其の四十三 物事の結末
「えええぇぇーいあぁっ!」
「ぐっ!」
「きゃ!」
ゲンは両手の掌底突きで板内を突き飛ばし、後ろ蹴りで檜垣をすっ飛ばした。
「おのれ、早乙女! 身共の計画が・・・・・・こうも阻まれるとは!」
「板内。おめぇ、こんなことをやって本気で日本を変えられると思ってんのか?」
「当然だ。身共は、強き善き日本を、この手で取り戻すべく黒曜団を結成したのだからな」
「あんたごときに、団長の崇高な思いと愛国心はわかるわけないでありんす」
「崇高だ? 愛国心だ? わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇべよ! おめぇらがやってるのは、ただの無差別破壊と過激な兇行だ!」
板内と檜垣は立ち上がり、それぞれ、軍刀とくないをまたゲンに向ける。
「理解できんだろうな、お主には! 身共は、心底この国の現状を憂えておるのだッ!」
「戦争に負けたことにされ、弱体化してしまったこんな国に、希望なんかないでありんすよ!」
同時に、前方から板内が斬りかかり、後方から檜垣が突いてきた。
「何度やっても、同じなんだよ! もう諦めろ、おめぇら!」
ゲンは動きの起こりが見えないほどの速度で、横へ転位して二人の攻撃を躱した。
その時、思ってもいないことが起きた。
ばさり、ざくりという、耳に残る独特の音が響き渡った。
「な、何っ! 板内の野郎・・・・・・」
ゲンは目を丸くした。縛られている千草も、言葉を失った。
檜垣は、顔から胸元までをざくりと大きく斬られ、鎖帷子の内部も真っ赤に染め、金属音のような悲鳴を大きく上げてその場にどさりと倒れた。
「ひ、檜垣! 何たることだ! 早乙女が避けたことで・・・・・・っ、身共の剣が・・・・・・」
板内は、慌てて檜垣を揺り起こそうとした。しかし、既に檜垣は事切れていた。
「すまぬ、檜垣・・・・・・。・・・・・・おのれぇ、早乙女!」
「おいおい! 何言ってんだおめぇ! 斬ったのはおめぇだぞ! おめぇが冷静さを欠いて、その刀で仲間を斬ったんだ。・・・・・・俺に怒るなんざ、お門違いも甚だしいベよ」
「黙れ! 身共は・・・・・・お主を絶対に許さんぞ! この手で、斬り殺してくれるわ!」
板内は目を血走らせて、ちゃきりと音を立て、刀をゲンに向けた。
「とんでもねぇ大馬鹿野郎だべ・・・・・・。おめぇがそういう気なら、俺も、本気でこいつをおめぇの骨の奥底まで叩き込んでやるかんな! いいんだなっ?」
ゲンは右の拳を固くぎゅっと握って、正拳を作った。それを板内に向け、重心を前掲させて腰を落とす。
「その重心・・・・・・。お主、身共を殺す気で打ち込むんだな」
「あたりめぇだ。おめぇを止めるためには、俺にはこれしかねぇんだかんな! 死んでも、恨みっこ無しだ!」
ゲンは、鷹のように鋭い目に、ありったけの殺気を込めて言い放った。
「勝負は一瞬でつくだろう」
「あったりめぇだ。空手は一撃必殺だ」
「身共の剣も、元々人斬りであった武士が興した流派。一太刀必殺の斬撃なのだ! 覚悟!」
先に、板内が動いた。刀の刃を大きく振り上げ、防御度外視でゲンに向かって全力で斬り込んでゆく。
それをゲンは「ガラ空きだ!」と迎え撃つ。板内の心臓めがけて、溜めに溜めた力で渾身の正拳突きを放つ準備が完全にできていた。それを打ち込めば、鎖帷子ごと板内の身体を破壊できるほどのものだ。
その時、ぶつりという音がした。
「殺すなんて、だめぇっ! やめて、源五郎さぁんっ!」
千草の声が、ゲンの耳から脳内へ突き抜けた。
一瞬、ゲンはその声で正拳突きを放つのを躊躇った。突きを打たずに身を捻り、板内の斬撃を紙一重で躱した。
