其の三十七 島村作戦
板内は六階から、警官隊の動きをじっと見ている。
放水車が積んでいるサーチライトが、舞台のスポットライトのように何本も動いて水引屋を照らし出す。
「ふっふっふ。いかに警官隊が作戦を練ろうと、身共らを止めることなどできん。者共、どんどん撃って奴らの士気を全て刈り取るのだ!」
「「「「「 はっ! 」」」」」
団員は板内の命令で、アームストロング砲や銃火器の弾を次々と外へ放ってゆく。
屋上からは屯が回転式銃砲機を回して、警官隊や近隣の建物へ無数の弾を放っている。
「ふっふっふ。屯の奴も、なかなかやるな。完全に、黒曜団の準団員から正団員としての働きになっているな」
腕組みをして不気味に笑う板内のもとへ、四階を守っていた団員の一人が傷だらけで息を切らせながら駆け込んできた。
「はぁ、はぁ、はぁ。・・・・・・だっ、団長! も、申し上げます・・・・・・」
「何だ! どうしたというのだ!」
突然のことに、そこにいた檜垣や立波も怪訝な表情を見せる。
「そぉんなに傷を作って慌てふためいて、驚いたでありんす。一体、何なんだい?」
「はぁ、はぁ・・・・・・。よ、四階までの部隊は、か、壊滅しました・・・・・・」
「「「 何! 」」」
板内は腕組みを解き、跪いて報告をしたその団員へゆっくり詰め寄った。
「壊滅とはどういうことだ? 四階まで壊滅したとあらば、三階に送った副木は早乙女を止められなかったとでも言うのか?」
「は、はい・・・・・・。副木様は・・・・・・い、一瞬で、倒されてしまったようで・・・・・・」
板内の眉が、ぴくりと上がる。
「一瞬でだとっ! お前、何を言う! 副木は拳法大会で東日本一の実力を持っておるのだぞ! 軍隊でも格闘術は優の成績だった者だ! それが、そんな簡単に早乙女に負けたというのか!」
「は、は、はいぃ・・・・・・」
「ありえん! あの適当男の早乙女源五郎が、副木を一瞬で倒せるなど、あってはならんっ!」
団員は「そう言われましても」と、震えながら小声で呟いている。
「団長。どうですかい? ここは、おれが五階で早乙女源五郎を仕留めるってのは?」
「大丈夫なのか、立波。確実な策はあるのだろうな?」
「へい。お任せを。副木はちぃとバカ正直に挑みすぎたようですな。おれは、そうはいきやせん」
板内は「何が何でも仕留めて報告せよ」と、立波を送り出した。
「おのれ早乙女。身共に賛同しなかったばかりか、こうも邪魔をするとは!」
すらりと板内は軍刀を抜き、跪いていた団員に「五階を防衛せよ」と命じ、続けて送り出した。
* * * * *
「やぁっと五階か。この上に、千草さんが囚われてる! 急ぐべ!」
「待て早乙女! さっきの三階とうってかわって、この階は物で溢れているぞ。気をつけろ」
「な、なんだよこりゃ。ガラクタ置き場みたいだっぺ。ゲン、こりゃ、動きにくい階だぞ」
元は何の売り場だったかわからないほどに、五階は様々な物が散乱している。
ゲンは「南方のジャングルみてぇだな」と、六階へ続く階段を探しながらゆっくり歩を進める。
その時、カチリという音がした。
その音を聞き逃さなかった三人は、同時にその場で身を伏せた。
まさに間一髪だった。
前三方向から、無数の銃弾が楽譜線のような軌道を描き、一斉に飛んできたのだ。伏せるのが一瞬でも遅れていたら、三途の川が見えていたことだろう。
「あっぶねぇ! やっぱりかよ!」
