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ゲンの拳骨  作者: 糸東 甚九郎(しとう じんくろう)
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其の四十二  死闘

「きぃええええぇい!」

「なめんなぁっ!」

「何っ!」


 竹を割るように真っ直ぐ振り下ろされた板内の刀。しかしゲンは、その刃が自分の眼前に迫った瞬間、交差させた両手首で刀を持つ板内の手元をがっしりと挟み込んで抑えた。


「ええええぇいあぁっ!」


 ゲンは挟み込んだ手を捻り落とすように回し、姿勢を崩した板内の胴体へ重い膝蹴りを入れた。しかし、その膝から伝わる異様な感触に、ゲンの表情が変わった。


「(なんだ、こりゃ! ・・・・・・鎧っ?)」


 慌ててゲンは間合いを切って後ろに飛び退く。そこを見逃さず、板内は「きええ!」と刀を横薙ぎに振る。ゲンは刃を躱したが、肩口をうっすらと斬られた。


「いってぇ・・・・・・っ。・・・・・・おめぇ、その服の下に、鎧を仕込んでんべ!」

「ふん。ご名答・・・・・・と言いたいところだが、鎧ではない」


 板内は服の一部を脱ぎ、身体に纏ったそれをゲンへ見せた。


「なんだ、そりゃあ!」

鎖帷子(くさりかたびら)だ。ナマクラ刀なんかでは、少しの刃も通すことはない。天下の銘刀をもってしても、これを斬るのは容易なことではないぞ。ふっふっふ」

「く、鎖帷子だと! ・・・・・・へっ! 俺の膝蹴りが身体に届かねぇわけだ」

「そういうことだ。身共は他に、鉄小手、臑当ても付けている。お主の技など、受け付けぬわ」

「戦国時代のサムライじゃあるめぇし、時代錯誤も甚だしいぜ板内! 俺のゲンコツはな、そんな防具なんぞを砕くこたぁ、朝飯前だぜ!」

「そうか。なら、やってみるがいい!」

「言われなくともな!」


 同時に踏み込んだ両者。

 板内が「きええぇい!」と気合いを発し、斬り下ろし、斬り上げ、横薙ぎの三連斬りで襲いかかると、ゲンは足捌きと体捌きでこれを見切って回避。

 ゲンは「ええぃ!」と気合いを発し、どどどんと高速の正拳三連突きを板内の胴体へ打ち込む。しかし板内は「ぬるいわ!」と笑い、またお返しとばかりに刀を斜めに振る。それをゲンは身体を捻って躱す。

 すると、刀を引き戻さずに板内は鉄の臑当てをつけた足で、そのままゲンの太腿を蹴りつけた。


「ぐぁ! し、しまった!」


 不意に食らってしまった板内の下段蹴りに、ぐらりと姿勢を崩すゲン。


「剣術に意識を置きすぎたな早乙女! 身共に蹴りが使えないとでも思ったか!」


 般若面のような表情を見せ、板内はゲンに向かって刀を振り下ろした。


「終わりだ、早乙女! あの世で身共の築く日本国を・・・・・・」


 板内が言葉を述べ終える前に、その顔が横に大きく弾け揺れ、赤い霧が飛び散った。


「ぐ、ぐおあ・・・・・・っ! な、何ぃ・・・・・・っ?」


 たたらを踏んでよろける板内。その顔の横では、ゲンの足がゆっくりと引き戻されていた。

 板内の下段蹴りで姿勢を崩されたゲンだったが、床に手を付き、斜め下から撥ね上げるような変則的な蹴りを板内の顔へ叩き込んだのだ。


「へっ! おめぇこそ、俺の空手がバカ正直に立ったまま蹴るだけのもんだと思い込んでたみてぇだな! どんな姿勢からでも、全身を使って反撃できんのが、空手なんだぜ!」

「くっ! ・・・・・・身共の顔を蹴るなど、野蛮な喧嘩殺法の域を出ん技法だ! 日本男児の顔を足蹴にするなど、誇りも知性も無い戦い方だな、早乙女!」

「鎖帷子のねぇ場所を蹴ったまでだべ。だいたい、命懸けの戦場じゃ野蛮だの知性だの誇りだの言ってる余裕なんかねぇべよ! ・・・・・・実戦じゃ、顔を蹴ろうがイチモツを蹴ろうが、相手を倒せりゃ何だっていいんだよ!」