板内の刀は、床板を大きく斬り割り、その断面からは焦げ臭い煙が微かに立ち上っている。
「ちっ、千草さん! 縛り付けられていたんじゃ・・・・・・っ!」
ゲンの元へ、縄を切り解いた千草が縋り付くように駆け寄った。
「そんなことより・・・・・・とにかく、だめです源五郎さん! いかにこの人達が悪い人でも、あなたの拳で殺めてしまうことは、いけません! どんな大義名分があっても、殺めてしまったらあなたの空手は、守るための空手から殺めるための空手になってしまいます! だから、やめて・・・・・・」
千草は、ゲンの手を包み込むようにして、大粒の涙を流している。その顔と涙は、ゲンの殺気を次第に薄めていった。
「千草さん・・・・・・。俺ぁ・・・・・・。・・・・・・怒りで我を、忘れかけてたよ・・・・・・」
ゲンは泣き縋る千草を、片腕でぎゅっと抱きしめた。
刀を床から引き上げた板内を、ゲンは突き刺すような視線でじっと見ている。ただ、その目にはもう、殺気は籠もっていない。
「板内よぉ・・・・・・。おめぇが造りたい強き善き日本の在り方っちゃ、こうして悲しむ人や傷つく人が絶えず溢れる国か? その窓から見えるような光景が常となる国にするつもりか?」
「なんだと?」
「刀を置けよ。俺ぁもう、おめぇにこのゲンコツをぶっ込んだりしねぇ」
「・・・・・・ぬ」
「刀を置け。ちぃっと、窓から外を見て見ろや。おめぇの目に、何が見える?」
「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・身共に何を見せようと・・・・・・」
板内はその場に刀を置き、ゲンや千草と窓際に立った。
「どうだや・・・・・・?」
「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・み、身共は・・・・・・」
水引屋の六階。そこの窓から見える今の光景は、先の大戦で空襲を受け大規模破壊された惨状と見紛うばかりの、地獄のような銀座街だった。
あちこちから、黒煙や火柱が立ち上っている。火の粉が舞い上がる度に、鼻をつく刺激臭や濃い焦げ臭さが一気に漂う。
その光景の中には、黒曜団の銃弾乱射によって撃たれ、呼吸を荒くし血を流して倒れている民衆や警官がいる。破壊されたビルの瓦礫が、飛び散って落下したことによって大ケガを負った者がいる。回転式銃砲機で撃ち殺された進駐軍の兵士たちが転がっている。
近くの川面は赤黒く染まり、道はあちこち穴が空き、壊された近隣のビルから無数の書類が乱雑に飛んでゆく。
「どうだ、板内! おめぇが造りたい国は、こういう光景が当たりめぇな国なんかよ!」
「どうかもう、こんなことはやめて下さい。あなたたちがいくら武力を持っていても、それを全面に推し進めたら、戦争を主導した人と変わりありません。こんな光景が、幸せなわけありません」
「板内。・・・・・・おめぇがこの戦後の状況を良く思ってねぇのは、わかった。だけど、こんなやり方がまかり通るわけねぇべ。こんなことして、『ハイ従います』なんて言うほど世間はバカじゃねぇ」
板内は、ゲンと千草の言うことを黙って聞き、窓際からゆっくりと離れてゆく。そして先程置いた刀をゆっくりと拾い上げ、ゆらりと身体を揺らしゲンの方を向く。
「げ、源五郎さん・・・・・・」
「下がってろ、千草さん。・・・・・・板内の野郎、何を・・・・・・」
ゲンは千草を自分の後ろへ隠した。
「早乙女ぇ。・・・・・・身共は、間違っておったのか? 黒曜団の目的は・・・・・・間違っていたのか?」
板内は、不気味な笑みを見せて刀をぎゅっと握った。
ゲンは「野郎!」と、拳を握って身構えた。
「否ッ! ・・・・・・身共の意志は、何を言われようとも、変わることは無いのだっ!」
