其の三十 東京銀座街大戦
水引屋は、一階から屋上まで三百人を超す黒曜団員が詰めており、戦国時代の山城のようになっていた。各階の窓という窓からは、にゅっと黒く伸びた艶光りする筒が出ており、突入しようとする警官隊に向かって次々と砲弾が放たれる。
社長室や常務室のある本部棟は、店舗棟や倉庫棟と渡り廊下で繋がっていたが、黒曜団が仕掛けた爆薬によって全て爆破され、孤立した建物となった。そこへ、団員が大量の火薬を投げ込んだことで、水引屋の会社幹部は全て命を絶たれてしまっていた。
窓からの砲撃は、近隣の建物の壁をことごとく破壊し、銀座街にその爆音を何度も轟かせる。
それはまさに、聳え立つ巨大な戦艦のよう。
千草は、そんな要塞のごとき状態となった水引屋の中で、柱に縄で括り付けられていた。
「うう・・・・・・っ。・・・・・・ど、どうして! どうしてこんな、ひどすぎることを!」
煤埃で汚れた顔の千草は眉間に皺を寄せ、強い口調で板内へ問いかける。
「どうして、だと? 女、身共の先程の話を聞いてなかったのか」
「聞いてました! 聞いてましたが、こんな尋常じゃない兇行に及ばなくては、あなた方の言う国というものは作れないのですか? もう、取り返しが付きませんよ!」
「はっはっは。何を言うかと思えば。・・・・・・後戻りする気など、身共には微塵もないのだ」
「どうして! 平気で罪もない人々の命を奪うなんて、絶対に許されません! こんなこと、許されるわけがありません!」
「女よ、お前と身共では、考え方にそもそもの相違がある。相容れぬ事はわかっているが、これだけは言っておこう。それが絶対に許されないのであれば、この国を許さぬと言うことだな!」
板内はぎらりと目を輝かせ、縛られた千草を睨みつける。
「ど、どういうことですか?」
「ふん。女子供にこんな話をしても今更したところで、何になるものではないが・・・・・・」
腰に携えた軍刀をすらりと鞘から抜いた板内。
千草はその長い刃に映る市街の赤い焔を見て、青ざめている。
「女、お前は今、平気で罪もない人々の命を奪うのは許されぬと言ったな? 身共はな、かの戦争では終戦直前に、人間魚雷部隊に送られたのだ。・・・・・・わかるか?」
軍刀の切っ先を千草に向け、板内は、不気味な怪しい笑みを見せた。
「に、人間・・・・・・魚雷?」
「わからんのも無理はない。こう言えばわかりやすいであろう。海の特攻隊だ。もっとも、出撃直前で終戦となり、身共の部隊は不発に終わったがな・・・・・・」
「と、特攻ですって!」
「ああ。航空機だけが特攻隊ではない。魚雷に乗り込み、敵艦の底部へ突撃するという使命を受けたのが、身共が送られた人間魚雷部隊だ。・・・・・・この国はな、罪もない人の命だの、そんなものはこれっぽっちも価値を見出さぬ国だ。・・・・・・特攻などと馬鹿げた命令を下す前に、そもそもが戦にならんようにするのが、国を率いる者の勤めではないと思わんか?」
千草は「それは・・・・・・」と、言葉を詰まらせた。
「その連中のせいで、身共を含め、戦などとは縁のない者達が多く苦しむことになったのだ。女、お前もその一人だろうがな。・・・・・・そうしたくせに、敵国に敗れたらその意のままにされ、我々が悪かったかのような方向へ意識を向けさせやがる。そんな国を、誰が喜ぶ! それなら、元々戦争で死んだも同然の身共が、何者にも支配されない強き国にしてやろうというわけだ!」
板内は、百合紅葉の中にある生け花を、軍刀でばっさりと一文字に斬り捨てた。
「女、そこでとくと見届けよ! この板内黒祐太率いる黒曜団の、華々しき国造りの開始を!」
千草は思った。「狂っている」と。
恐怖に身体が竦んで、板内に向かって咄嗟に返答することが出来ない。
「屋上にいる屯や檜垣が、大陸の闇商人から長き時間をかけて仕入れ集めた兵器の数々。各階に設置した大砲は、短い時間で連撃を可能にした改良型アームストロング砲。黒曜団員が持っているのは昭和式軍刀に九九式小銃、そして手榴弾。・・・・・・武器の在庫はこの水引屋の各所に、想像もつかぬ量を保持している。そう簡単に尽きることはないのだ」
千草は、勇気を振り絞って、板内に言葉を返した。
「こっ・・・・・・こんなの、間違ってます! 暴力の極みだわ! どんな理由があっても、こんな戦争じみた真似、ダメに決まっています! お願いです! もう、やめてください!」
板内は「そんな願いは聞けんな」と鼻で笑い、団員たちに「放て!」と指示。
各階のアームストロング砲は轟音を響かせ、水引屋から四方八方へ大量の砲弾を放った。
次々と、銀座街の建物は壊されてゆく。赤い火の粉が飛び散り、渦を巻いた火柱があちこちに立ち上がる。逃げ遅れて泣き喚く子供にも、容赦なく砲弾や銃弾が飛び、その声が消える。
離れて待機する警官隊にもその凄まじい砲撃が襲いかかり、潰れ唸るような悲鳴とともに次々と人が倒れてゆく。
「はっはっはっは! どぉだぁ! これが身共ら、黒曜団の力! 抜け殻となり腑抜けになったこの国を造り直す、記念すべき祭りだ!」
狂気じみた笑い声を響かせ、板内は目下に広がる火の海を見て、喜んでいる。
その板内の様子は、千草を戦慄させた。背中がぞわりと震えた千草だったが、涙を流しながら板内に向かって次の瞬間には叫んでいた。
「やめて! もうやめて! こんなことに・・・・・・何の意味があるっていうのよ! こんなの、戦争と変わらないじゃない! 何の意味があるのよぉ! もう・・・・・・やめてってばぁッ!」
柱に縛られた身体を必死に捩ってもがき、泣き叫ぶ千草。
「やかましいぞっ! 身共の正しさがわからぬ愚か者め! 人質は黙って見ておれ!」
板内は軍刀の鞘で千草を横薙ぎに殴りつけた。その一撃で、頭を打たれた千草はぐったりと動かなくなった。
「さぁ、強き国の再興に、素晴らしき華を咲かそうぞ! 撃て! 撃て! 放て! 放てぇい!」
夕闇は真っ赤に染まり、銀座街は水引屋を中心に、さらに円く燃え広がってゆく。




