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ゲンの拳骨  作者: 糸東 甚九郎(しとう じんくろう)
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其の四十四  それぞれの分かれ道

「何だか、寂しくなるなぁ・・・・・・。ちーちゃん、絶対に、あたしらのこと、忘れちゃ嫌だよ?」

「大丈夫よ。お互い、手紙送って、近況報告しようよ」

「うん! 絶対、途絶えさせたらダメだからね? ちーちゃん、わかった?」

「しま子ー・・・・・・。どっちかと言えば、チーよりもあんたの方が忘れちゃいそうな気がするけど」

「ひどーい! そんなことないよねぇ、ちーちゃん? ちゃんと手紙送るからね!」

「はいはい。わたしはちゃんとわかってるからー」

「ほら! 聞いた、かつ子? ちーちゃんはきちーんとわかってるってば!」


 黒曜団の大事件から、一週間後の正午過ぎ。

 千草は百合紅葉で勤めていた同期の二人と、日歩里駅の改札前にいた。


「しま子。かつ子。いろいろあって大変だったけど、これまで本当に、ありがとうね」


 にこっと微笑み、千草は荷物を持ったまま二人にぺこりと頭を下げた。


「何言ってんのさ、チー。あたいもしま子も、チーにずっと世話かけっぱなしで、むしろこっちが心から感謝してるんだよ」

「そうそう! ちーちゃんと一緒じゃなかったら、あたし水引屋でやっていけなかったと思う」

「・・・・・・ありがとう、二人とも。・・・・・・水引屋、かぁ・・・・・・。いろんな意味で、わたし、忘れられない場所になっちゃったな・・・・・・」

「・・・・・・そうねぇ。あの事件で水引屋、倒産しちゃったんだものね。・・・・・・怖かった事件だったけど、それよりも、チーがこうして無事に帰ってこられたのが、なによりも一番だよぉ」

「ありがとう、かつ子。・・・・・・わたし、源五郎さんがいなかったら生きて帰れたかどうか・・・・・・」

「確かに水引屋は、忘れられない場所になったわねぇー。ちーちゃんにとっては、あたしやかつ子よりも、とんでもない目に遭った場所だもんね・・・・・・。・・・・・・あー。ちーちゃん、もう少し東京に残ればいいのにー・・・・・・」

「そう言ってくれてありがとう。・・・・・・でもねー、わたしはわたしで、きちんとけじめをつけなきゃいけないことがあってさ。・・・・・・だから故郷に、戻ることにしたの」

「チー。それってやっぱり、ご両親と話して和解する・・・・・・ってこと?」

「ちーちゃん、親子ゲンカして栃木を飛び出てきちゃったんだもんねぇ。・・・・・・大変だろうけど、あたしもかつ子も、応援してるからね! 親と和解、かぁ・・・・・・」

「うん。そのことももちろんあるんだけどね、わたしのけじめって言うのは・・・・・・」


 千草は荷物を持つ自分の手を見つめながら、少しだけ声のトーンを変えた。


「あ、いたいた。おーい! 悪ぃなぁ、待たせちまったなー」


 そこへ、丸く膨らんだ大風呂敷を背負ったゲンが、笑顔で手を振りやってきた。


「あ。源五郎さんっ」


 千草は明るい笑顔で、ゲンへ向かって大きく手を振る。

 しま子とかつ子は「そういうことか」と、にんまり笑った。

 ゲンの後ろからはまた数名、男性が続いてやってきた。


「あら? 島村さんもご一緒でしたの? あ、金藤さんに、青川さんまで?」

「ああ。どーぉしても、こいつらが俺らの見送りをしてぇって言ってさ。俺ぁ別に来なくていいって言ったんだけどよ? ま、しゃーねぇべ。見送りたいって言うんじゃな」

「ふふっ。そうですよ。せっかくのご厚意なのに、来なくていいなんて言ってはいけませんよ」

「・・・・・・だってよ、島村?」

「千草さんは本当に、よくできた人だっぺ。ゲンなんかよりも、な」

「なぁんだとー?」

「金藤さんや青川さん、傷は大丈夫なんですか? まだ、あれから一週間ですけど・・・・・・」


 千草は松葉杖を突く金藤と包帯をあちこちに巻いた青川に、心配そうに声をかけた。


「がっはっはっは! なぁに、それがしはこの程度、傷のうちに入りませんぞ! こんなもの、蚊に刺された感じですな! 柔道で鍛えたそれがしには、鉛玉など、何も怖くはありません」

「本官は怖かったですよ、まったく。戦地も怖くてたまりませんでしたが、まさか、それに匹敵する現場で撃たれるとはね。足だったからまだ良かったですか、少し弾道がズレて胸に飛んできてたら、お陀仏になってたんですよ? ・・・・・・まぁ、先輩が東京から去ると聞いたんで、病院なんかで寝てたら薄情者だと言われそうな気がしたんでー・・・・・・」


 ゲンは金藤の言葉を聞いて、やや照れている。


「お、俺ぁ別に、見送ってくれなんて頼んじゃいねぇべ。・・・・・・まぁ、嬉しいけどな! 黒曜団ももういねぇから安心しろよ、金藤!」

「安心なんかできませんよ警察官は。いつ、どこで、何があるかわかりませんからね」

「黒曜団の団員も、それを幇助した屯も、みな逮捕されて恐らく今後、死罪の判決になるだろうってラジオで言ってたっぺ。・・・・・・とんでもねぇ事件だったなぁ、本当に」

「島村! 俺らは今後、道場を開いたら弟子を持つ側になるんだ。絶対に、あんなバカな真似をするやつが弟子から出ないよう、よぉーく、心の面から鍛えてやろうぜ!」

「ああ、そうだな。・・・・・・おらも、ゲンが今日この東京を発ったら、数日後には茨城へ帰るよ」

「それがしも、今回の事件で上司の命令を無視して黒曜団と戦ったことで、東洋江建築から暇を出されてしまったからな。・・・・・・実家のある房州に戻って、一からやり直すつもりだ」

「本官は職務がありますから、このまま、東京に残ります」


 ゲンは「それぞれ、道が変わっていくな」と、呟いた。

 ホームの方からは、汽車の汽笛が響いている。駅の構内には「間もなく発車時刻です」というアナウンスが入った。


「源五郎さん。汽車、出ちゃいます。・・・・・・そろそろ、行きましょうか」

「おぅ、そうだな! ・・・・・・じゃあな、みんな! 達者でな! また、どっかで会おうぜ!」

「またな、ゲン!」

「ちーちゃん、元気でね!」


 島村やしま子と一緒に、かつ子、青川、金藤は汽車に乗り込む二人へ大きく手を振り続けた。

 ゲンと千草は窓から身を乗り出し、見送る五人へ「どうか元気で!」と大声で応えていた。


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― 新着の感想 ―
片腕に嫁を抱えて帰郷か。 錦を飾る…………んだよね? 後、7話あるけど…………。
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