板内は刀を逆手持ちにし、大きく振り上げて叫んだ。ゲンは「狷介な大馬鹿野郎め!」と、千草を守るようにしつつ、拳の狙い先を板内の喉元に定め、引き絞った。
「ぬうんっ!」
次の瞬間、どすりという、肉を突き刺す鈍く柔い音がゆっくりと響いた。
「なっ! い、板内っ! おめぇ!」
刀は、板内の腹を突き破り、背中まで貫通していた。鮮血が刀を伝って床へ次々と滴り落ちる。
「ぐ、ぐぶっ・・・・・・。み、身共は・・・・・・相容れぬお主らのような者に・・・・・・捕まり・・・・・・裁かれるくらいなら・・・・・・自らの手で・・・・・・ケジメ・・・・・・を・・・・・・。儚くも・・・・・・露と・・・・・・消え・・・・・・に・・・・・・し・・・・・・我が・・・・・・夢・・・・・・の・・・・・・国の・・・・・・先・・・・・・見・・・・・・し・・・・・・」
どかりと両膝をつき、その後すぐ、どさりと力なくその場に倒れた板内は、床についた半身を赤く染めたまま、辞世の句を詠む途中で、静かに事切れた。
千草は両手で口元を覆い、目を背けた。
ゲンは「最期まで大馬鹿野郎が・・・・・・」と呟き、千草を抱き寄せて一緒にその場を後にした。
百合紅葉を出る二人の元へ、傷ついた青川に肩を貸して歩く島村が合流。
ゲンと千草は、板内の最期を二人へ話した。島村は「・・・・・・そうかよ」と表情を渋めた。青川はゲンに肩を抱かれた千草を黙って見つめている。
「島村・・・・・・。俺ぁ改めて思ったよ」
「なんだっぺ?」
「板内らみてぇな奴が、まだ、どこかにいるんかもしんねぇ。戦争を引きずった負の感情を爆発させた奴らは、今回みてぇな兇行にいつ及ぶかもわかんねぇ。・・・・・・俺らが身に付けた空手はよ、そういう暴力や兇行を止めるためのもんだ。・・・・・・道場を開くなら、それを、後世でしっかりと次の世代へ伝えなきゃだめだんべ」
ゲンの言葉を聞いた三人は、その場で、黙って頷いた。
千草は言った。「源五郎さんなら、人を守る空手をお弟子さんに広められます」と。
青川は言った。「武道は心を磨き、人格形成のための道であるからな」と。
島村は言った。「確かにその通りだっぺ」と。
四人は、その後は何も言わず、警官隊のいる水引屋の外へ向かって歩いていった。
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ラジオから、チャイムが鳴り響いた。
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緊急ニュースを申し上げます! 緊急ニュースを申し上げます!
警察の発表によりますと、過激派集団 黒曜団による銀座街水引屋の事件は、首謀者である板内黒祐太は自刃し死亡。その他、犯行に及んだ団員多数を逮捕。
人質であった神宮司千草氏は生命に別状無く、無事、救出。
建物内に入り黒曜団と戦闘を行った三名は、早乙女源五郎氏、島村大二郎氏、青川たかを氏と判明。この三名により、神宮司千草氏は救出されたとのこと。
本日、午前一時四五分を以て、戦後最悪の大被害をもたらした、凶悪極まりないこの事件は、終わったのであります。繰り返します。本日、午前・・・・・・
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この放送を聴いていた者は、各地で安堵の表情を浮かべた。
その中には、しま子やかつ子、優一郎や甚兵衛の姿もあった。
黒曜団に撃たれ負傷した警官の中にはあの金藤もいたが、命に別状は無く無事であった。
板内率いる黒曜団の恐ろしい行為は、こうして、幕を閉じたのであった。




