其の三十六 副木孝丸 対 早乙女源五郎
「「「「「 撃て撃て撃てぇ! 逃すな! 撃ち殺せ! 」」」」」
水引屋に侵入したゲンたちは、二階へと侵攻していた。
黒曜団員たちが次々と至る所におり、持っている兵銃をゲンたちに放っている。
モルタルの壁や柱を盾に、うまく銃弾を防ぎながら、ゲンは相手の隙を突いて電光石火の攻撃で次々と打ち倒していった。
「えええぇーーいあぁっ! 邪魔だてめぇら! どきやがれってんだ!」
団員たちが弾を撃ち尽くし、新たに装填する隙を見逃さず、ゲンは一気に走りながら正拳突きや肘当て、前蹴りや横蹴りでばったばったと倒してゆく。
その後ろを必死に島村と青川が追う。
「島村。す、すごいな早乙女の奴は。それがしと不座池で戦った時は、あいつ、手を抜いてたということか?」
「まぁ、そういうことになっぺね。・・・・・・ゲンが本気になったら、歩兵銃持ってるぐれぇじゃ相手になんなかっぺ」
さらりと言った島村の言葉に、青川は表情が固まっている。
「ザコ共は・・・・・・邪魔すんなってんだぁ! どけどけどけぇーっ!」
「「「「「 ぐわぁ! 」」」」」
「「「「「 うごっ! 」」」」」
「「「「「 ぬわぁ! 」」」」」
ゲンに次々と倒される黒曜団員。百人近くいた団員はみな、あちこちに昏倒し転がっている。
いつの間にか、二階を守っていた団員は、たった一人になっていた。
「ひいい! く、来るな!」
弾を撃ち尽くしていた団員は、腰の軍刀を抜こうと柄に手を掛けた。
その瞬間、鷹のような目をぎらりと光らせ、ゲンは大きく踏み込んで矢のような蹴りを相手の腕に叩き込んでいた。その蹴りで、団員の腕は曲がってはいけない方へと曲がっていた。
「ぐわわわわー」
曲がった腕を押さえ、のたうち回る団員。ゲンは容赦なく、そこに向かって踏み蹴りを放ち、転がった団員を一撃で昏倒させた。
「青川! 島村! 三階へ行くべ!」
「お、おう。・・・・・・しっかし、相変わらずすげぇ腕前だ。この人数を、一人でやっちまうんだからなぁ。同じ空手でも、おらとゲンとじゃ質が違うんだ」
青川は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「おい、二人とも早くしろ! 追っ手がまた増えちまうぞ!」
ゲンは二人へ手招きをして呼び、階段を駆け上がって三階へと進んだ。
* * * * *
三階へ駆け上がった三人は、同時に「何だ?」と口にした。
武装した団員で埋め尽くされていた一階や二階とは異なり、がらんとして誰もいないのだ。商品棚も何もなく、窓際のアームストロング砲台にも、誰一人としてついていない。
「どういうこった? こりゃ、隠れて撃ってくるってことかや?」
「だけどゲン、隠れる場所もないぞ? モルタル柱もそんなに数はない。どういうことだっぺ?」
「油断するなよ二人とも。それがしは、気を抜いてないぞ」
「俺も抜いてねーよ」
「おらもだ」
するとそこへ、奥にある四階行きの階段前から、何者かが姿を現した。
「む! 誰か居るぞ! 何者だ!」
「・・・・・・ん! あいつぁ確か、板内の傍に居た・・・・・・。おい! おめぇ! 何なんだよ!」
現れたのは、詰め襟の学生服とボンタンスラックスに裸足姿の、副木だった。
「押ぉぉー忍ぅッ! ここで終わりだ、早乙女源五郎! 板内団長の命により、この副木孝丸、志國館師範学校拳法部で培った技を以て、お前をここで討つッ!」
副木は学生服の上着をばっとその場で脱ぎ捨てた。
白いタンクトップシャツと黒いボンタンスラックスという、上下白黒のコントラスト。戦闘モードとなった副木は細身の腕を振ると、窓から入る無数の火の粉を高速の拳打で全て打ち消した。
「押忍! ・・・・・・どうだ、早乙女源五郎。お前にこの、燕の如き速さの技が見切れるか?」
「ああ。別になんちゃねぇな」
「なっ、何だとォ! 聞き捨てならん! ハッタリをかますのも、いい加減にしろ!」
副木は怒り、身体を斜に構えて左右の拳を上下に構えた。
「早乙女! それがしも加勢する! お前一人では・・・・・・」
腕をぐいと捲り上げた青川を、島村は「大丈夫だろう」と、止めた。青川は「しかし!」と狼狽えたが、ゲン自身も青川に「そこで見て休んでろよ」と笑って言った。
副木はさらに怒り、ぴょんぴょんと軽やかな足捌きを見せると、拳法の構えをとった。そして、けたたましい気合いを発して目にも止まらぬ速さの踏み込みで、ゲンの喉へ縦拳突きを放つ。
「キエエエェェイ! チョワワァァイヤ!」
だが、副木の拳は呆気なく空を切った。無駄のない動きで転位して、ゲンは難なく躱したのだ。
副木が「何っ!」と驚いて目を見開くのと同時に、ゲンは真横から重く鋭い突きを副木の顎先へ放っていた。傍で見ていた島村は「文句なしの一本だ・・・・・・」と呟いた。
がこんという鈍い音とともに、副木の顎は外れていた。そこへゲンは駄目押しの上げ突きで外れた顎を下から叩き割り、同時に意識をぶつりと断ち切った。たった三秒で副木はゲンに倒された。
「な? 俺一人で十分だべや? ・・・・・・さ、四階へ行くべ! 千草さんを早く助けようぜ!」
ゲンは汗一つかいていない。だが、それを見た青川は、逆に冷や汗をダラダラとかいていた。




