぁー」


 ゲンは自分の額をぺしんと叩いて笑う。千草は上目遣いで、その笑顔をずっと見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これは……………変!? じゃなくて恋!?
[良い点] 千草は19歳だったのですか!勝手に26~28歳くらいの女性だと思って読んでいました。 本当に、ゲンが言うとおり、しっかりしてますね(^o^) [一言] 昔の時代って、兄弟姉妹たくさんいる家…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