其の二十九 世紀の大事件 暴火による地獄
ゲンは、優一郎と例の土地を見終えて、実家に戻っていた。甚兵衛は今日、地元の村役場での会議で不在とのこと。
広い茶の間で、大きなケヤキ製の一枚板で造られた座卓に、二人は相向かって座っている。
「いやー、終わった終わった! 思ってたよりあの土地、使い勝手が良さそうで良かったぜ」
「そうかい。お前が来る前に、親父と草刈りやちょいとした整頓は、先にしておいたんだよ」
「何だや? そんなにすごかったんけ?」
「そりゃもう。しばらく放置していた土地だしな。雑草だらけで、雑木も少し生えてきてたりしてな。蛇も巣くうし、イタチも住むし、キジは出るし・・・・・・」
「あー、もういいよ! 要はそんだけ、あれこれやってくれてたんだべ? 俺があの土地の権利者になったら、あとはきちんときれいにすっからよ」
「それなんだが、どうするんだ? やはり、自分で家を建てて、こっちに戻り住むか?」
「あー・・・・・・まぁ、そういう方向で、考えてっけどよ。・・・・・・家と一緒に、道場も建てようかと」
「道場? お前、空手なんかをこの村でやるつもりなのかい? 親父が何て言うか・・・・・・」
「親父は関係ねぇべよ! 俺が自分の土地で何しようと、よかんべや!」
「それはまぁ、そうなんだけどな。・・・・・・あ! それと、あの娘さんは結局、どうする気なんだ」
「あの娘さん?」
「神宮司家の娘さんだよ。・・・・・・お前、何だかんだであの娘を想っているんだろう? 神宮司家の娘が早乙女家へ嫁に来るなんてことになったら、向こうの家にもきちんと筋を・・・・・・」
「それなんだがな、兄貴・・・・・・。千草さんのことは・・・・・・ちぃっと、事情があって・・・・・・」
ゲンは冷茶をずずっとすすり、視線を外して優一郎へ話を始めた。
「――――・・・・・・ってわけでよ。向こうもちぃーっと、いろいろある感じなんだわ」
「か、勘当同然だと? うちの親父だって、そういう事情じゃいくら神宮司家の娘だからと言っても、簡単に首を縦には・・・・・・」
「・・・・・・まぁ、関係ねぇや! 要は、当人同士の気持ちがありゃ、何とかなんべや!」
「か、関係ねぇも何とかなんべやでもないだろうが! こういうのは、きちんと両家の繋がりを持って、結納の儀や礼節を通してだな・・・・・・」
「兄貴は固ぇなぁ、相変わらず。・・・・・・だからよ、俺が家を建てて、そこで勝手に二人で住めばそれでよかんべよ。両家のなんちゃらだの、礼節だの何だの、拘りすぎはよくねぇべ!」
「お、お前は楽観的すぎだ! そんなこと無理に押し通したら、お前は早乙女家の分家どころか逆に縁切り者になってしまうぞ! 向こうの神宮司家だって、千草さんのことを・・・・・・」
「家同士がどうとかより、当人らが先だって言ってんだよ」
「だからさぁー・・・・・・」
「やめるべ! この話は、とりあえず置いておこうや。・・・・・・兄貴、一杯付き合わねぇかや?」
ゲンは台所の方へ行き、戸棚から地酒の一升瓶を持ってまた茶の間へ戻ってきた。
* * * * *
~♪♪ ~♪♪ ~♪♪♪ ~♪♪ ~♪♪
茶箪笥の上に置かれた真空管ラジオから、チャイムが鳴った。
二人は酒を飲み交わし、流れていた演歌や民謡を背景曲として聴いていたが、歌がチャイムで途切れたことにより、すぐにラジオへ目を向けた。
「急に何だべ? 珍しいな」
「そうだな。何事だ?」
二人が思わず目を向けたのも無理はない。そのチャイムは、空襲や災害等による報せの時に流れるものだったのだ。
ラジオからは、冷静ではあるが緊張感の張り詰めたアナウンサーの声が響いてきた。
~~
臨時ニュースを申し上げます! 臨時ニュースを申し上げます!
東京銀座街にて、過激派集団による大規模無差別武装攻撃が行われております!
~~
その放送の冒頭に、ゲンと優一郎は固まった。
「な、何つった今? 兄貴、音量もっと上げろ! よく聞こえねぇよ!」
「あ、ああ。・・・・・・過激派? 無差別武装攻撃? い、いったい何のことやら・・・・・・」
優一郎はラジオのつまみを回し、放送の音量をやや上げた。
アナウンサーは、鬼気迫る様相でさらに放送を続ける。
~~
とても信じられません! 全く理解できません!
しかし、理解できずとも信じられずとも、この忌々しい大事件が、東京の中心街において展開されているのであります!