 ゲンはにやりと笑い、着物の袖をばさりと振って、板内に向かって拳を向けた。


「・・・・・・ふん。確かにな。・・・・・・早乙女。やはりお主のような男は、この黒曜団の最前線で活躍する遊撃士として、迎えたかったぞ」

「いくら頭下げようが金を積まれようが、俺ぁこんな戦争紛いなことを巻き起こしてまで、国に反旗を翻す気はねぇ。丁重に、お断りすんぜ!」

「そう言うと・・・・・・思ったぞっ!」


 板内は刀を高く構えて踏み込み、ゲンに向かって突っ込む。

 ゲンは「来やがれ!」と、腰を落として待ち構える。


 * * * * *


「なかなか、勝負がつかないでありんすねぇ。団長は軍刀を持っているけど、早乙女源五郎は丸腰の素手で、よぉくやるわぁ・・・・・・。・・・・・・そろそろ決着がつかないと、警官隊が入ってきてしまうでありんすよ、団長?」


 檜垣は煙をぷかりと吐き、隅から板内へ話しかけた。


「わかっておる、檜垣。・・・・・・だが、身共が思っていた以上に、早乙女は手強い相手だ。身共の剣を見切って技を返してくる。なかなかに、手応えのある相手で時間がかかっておるのだ」

「だったら、わちきも加わりますわよ? 二対一なら、早々に仕留められると思うでありんす」


 ゆっくりと、檜垣は足を板内の元へ進める。

 それを見た千草は、「そんなのずるいよ!」と、必死に叫ぶ。


「狡い? 何を言うんでありんすか。やはり、甘ちゃんなんだねぇ。さっき、早乙女源五郎本人が言ってたじゃないか。これは実戦なんだから、倒せりゃ何だっていいんだよ? ふふーぅ」


 檜垣は千草に「黙って見てなさいな」と言い、着物の袖からくないと鎖を取り出した。


「檜垣!」

「団長ぉ、わちきにも遊ばせてくださいな。さぁ、楽しみましょぉ?」


 くないを逆手に持ち、もう一方の手で鎖をじゃらりと振る檜垣。その横で、板内は身を斜にして刀を水平に置いて構える。


「なんだぁ? 二人がかりたぁ、形振り構ってらんねーって感じかや? 俺ぁ、命取る気でかかってくんなら、女だろうがそこは容赦しねぇぜ?」

「ふふふーぅ。遠慮は無用でありんす。この檜垣胤子、そんな情けをかけられる程、ヤワではないでありんすよぉ? むしろ、二対一ゆえ、あんたの方が立場は弱いんじゃないかと」

「早乙女。檜垣を女だと思って甘く見ないことだ。黒曜団の中では、身共に次ぐ実戦術の手練れなのだ。そこを甘く見ると、更に痛い目を見ることになるだろう」

「御託はいいって言ってんべ! さぁ、ぶっ飛ばしてやるから、来いよ!」


 ゲンは板内と檜垣をあえて挑発している。その様子を見ている千草は「何で!」と、不安そうな表情。

 檜垣よりも一歩先に、板内が刀を振りかざして踏み込んだ。

 無駄のない太刀筋は、ゲンの首元へ。それを紙一重で躱す際、ゲンの髪が数本はらりと落ちる。

 ゲンは躱した直後に、板内を横蹴りで吹っ飛ばした。立て続けに、檜垣が足音をさせない独特の歩法を使ってゲンの前に踏み込んだ。

 楕円を描く軌道で、檜垣のくないがゲンの右脇腹を襲う。半歩後ろに退いてその刃を躱すゲン。

 すると斜め下から、鎖がムチのように撓り、ゲンの左腕へ巻き付いた。

 すぐにゲンはそれを振り解き、檜垣の側頭部へ手刀打ちを放つ。だが檜垣は袖をぶわりと広げてゲンの視界を遮った。その袖の向こうに只ならぬ気配を察知したゲンは、手刀打ちを止め、大きく後ろへ飛び退いた。

 檜垣が袖を下げると、その奥から板内の刀が槍のように一直線に飛んできた。ゲンはそれが眼前に迫った時、掌でその刃を横から弾いて回避。すると板内は「きええ!」とそのままゲンの腹を蹴って、バランスを崩させる。