「まさにこれは、戦地と変わらんな」
「こっから前方約十五メートルあたりに、敵はいるみたいだっぺ。次の弾を装填する音も今、聞こえた。どうするんだ、ゲン?」
「こっちは飛び道具も何も持ってねぇ。十五メートルか・・・・・・俺の足でも、二秒ちょいかかんな」
「島村。敵は何人いるのだ?」
「向こうに積まれたガラクタや布団類あたりに、四十人くらいと見たっぺ」
「四十か・・・・・・。まずいな。それがしも、そんな数の銃砲相手に丸腰は・・・・・・」
すると、階内に大きな立波の声が響き渡った。
「聞こえるかぁ、早乙女源五郎! これ以上、てめぇの好き勝手にはさせねぇぜぃ!」
歩兵銃を構えた団員たちの間に、ぬうっと立波が姿を現した。
「何だあの野郎。・・・・・・おい、おめぇ! 俺ぁおめぇに気安く呼び捨てされる仲じゃねぇぞ!」
「やかましいわい! おれはここで、何が何でもてめぇを倒し、団長に報告する義務があるんだわい! さぁ、どうするんだ? そこにゴキブリみてぇに隠れたまま、おれたちの銃弾で蜂の巣になるのを待つんか早乙女源五郎!」
「誰がゴキブリだ! この野・・・・・・」
「待てよゲン! 落ち着け!」
飛び出そうとしたゲンを、島村は慌てて服を引っ張り、また伏せさせた。
「島村の言うとおりだ早乙女。一旦落ち着くのだ!」
「だけどよ! ここにずっと伏せて隠れたままじゃ、上に行けねぇべな! どうすんだよ!」
苛立ったゲンは、床に転がっていた木箱やマネキンを蹴っ飛ばした。
それを見た島村は「これだ!」と掌に拳をぽんと置く。
「何だ? 何か思いついたのけ?」
「これを・・・・・・――――・・・・・・して・・・・・・――――・・・・・・すれば、いけっぺ!」
「なるほど! ・・・・・・だが、一瞬の遅れが命取りにもなりかねんな」
「だいじだ青川! 俺と島村に任せとけ! あそこの連中を全員ぶっ倒したら、青川はすぐ俺らに合流しろよ?」
「わ、わかった。・・・・・・まずは、俺の『投げ』にかかってるんだな」
「そういうこった! 頼んだぜ、青川! 俺ぁ、契機を見計らって島村と一気に走る!」
ゲンは青川の胸元を拳でこつんと叩いた。
* * * * *
「どうなってやがんでぃ。あいつら、隠れたまま動かねぇ。・・・・・・手も足も出ねぇってか?」
「立波様、どうしましょう」
「一旦、銃は下げますか?」
「うるせぇ。お前らはとにかく、いつでもすぐ撃てるよう構えてろぃ」
「「「「「 はっ! 」」」」」
立波はゲンたちが隠れている方から目を離さない。団員たちも、ずっと銃を構えたまま、放てるのを今か今かと待っている。
三分経過。
五分が経過。
さらに加えて三分経過。
「・・・・・・ちっ! 出て来やしねぇ! おおぅ! 臆病モンのゴキブリ早乙女! いつまでそうしてる気なんでぃ! いつまでも出て来ねぇなら、おれの方から・・・・・・」
すると、立波の右前方で、暗がりの中を窓際の壁に向かって移動する人影が現れた。
「む! バァカめ! お前ら、そっちだ! 一斉に、撃て撃て撃て撃てぇ!」
立波は団員たちに、窓際に向かって一斉射撃を命じた。
銃口から放たれた凄まじい数多の銃声とともに、窓枠やガラスは粉々になって飛び散ってゆき、銃弾ごと外へ落ちてゆく。
「いいかお前ら、奴さんらは、我慢できなくなったようだぜぃ。動き出したら見逃さず、全て撃ち殺してしまえぃ! どんどん、撃て撃て撃て撃てぇ!」
