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ゲンの拳骨  作者: 糸東 甚九郎(しとう じんくろう)
32/51

其の三十二  赤き飛沫

「放てぇッ!」


 黒曜団が水引屋を占拠し、初弾が放たれてから、どれほどの時間が経っただろうか。

 四階を仕切る副木の一斉号令で、再び水引屋から大量の砲弾や銃弾が放たれた。

 五月雨のようにそれは銀座街の四方八方に降り注ぎ、無差別に街を破壊してゆく。

 初めは野次馬で集まっていた群衆も、そのあまりの恐ろしい状況に雲散霧消となっていた。


「副木ぃ。アームストロング砲の弾は、まだまだ尽きることぁないぜ。次の狙いは・・・・・・」

「待て、立波! 何だ、あいつらは!」

「んんー?」


 窓からやや身を乗り出した立波は、額に手をかざし、副木が指差す方を見た。

 そこには、大柄な進駐軍の白人男性二人が、機関銃を携えた特別制圧部隊を率いて歩を進めてきていた。部隊を率いているのは、かつてゲンに打ち倒されたディビッドとウィルソンだ。


「立波! 進駐軍の連中だ! なかなかの数だぞ!」

「はっはぁ! いよいよ、進駐軍どもが腰を上げておれたちを制圧に来たってわけだな。こりゃ、戦い甲斐があるぞい! ・・・・・・副木。おれは、あれを準備してくる。ここは頼んだぜ」

「ああ。任せておけ!」


 立波は四階から階段で一気に屋上へ向かった。

 ディビッドとウィルソンは、部隊を率いて水引屋へ向かって進行していたが、ある部分で全体を止めた。


「オール、ストップヒァ! エブリィワァン! エィムユァガンズ、アッザァット!」

「ゼァズナッシングロォング、ウィズシューティンセビリワァンデェーッド! HAHAHA!」


 二人が部隊へそう指示を出すと、進駐軍の隊員はみな機関銃を構え、六階に向かって照準を合わせた。

 建物や瓦礫の陰に隠れ、それを傍で聞いていた島村は、その指示を聞いてたまらず飛び出した。


「ま、待ってくれ! 進駐軍のあんたら、撃つのは待ってくれと言ってっぺぇ!」

「ホワァット!」


 ウィルソンとディビッドは眉をぐにゃりと曲げ、飛び出してきた島村を睨んだ。数秒後にウィルソンは、「あの時の黄色い猿か」と、笑った。


「あ、あんたら、全員射殺しても構わんって言ったな? そんなのダメだっぺ! あの階には人質になっている人がいるんだぞ! ダメだっぺよ!」


 島村は必死にウィルソンへ訴えかける。そこへ、血相を変えた金藤が吹っ飛んできた。


「しっ、島村先輩! 何やってるんですか! 進駐軍の邪魔なんかしたら、ここで島村先輩が撃ち殺されてしまいます! やめてください! いけません!」

「だ、だけど金藤君! こいつらは、板内諸共、あの階に機関銃を一斉射撃する気だっぺ!」

「で、ですがっ! これは進駐軍の決めた作戦であり、我々には止められません!」

「バ、バカな! 金藤君! いくらそうだとしても、こんな非道なことがあってたまっか!」


 金藤は島村を羽交い締めにして、必死にウィルソンから引き離した。

 ウィルソンは怒って「ガッデェム!」と叫び、島村を金藤ごと殴って後ろへ吹っ飛ばした。

 だが、吹っ飛ばされた二人は途中で何かに支えられ、ぴたりと動きが止まった。


「えっ?」

「な、何だっぺ?」


 二人がばっと振り向くと、そこには、和服姿の男が立っていた。


「今の話、聞いてたぜ・・・・・・。あそこに行くには、その連中を先にぶっ飛ばすようだな!」

「ゲ、ゲン!」

「先輩っ!」


 夜行特急の汽車で東京へ到着し、銀座街に現れたゲンは、鷹のように鋭い目でボサボサの髪をさらにぶわりと逆立てていた。


「島村! 金藤! 遅れて悪かった! ・・・・・・あの階に、千草さんが・・・・・・ッ!」


 水引屋の六階へ視線を向けたゲンは、ぎりりと奥歯を擦り鳴らした。

 ウィルソンとディビッドは顔を見合わせ、「こいつを先に消してから作戦決行だ」と言っている。


「エブリワァン! ポイントユゥアガーン! アッディスガァイ!」


 ディビッドの号令で、進駐軍の隊員はみな、銃口をゲンに向け直した。


「HAHAHA!」


 ウィルソンとディビッドは笑っている。ゲンは全員へ一度視線を合わせ、「やんのかおめぇら!」と大声で叫んだ。

 ゲンが進駐軍へ飛びかかろうとしたその時、大量の凄まじい銃声が周囲に響き渡った。

 その瞬間、ウィルソンやディビッド、その他の隊員たちは悲鳴を上げ、赤い飛沫を噴いて地面へ全員転り、絶命。


「何だ、今のは! おい島村! 金藤! こいつら、いったい何が起きたんだ!」

「ゲ、ゲン! あれだ、きっと! あれを見ろ!」


 島村は、水引屋の屋上を指差した。そこには、見たこともない大型の銃火器を構えた立波と板内の姿があった。

 板内は、屋上からゲンに視線を向け、笑っている。


「ふっふっふっふ・・・・・・。来たか、早乙女。・・・・・・身共らが独自に開発した『糸車式(いとぐるましき)回転(かいてん)銃砲機(じゅうほうき)』の威力、その目で見ていかがだったかな? ・・・・・・立波! 今は何発放ったのだ?」

「団長。今は試し撃ちで四十発放ちましたぜ。それでも進駐軍の連中を簡単に一掃できやした」

「ご苦労。軽い手回しのみで、機関銃の弾を広範囲に一秒間で十発放てる糸車式回転銃砲機。こうもうまくいくとはな。立波! 次の弾を装填するのだ!」


 立波に指示を出した板内は、屯にも「黒気球を飛ばす準備を!」と指示を出した。


「板内・・・・・・っ! その面、今から俺が何百発もぶん殴ってやっから、覚悟して待ってやがれ!」


 ゲンは、両拳をぎゅうっと固く握り、屋上の板内を下から睨みつけていた。


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― 新着の感想 ―
到着ぅ! しかし糸車式という名は、何か弱そうだ!? いや、糸車を回すように使うんだろう事は判るんだが。
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