其の四十五 「千草」と「源五郎さん」
ゲンと千草が東京を発ち、故郷の栃木に戻ってから、一週間後の夕方。
北柏沼村や上陽向村に隣接する柏沼町の秋祭りに、二人は来ていた。
各地区から繰り出された、細やかな彫刻の刻まれた大きな山車が目玉だ。それが何台も、町役場の隣にある真宮神社に集まり、壮大な祭り囃子をぶつけ合っている。
ゲンは境内の隅にある石灯籠の前に座り、それをぼんやりと眺めている。
「・・・・・・ふふっ。どうしたんですか、源五郎さん? そんな、ぼんやりとして」
手に小さな風車を持った千草が、にっこり笑ってゲンの横に腰を下ろす。
「あ、いやー・・・・・・。千草さんは、柏沼の秋祭り、好きけ?」
「ええ、とっても! 東京に出る前は、両親と必ず来てましたよ」
ふうっと風車に息を吹きかける千草。風車は、からりからりと音を立てて回る。
「あれから、神宮司家に戻って、どうだったや? 特に、ご両親とは・・・・・・」
ゲンは片手で前髪を掻き上げ、ちらりと千草の方を見る。
「・・・・・・きちんと話したら母はわかってくれましたが、父はまだ・・・・・・。頑固すぎる人なので」
「そうけ・・・・・・。うーん、そうかぁー・・・・・・。親父さんかぁ・・・・・・」
ゲンは何かに行き詰まったかのような顔をして、わしゃわしゃと頭を掻く。
「・・・・・・まぁ、大丈夫ですよ。もう少し、何回か、説得してみます。わたしはわたしなりに、ちゃんと筋は通しますから。ケンカして飛び出した、わたしが悪いんですから」
「いや、そう言ってもなぁー・・・・・・。・・・・・・千草さん。あ、あのよ・・・・・・」
「ん? 何ですか?」
「こんな場で言うのもあれだけどよ・・・・・・俺ぁ、もう、きちんとしとこうと思うんだ」
「・・・・・・。・・・・・・はい・・・・・・」
「千草さん、俺と夫婦になってくれや! 二人で、共に人生を歩むべ!」
千草は、瞬きを数回した後に、にっこり微笑んでゆっくりと、頷いた。
「嬉しい。嬉しいです、源五郎さん。・・・・・・こちらこそ、末永く・・・・・・お願いいたします」
「そっ、そうけ! 千草さん、ありがとな! 俺も、この上なく嬉しいぜ! 最高の気分だべ!」
ゲンは目を輝かせ、喜びのあまりその場で石灯籠に向けて正拳突きを放っている。
「源五郎さん。わたしたち夫婦になるのなら、『千草さん』ではなく『千草』って呼んで下さい」
「え! い、いやぁ、なんか、慣れなくって・・・・・・何か、急にだと、気恥ずかしくってよ・・・・・・」
「じゃあ、慣れればいいんですよ。・・・・・・呼んでみて?」
「え、えーと・・・・・・。お、おほん。・・・・・・じゃ、じゃあ、お、おい、千草!」
「なんだか、偉そうな言いっぷりですね。おいは余計なんじゃないですか?」
「えええ! だ、だってよぉー・・・・・・」
「ふふっ。うそうそ。・・・・・・これからは、千草って呼んでね? ・・・・・・ねっ、源五郎さん」
二人はぴたっと肩を寄せ、それから祭り囃子をずっと聴き続けていた。