「「「「「 はっ! 」」」」」
するとまた、大きく黒い影が素速く動いた。
「おっし、また出た! 動け動け! 好きなだけ動け! そしてぇ、おれらはそれを撃つ!」
光悦の表情を見せる立波は、団員に次々と射撃命令を出し、どんどん撃たせている。
飛び出た影は止むことの無い銃撃の嵐で、どんどん粉々になってゆく。
「た、立波様! もうそろそろ、弾が一旦切れそうです」
「なにぃ? だったら、装填準備をしろぃ。・・・・・・ま、もう勝ったも同然だがなぁ! がはは!」
「放水隊ぃーっ! 集中放水を開始せよぉッ!」
外の警官隊長から響いた大きな号令。それは水引屋内にもしっかりと届いていた。
放水車は一斉に高圧の水を水引屋に向かって放ち始めた。それは板内のいる六階まではぎりぎり届かなかったが、五階まではしっかりと届いた。
「な、なんだこりゃぁ! くそおぉ! なんだってんでぃ!」
五階の窓全てから、高圧の水が一気に入ってきた。立波や団員たちは、その水に圧倒され、立っているのもやっとだ。
「た、立波様! 銃が! 濡れてうまく機能しません!」
「な、何ぃ!」
すると、立波の後ろで、「ぐわぁ」「うぐぁ」という団員たちの悲鳴がどんどんと増えてゆく。
「な、何でぃ! 何が起こってるんでぃ!」
振り向くと、そこには、次々と団員を打ち倒しているゲンと島村の姿があった。
「な・・・・・・っ! て、てめぇら、どうして! さっき撃ち殺したはずじゃ!」
ゲンは近くにいた団員二人を正拳突きで倒し、立波に向かって皮肉な笑みを見せた。
「へっ! おめぇらが撃ち砕いてたのは、青川がぶん投げたマネキンや木箱だ! まんまと引っ掛かりやがったな、バカめ!」
「なぁッ・・・・・・んだとォ!」
「うまくいって、よかったっぺ! もう、この階の黒曜団はお前しかいないぞヤクザ者。他の雑魚はおらとゲンで、全部倒したっぺよ」
「島村作戦、大成功だな。・・・・・・おい、おめぇ! さぁ、今からどうする気だ? その腰に下げてる刃物で、俺を殺そうなんて思ってんじゃねぇだろうな!」
ゲンは、「うぬぬ」と唸る立波にずいっと詰め寄る。じりじりと後ずさりする立波は、腰元から刃渡り六十センチほどの短刀を抜いて、切っ先をゲンへ向けた。
「お、おのれぇ早乙女源五郎! 板内団長の邪魔はさせねぇぜぃ! おれがこの場で・・・・・・」
その時、立波の横から「ぬぁい!」という気合いが響いた。
すると、金属製の戸棚が高速で飛んできてぶつかり、立波を壁まで吹っ飛ばした。
「う、うごご! な、何だぁ、今のは・・・・・・」
「早乙女! 今だ! 早くそいつを、やっつけるのだ!」
「青川ぁ! まぁーったく、余計な手出ししやがってよぉ。・・・・・・じゃ、遠慮無くやってやらぁ」
「く、くそがぁ早乙女ぇ! この立波太郎! てめぇと差し違えてでも・・・・・・」
よろりと立ち上がった立波は、刃物を両手で持って脇に構え、ゲンの心臓めがけて突進しようとした。だが、それを先に読んでいたゲンは、立波が前へ出ようとした瞬間に刃物を手刀で弾き落とし、みぞおちへ前蹴りを入れ、顔面へ頭突きを叩き込んでいた。
立波はうっすら水で浸された床に、意識を失ってどさりと力なく崩れ去った。
「この階は、島村や青川がいなかったら、やばかったかもなぁ。・・・・・・よし、六階へ急ぐべ!」
ゲンは島村と青川の背中をぽんと叩き、二人と五階奥の階段を上がっていった。




