其の三十八 男の筋というもの
「・・・・・・団長ぉ。奴ら、間もなく・・・・・・来るでありんすねぇ」
「ああ。立波もいいところまでは働いたと思ったが・・・・・・。運が味方しなかったようだな」
椅子に腰掛けている板内と檜垣。他の団員は全員屋上で、屯と共に警官隊へ銃撃を行っている。
二人の横には、縛られた千草がじっと二人を見上げて睨んでいる。
「悪いことをしたら、それ相応の報いっていうものがあるんです。あなたたち、国を造り直すだとか言ってたけど、源五郎さんがそんなこと、止めますから!」
「女よ、何を根拠にそこまで強がる? 何故に早乙女をそこまで信じておる?」
「あの男、あんたにとってそこまで信用できるほどの器でありんすかねぇ?」
「わたしは、源五郎さんの、人としての優しさや温かさ、そして勇敢さを信じてるんです! あの人は、あなたたちのような人とは違います!」
千草は毅然とした態度で、板内と檜垣へ反論した。
「縛られているくせに、やたらと威勢がいいでありんすねぇ・・・・・・。しかし、その元気も、いつまで保てることやら・・・・・・。諦めて、黒曜団の使用人になることを受け入れればいいのにねぇ」
檜垣は煙管を吸いながら、百合紅葉の出入口奥に見える階段の方を見て笑っている。
「わたしはっ、絶対にあなたたちなんかには・・・・・・」
「話は一旦そこまでだ、女。・・・・・・。・・・・・・。ふっふっふ。・・・・・・来たな、早乙女・・・・・・」
板内も、千草の話を遮って檜垣と同じ方へ目を向けた。
そこには、周囲を警戒しつつ百合紅葉へと真っ直ぐ歩いてくる、ゲンたちの姿があった。
「板内ぃ・・・・・・。やっとその面、拝むことが出来たぜ! おめぇは、神や仏が許しても俺ぁ絶対に許さねぇかんな!」
その足取りは、一歩一歩が、重い。ゲンの様々な感情がその一歩に籠もっていた。
「千草さんは、無事なんだろぉなぁ! おい、板内ぃ! 答えやがれ!」
「慌てるな早乙女。女はここだ。・・・・・・おい、女。早乙女に自分自身で無事を伝えるんだな」
板内は千草をぎろりと睨み下ろした。
「げ・・・・・・源五郎さぁんっ! わたしは無事です!」
「千草さん! ・・・・・・よ、よかった」
ゲンは全身の闘気と緊張感を解きはしないものの、千草の声を聞いて、どこか表情に明るさを取り戻した。
「・・・・・・つーことでよ、板内ぃ! 俺ぁ今から、おめぇの面をぶん殴って、この大騒動を終わらせてやることにすっからな!」
「ふん。果たして、そううまくいくかな? 身共は、副木や立波のようにはいかんぞ?」
板内はにやりと笑い、軍刀をすらりと抜いた。
「間もなく、屋上にいる屯が進駐軍本部や政府中枢に向け、次の作戦を決行するのだ。身共はここでお主らを一掃し、大規模な作戦へと移るのだ!」
「相変わらずわけわかんねぇ野郎だ! おめぇの御託なんざ聞くかよ! ・・・・・・島村! 青川!」
「な、なんだゲン!」
「どうしたっ?」
「二人で、屋上にいる連中を何とかできっかや?」
「む・・・・・・。それは、それがしの柔道と島村の空手とで、屋上の敵を全て倒せということだな?」
「こ、こうなった以上、おらもそれは構わねぇけど・・・・・・お前はどうするんだ、ゲン!」
「俺ぁ、ここで板内の野郎を徹底的にぶっ潰し、千草さんを救う!」
「ひ、一人で大丈夫だっぺか! 板内はこれまでの雑魚とは格が違かっぺ! それに、あいつの横にいるあの女、さっきから異様な殺気を放ってる! 明らかに、お前を討ち取る気で・・・・・・」
「さっきから殺気を、か。シャレてんなぁ、島村。面白くねーけどなぁ」
「馬鹿野郎! おらはそんなシャレなんか・・・・・・」
板内から目を離さないゲンの肩を、島村はぐいと掴んだ。だが、驚いてすぐにその手を離した。
「(な! なんだこの熱気は! ゲ、ゲン・・・・・・)」
「悪ぃなぁ、島村! ・・・・・・そーでも言わねぇと、俺、怒りで我を忘れちまいそうなんだ。・・・・・・さぁ、青川と行って屋上にいるやつらをぶっ倒してくれ! 板内の大規模作戦とやらを潰すべ!」
「し、しかし・・・・・・。お前一人で板内とあの女を相手・・・・・・」
「島村、早くしろ! 早乙女は、それがしたちに、残りの敵を託したのだ! 早く!」
青川は島村の襟足を引っ張り、屋上へ続く階段の方へ足を向けた。
「ゲ、ゲン! じゃあ、屋上のやつらを倒したら必ずここへ戻るから、お前、絶対に死ぬなよ!」
「だーれにモノ言ってんだぁ、島村。・・・・・・じゃあ、青川とよろしく頼んだぜー」
ゲンは鷹のような目に、さらに燃えさかるような闘気を漲らせた。
ボサボサで煤汚れた髪はぶわりと逆立って揺れ、眉間にはぎゅうっと力が込められている。
千草はそのゲンの姿を見て、ただ、何も言わずに目を潤ませている。ゲンから、目を離さない。
「青川。早く島村を連れて、屋上へ行ってくれや! ・・・・・・俺ぁ、もう、始めっからよ!」
ごきりごきりと、ゲンは拳を鳴らして、強く固く握り込む。
「ゲン! ・・・・・・わかったっぺ! 行ってくる!」
「いくぞ、島村!」
青川は、島村を連れて屋上へと向かった。
「(早乙女・・・・・・。それがしは、神宮司千草さんを射止めることは無理だ。あの信頼しきった目を見れば、それがしが入る余地など、元から微塵もなかったのだな・・・・・・。絶対に助け出せよ!)」
両目からぶわりと大粒の涙を零しながら、青川は「うおおおお」と階段を駆け上がっていった。
「危険を顧みず乗り込んだことを後悔するがいい、早乙女。たかが女一人のためなどにな・・・・・・」
「ふうーぅ・・・・・・。団長ぉ? わちきだったら、こんな女のために危険な橋は渡らんでありんす」
「うるせぇ! 危険だろうが何だろうが、大事な人は絶対守るのが『男の筋』ってモンなんだよ! おめぇらなんぞには、俺の理屈はわかんねぇべな! ・・・・・・さぁ、行くぞこの野郎ーっ!」
鋭い目をぎらりと輝かせ、ゲンは床を蹴って板内へ一直線に突っ込んでいった。