 そこへ檜垣は袖からまた数本のくないを出し、ゲンに向かって至近距離から投げつけた。

 ゲンは床に伏せ、転がるようにしてくないを躱す。そこへ板内は上から突き刺すように刀で突きを繰り出す。ゲンは身体を捻り、転がって避ける。

 転がるゲンの左足に、檜垣は鎖を放って巻き付けた。

 ゲンはすぐに片足で立ったが、檜垣は鎖をぐいと引き、ゲンをまたどかりと引き倒した。

 板内は串刺しにするように両手でゲンの胸元へ刀を突き降ろす。しかしゲンは「甘ぇよ!」と言って両手でばしんとその刃を挟み止めた。そして空いた足で板内の両脚をばしっと蹴り払い、その場で転倒させた。

 蹴った足をそのまま引き戻すようにして、ゲンは檜垣の太腿を踵で蹴り払った。その衝撃で檜垣もどさりと床に倒れる。


「ぬうぅ!」

「いったぁーい!」


 ゲンは鎖を蹴り飛ばして立ち上がり、倒れた板内に蹴りを放った。しかし、板内は軍刀の鞘を使って蹴りを寸前で止めた。刀を持った板内の腕が、円を描く。ゲンはその場で跳び、板内の刀を避けた。

 飛び上がったゲンへ、檜垣はくないを投げた。空中で、ゲンは飛んできたそれを拳で叩いて弾き飛ばした。

 着地と同時に、ゲンは正拳の水平双手突きを板内と檜垣の胴へ叩き込んだ。しかし、思ったほどのダメージは与えられていない。


「むうぅ! ・・・・・・やるな、早乙女。檜垣が作った鎖帷子がなければ、今ので身共は倒れていた」

「ふふふーぅ。今のは危なかったでありんす。わちきも団長のように鎖帷子を纏ってなかったら、やられてたでありんすね」


 立ち上がった二人は、手でホコリを払って、ゲンへ余裕の笑みを見せた。


 * * * * *


 ゲンが下の階で激闘を繰り広げている頃、屋上では青川と島村が団員のほとんどを倒していた。

 残るは、屯ただ一人のみ。


「だ、大丈夫だっぺか?」

「ああ、かすり傷だ。少し撃たれたが、それがしはこの程度の弾の傷は、先の大戦で慣れている」


 青川は団員が乱射した弾を、数発被弾していた。左肩と右脇腹を撃たれているが、運良く表面の肉がうっすら飛ばされただけで、致命傷には至っていない。


「へ・・・・・・へひ、へひ、へひ! な、何て奴らだぎゃ! こ、こうなったら、この場でマスタードガスを・・・・・・」


 萎んで潰れた黒気球のもとへ屯は移動しようとしたが、島村が「させるか!」と、その行く手を阻んだ。青川も屯の後ろに立ち、二人で挟み撃つ。


「く、くそぉ! 黒曜団の未来が! 日本の未来が! 板内団長さまの、高き志がこれでは実現されないだぎゃーっ!」


 ヘルメットを揺らし、火の粉が舞う天に向かって叫ぶ屯。

 すると、青川は後ろから屯をがしりと押さえ込み、島村に「今だ!」と叫ぶ。

 島村は「でえぁっ!」と気合いを発し、屯のみぞおちへ強烈な正拳突きを打ち込んだ。それによって意識を失いかけていた屯を、今度は青川が「ぬあぁーい!」と、凄まじい裏投げで後ろへ豪快に投げ飛ばした。屋上の固い地面に叩きつけられた屯は、その衝撃で完全に沈黙。

 息を切らせている青川に、島村も細かく息を切らせ、二人同時に「やったな」と声をかけ合ってその場に座り込んだ。

 二人は呼吸を整えながら、黒煙と赤い火の粉が舞い上がる銀座街の夜空を無言で見上げていた。


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― 新着の感想 ―
鎖帷子ならある程度の衝撃は抜けそうだが、本人も鍛えてるだろうしなあ。 そこいらに落ちてるクナイを指の間に握り込んで突き入れたい気もするが、ゲンのスタイルではないか。
[良い点] ハラハラ展開ですね! がんばれ、ゲン!! 悪者のほうも、強いですねー!!ヽ(゜д゜ヽ)(ノ゜д゜)ノ!!
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