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ゲンの拳骨  作者: 糸東 甚九郎(しとう じんくろう)
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其の三十一  狂気の黒曜団

 黒曜団の要塞と化した水引屋の近くに、烏丸と青川の姿が見える。


「な、なんということだ! あの、水引屋が・・・・・・こんな状態になるとは!」

「せ、専務! 一昨年に我が社を急に去った板内が、まさか、こんな兇行に及ぶとは。それがしはとても信じられません! しかも、板内に囚われの身となっているのが、あの神宮司千草さんだと聞きましたが、いったい奴は彼女を・・・・・・」

「青川! とりあえずここは、警察に任せよう! かつての社員であるから、もし説得ができてこの事件を止めることができれば、我が社の印象度向上にもなると思ったが・・・・・・。これは無理だ」

「し、しかしっ! それがしは・・・・・・」

「何を考えているんだ青川! 早乙女にやられたケガが癒えたばかりの身体で、しかも、あんな狂気じみた集団なんぞ、相手に出来ると思うか?」

「し、しかし専務っ! それがしは、あの神宮司さんの状況を放っておけなくて・・・・・・」

「青川。気持ちはわかるが、お前がわざわざ危険を冒すことはない! ここは、引き下がろう!」


 烏丸は青川を諭すように、肩を何度も揺すって言葉をかけている。

 その二人からまた離れたところでは、島村が野次馬の中で心配そうに水引屋を見つめていた。野次馬の中には、客たちと共に避難したかつ子やしま子の姿もある。


「(何てこった! あの板内をどうにかしないと、こりゃ、もっと甚大なことになっぺよ・・・・・・)」


 そこへ、野次馬の群衆を抑える警備線の警官が一人やってきた。金藤だ。


「島村先輩!」

「あ、金藤君! とんでもないことになっちまったなぁ!」

「全くです。あの黒曜団という過激派集団は、まだ、どんな銃火器を持っているかわかりません。ここは危険ですから、島村先輩ももっと遠くへ避難して下さい」

「あ、ああ。・・・・・・ゲンは果たしてこの今の状況を、知ってんのかなぁ」

「え! いないんですか?」

「栃木の実家に用事があって帰ってるんだよ。何とも、間が悪かっぺ・・・・・・。金藤君! 警官隊はあいつらを何とか制圧できないもんだっぺか?」

「いやぁ、それがなかなか・・・・・・。上層部が言うことには、敵方の戦力も未知数であるし、さらには、進駐軍本部の顔色を窺っていて、いざという時じゃないと全体指令が出せないようで・・・・・・」

「まったく! 今がその、いざって時だっぺよ・・・・・・」

「まさかあの時、先輩方が言っていたことが現実となり、こんな大事件になるとは・・・・・・」

「金藤君。おらだって、まさかここまで酷い事態を板内らが巻き起こすとは思わなんだ。未来は誰にもわかんなかっぺ。・・・・・・とにかく、これが何とか収まるといいんだが・・・・・・」

「そうですね! ・・・・・・あ! そっちぃ! 入っちゃダメダメ! 下がって下がって! ・・・・・・では島村先輩。この辺で・・・・・・。本官は引き続き警備線の仕事がありますので、持ち場に戻ります」

「ああ。忙しいのに悪かった。気をつけて!」


 * * * * *


「素晴らしい初動だ。これで、黒曜団が如何に強力な集団か、数多の者へ知らせることができた」


 板内は百合紅葉の窓から、夏の夕夜の中に燃えさかる銀座街を見下ろしている。


「屯! 檜垣! 屋上の準備は整っているか?」

「へぇ。へぇ。万全だぎゃ! もう、しっかりと膨らんでいるだに!」

「夜襲作戦用の黒気球。葦原に来た客から仕入れ先を聞き出すの、苦労したんでありんすよぉ?」

「手こずらせてすまなかったな、檜垣よ。・・・・・・黒気球が整ったとあらば、いつでもこの東京にあれをばら撒けるわけだな。・・・・・・屯! ものは全て揃っておるのだな?」

「へぇ、へぇ、へぇ。安心して下さい。準備万端だぎゃ! わてが戦時中に所属した部隊で得た知識により、こっそりと隠し作った『マスタードガス』の散布ボンベと『小型炸裂弾』も、黒気球に積んであるだぎゃ! いつでも、飛ばせますだに?」

「よし! 狙いは腐った政府の中枢部と、進駐軍本部だ! 進駐軍本部は距離が近い故、この水引屋に気体が流れぬよう、気流操作を怠るでないぞ!」

「へぇ! 抜かり無いだに! 送風防御用の気球も数機、準備は整ってるだに。この程度の準備、わてにかかれば、朝飯前だぎゃ!」

「ご苦労。ふっふっふ・・・・・・」


 殺気の籠もった目で、板内は笑いながら外を眺めている。

 屯は「では、屋上に戻りますだに」と頭を下げ、出ていった。


「(お、恐ろしいことを・・・・・・。この人たちは皆、狂ってる! ・・・・・・わたし、このまま、どうなっちゃうんだろう・・・・・・。・・・・・・何とか、ここから逃げ出したいけど・・・・・・動けない・・・・・・)」


 千草は額と口元から血を流し、縛られたままぐったりと座り込んでいる。縄で縛られた腕は固く締め付けられ、手先しか動かすことは出来ない。

 震える右の掌を開き、千草はその中心を見つめている。


「(源五郎さん・・・・・・。・・・・・・助けて、源五郎さん・・・・・・っ)」


 檜垣はそんな千草をじっと見つめ、鼻で笑った。


「あんたさぁ、ありがたいと思わないんかえ? 黒曜団の人質になれるなんざ、世の女たちの中でも特別でありんすよぉ? うふふーぅ! ・・・・・・この黒曜団の使用人として、団長が買って下さることになっているでありんす。・・・・・・もっと、感謝の意を見せて欲しいものねぇ!」


 着物の袖をばさりと振り、檜垣は千草の前に立って睨むように見下している。

 しかし千草は、檜垣を下から睨み返し「あなたたちは間違ってる!」と強く言った。


「生意気な! この女! 何だその目! 人質のくせに調子に乗るんじゃぁないわよッ!」


 檜垣は激昂し、千草の両頬を何度も打ち、頭を上から蹴りつけた。


「よさんか、檜垣。・・・・・・その怒りの感情は、ぶつける相手が違うぞ。少しは自重せよ!」

「す、すみません団長・・・・・・。つい・・・・・・わちきとしたことが。うふふふふふぅー」


 板内は口元から血を垂らす千草へ、「恨むなら自分の運命を恨め」と冷たく言い放った。


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― 新着の感想 ―
如何に強力な集団か、数多の者へ知らせる > 腰が引けてるだけっぺよ? むしろ政府や警官隊が何とかしてくれると、大半の人は思っている。逆に言えばその程度の集団にしか思われていないっぺ、きっと。
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