この眼前の様子はまさに、先の大戦による大空襲をも彷彿とさせ、終戦から四年経ったこの今、また、かの地獄のような悪夢を思い起こさせるものであります!
~~
「過激派集団だと! ・・・・・・はっ! ま、まさか、板内の野郎・・・・・・がっ?」
ゲンの手はわなわなと震えている。優一郎は「大変な事件だ」と立ったまま放送を聴いている。
するとラジオから、大空襲のような割れんばかりの爆音と、大規模な巌雪崩でも起きたかのような轟音が次々と響いてきた。
時折、そのけたたましい音々の中に、民衆の悲鳴や嗚咽のような声も微かに混ざっているのが聞こえる。警察の笛の音や消防車か救急車のサイレンのようなものも聞こえる。
~~
過激派集団は、得体の知れない兵器を所持している模様であります。
あ! 今、黒く丸い何かが大量に放たれました! 凄まじい爆発です!
駆けつけた警官隊はその火力の勢いに為す術無く、突入して制圧することも儘ならぬ状況です!
今や、過激派集団によって銀座街は地獄絵図となり、辺りは火の海と化しています。この、あまりにも信じられぬ出来事に、人々はただ逃げて避難するのみの状況です。
我々が放送するこの建物にも、いつ、過激派集団による暴火が飛んでくるかわかりません。退避する暇もないうちに、粉々に弾け飛ぶことも予想されます。
~~
放送を聴くゲンと優一郎。
狼狽えた表情の優一郎は「とんでもないことになったな」と呟く。
ゲンは拳を握ったまま、じっとラジオを見つめている。
~~
あっ! 皆さん、今、過激派集団の一人が、顔を出しました! 何という表情!
まさにそれは、地獄の夜叉のごとき殺気に満ちた顔であります!
銀座街水引屋は、この男によって支配され、過激派集団の城となってしまったのでありましょうか! 何者なのでしょうか!
~~
ゲンは、目をくわっと見開いた。
「み、水引屋・・・・・・だと! バカな!」
たまらず、ゲンはその場で立ち上がった。座卓は揺れ、コップの酒はぐらりと大きく揺らいで卓の上に零れる。
~~
今、男が何か言う模様です! マイクを向けますので皆様、その声をお聞き下さい!
~~
ゲンはぎりりと奥歯を噛んだ。ラジオから聞こえた話では、水引屋が占拠されているらしい。
「本当にどうなってんだよ! ・・・・・・兄貴! 今から東京行きの夜汽車は・・・・・・」
「しっ! 静かに! 今、過激派の奴が何か言うぞ!」
~~
よく聞けぇ! 国民の皆々よ!
身共は、先の大戦で敵国によって骨抜きにされ、もはや言われるがままの傀儡と化したこの日本を、再び強き国に生まれ変わらせる、板内国祐太であるぅっ!
身共率いる黒曜団は、進駐軍共の本拠地があるこの銀座街からまずは再興させる!
進駐軍本部を完膚なきまでに破壊し、東京全体を一掃して大強国の礎を築き上げる!
単に一介の集団による凶行と思うなかれ! これは、国民の皆々が胸を張って生きることが出来るための、新たな国造りの一歩なのだ! そしてこの猛々しく燃えさかる焔は、華々しい開式の儀と受け取って頂きたい!
黒曜団を止められる者は、おらぬ! さぁ、強き善き国を取り戻そうではないか!
~~
ラジオから大音量で聞こえてきた板内の言葉に、ゲンは怒りの針が振り切れた。
「あんの、大馬鹿野郎のろくでなしがーっ! 本当に、こんなことをやりやがって!」
ラジオはまたアナウンサーの実況に切り替わった。
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ラジオをお聴きの皆様、これは現実です! 虚構ではない、未曾有の大事件です!
今、新たな情報が寄せられました! 今、新たな情報が寄せられました!
銀座街をものの数分で火の海にした黒曜団の板内と名乗る男は、水引屋の六階にて、茶寮の若い女性店主を人質とし、この許されぬ蛮行に及んでいる模様です!
繰り返します。若い女性が黒曜団の人質とされています!
警察の調べによりますと、人質の女性の名は、ジング・・・・・・
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「あの野郎ーっ!」
優一郎が「おい!」と呼び止めるのも聞かず、ゲンは衝動的に家を飛び出した。
「何てこったちくしょうめッ! 今から乗って、夜汽車は何時に東京に着くんだ? くそ、わかんねぇ! ええぃ、何でも構わねぇから、乗らねば! ・・・・・・千草さん、無事でいてくれ!」
ゲンは一心不乱に駅へ向かって走っていた。その遥か後ろでは、優一郎が「源五郎!」と何度も呼んでいる。
茶の間のラジオからはその後も、銀座街の様子が流れ続けていた。




