其の四十一 剣 対 拳
「きえぇっええい!」
高速の兇刃が、ゲンに向かって次々とあらゆる角度から襲いかかる。
板内は慣れた剣捌きで軍刀を永字八法に振り、気合いを発しながらゲンに技を仕掛けてゆく。
ゲンは身を屈めたり近くの物を使ったりして、板内の振るう剣を辛うじて防いでいる。
「どうした、早乙女? 進駐軍の兵士や副木たちを倒したお主の空手は、そんなものか!」
「へっ! 板内! 俺ぁまだ、準備運動をしてんだよ!」
「減らず口を。・・・・・・きぃえええっえええぇい!」
板内は剣を縦、横、斜めに次々と振る。
百合紅葉内の障子、壺、花瓶、その他飾られた物はその剣によって次々と斬り刻まれてゆく。
「(ちっ! 板内の野郎! こりゃ、ただの軍隊仕込みだけの剣じゃねぇべな。本格的に剣術を学んだやつの動きだ! 無駄が無ぇ!)」
ゲンは銀白に輝く刃を見切って、躱し続ける。
その戦いを、檜垣と千草が隅で見つめている。
「あぁ・・・・・・。危ない! 危ない! げ、源五郎さんっ・・・・・・」
板内が振るう剣が何かを刻む毎に、千草の目尻や頬がぴくりと動く。
「器用に躱すでありんすなぁー・・・・・・。団長の剣捌きは、部隊では小天狗とまで言われたほどの鋭さと速さだと聞いていたでありんすが・・・・・・。早乙女源五郎、ちょっとわちきは、見直したでありんす」
檜垣は煙管を噴かし、動じずに二人の戦いを見ている。
千草はちらりとその様子を窺ったあと、口を真一文字に閉じてゲンの方へ目を向け直した。
すると、檜垣は窓から外を見て警官隊の方へ目を向けた。
「光り玉なんか弾けさせて、わちきらの目を眩まそうなんて、無駄な努力でありんすねぇ。警官隊が突入しようとしても、屋上にはまだまだ黒曜団員がいるんでありんすよぉ・・・・・・。ここへ入ってくる前に、屋上からの射撃で蜂の巣になるでありんすねぇ。ふふーぅ!」
煙管の灰を、座った千草の膝前へぱさりと檜垣は捨てた。
「ん? ・・・・・・それ・・・・・・」
檜垣は、千草の方を見て、何かに気付いた。
「(ま、まずいわ。・・・・・・もしかして、縄切りが気付かれちゃった?)」
千草の頬に、つつりと一滴の汗が垂れる。
「危ないでありんすなぁ。こんなの踏んだら、足、ケガするでありんすよぉ」
檜垣は、千草の横にある欠けたグラスを手に取り、窓から外へ投げ捨ててしまった。
「(あっ! ・・・・・・あ、あとすこしで縄、完全に切れるのに・・・・・・。気付かれてはいなかったけど、ど、どうしよう・・・・・・。どうやって縄を切ればいいのよ・・・・・・)」
千草はがっくりと項垂れた。檜垣はまた煙管を吸って、煙の環をぷかりと吐いた。
* * * * *
「どうした! どうしたぁ早乙女! 身共の剣を躱すだけが、お主の空手なのかぁ?」
「うるっせぇってんだ! そんなにお望みなら・・・・・・味わわせてやるべよ!」
板内の剣を躱したゲンは、腰を落として拳を引き絞った。
「ふん! 身共の修めた南煤一刀流剣術は、お主ごときが破れる剣ではないのだ! 拳だけで剣に勝てるわけがなかろう! ・・・・・・さぁ、拳を打ってみろ。身共には、通用せんぞ!」
ゲンの構えを警戒し、板内は軍刀を引き戻して防御姿勢を取った。
「えええぇーいぃあぁっ!」
次の瞬間、がつんという鈍く重い音が響いた。ゲンは板内の持つ刀ごと押し込むように、強烈な正拳突きを放った。それを受け止めた板内は「ぬぅ!」と唸り、大きく後ろに飛ばされた。
「どぉだぃ? これが、おめぇお望みの、空手の突きってぇやつだべ! 刀ごと叩き折られなかっただけ、感謝しな!」
「これが、空手の突きか! 面白い!」
板内はにやりと笑い、軍刀を真っ直ぐにし、ゲンの目の高さに置いて構えた。
ゲンは後ろ足に重心を置き、前足が浮くか浮かないか程度に腰を落として両手を開き、猫足立ちの構えを取った。
じりじりと、板内は少しずつ間合いを詰める。
ゲンは呼吸を整え、瞬きせずに板内の目をじっと見て動かない。
「きえええぇいぃぃ!」
「えええぇーいあぁっ!」
気合いを発し、板内は刀を押し出すようにして、電光石火の平突きをゲンの顔へ放った。
それとほぼ同時に、ゲンは猫足構えの前足で蹴りを板内のみぞおちへ放った。
「甘いわ!」
「食らうかよ!」
両者が放った技は、どちらも寸前で見切って当たらず。
板内は続けざまに刀を横薙ぎにゲンの首へ。
しかしゲンは首を横に倒して躱す。そのまま斜め下から板内の脇腹めがけて蹴りを放つ。
だが板内は片足をあげてこれを靴の裏で受け止める。
返す刀でゲンの左袈裟懸けを狙い、板内は上から刀を降ろす。
ゲンはそのまま板内の懐へ飛び込んで斬撃を外し、至近距離から板内の顎へ肘当てを振る。
しかし板内は首を捻って避け、肩でゲンを突き飛ばすように体当たり。
それで間合いができた瞬間を狙い、残像が見えるほどの速さで剣を横一文字に振った。
ゲンの着物の前一部がはらりと斬られ、胸元に赤い線が浮かび、血が滲む。
「野郎・・・・・・っ! 剣術だけじゃねぇ・・・・・・ってわけか。思ったよりもやりづれぇぜ・・・・・・」
「ふっふっふ。・・・・・・身共は徒手兵術も軍隊で身に付けたからな。剣と体術の融合術であるのだ」
ゲンは怯むことなく、「空手をなめんなよ」と、板内へ力強い眼力をぶつけた。




