其の二十八 華を添える祭りの合図
[ 皆様、誠にありがとうございました 当店 百合紅葉は八月三十一日を以て閉店します ]
翌日、千草は百合紅葉で変わらぬ笑顔を見せ、接客をしていた。
店の入口には、千草が和紙に墨で書いた客向けの貼り紙がある。
「ありがとう存じました。またのお越しをお待ちしております」
「いやぁ、残念だね。ここ、気に入ってたんだけどなぁ・・・・・・」
「御贔屓にして下さっておりますのに、あいすみません・・・・・・」
麦藁帽子を被った裕福そうな常連客を、千草はずっと深く頭を下げて見送り続けた。
「・・・・・・ふぅ。・・・・・・辛いなぁ。お客様は楽しみにこの店に来て下さるのに・・・・・・」
溜め息をつき、千草は店の中へ戻ろうとする。
「・・・・・・やぁ、こんにちは」
「あら、島村さん! いらっしゃいませ!」
「今日は、ゲンと一緒じゃないんだが、二人で来たっぺよ」
「あら? こちらはー・・・・・・」
「太平洋大学空手道部の後輩にあたる、金藤君だっぺ。警察官をやってるんだよ」
「初めまして。金藤と申します」
「あ、初めまして。この百合紅葉の店長、神宮司千草と申します」
千草は島村が紹介した金藤へ、ぺこりと一礼。その後すぐ、窓際の席へと案内した。
「島村さんと、金藤さん。本日はお越し頂きありがとうございます」
「いやいや。・・・・・・しかしまぁ、あの入口の書き物はやっぱり寂しいもんだっぺ」
「本官は事情をよく知りませんが、このお店、畳んでしまうのですか?」
「・・・・・・わたしは、本音を申し上げますと、閉めたくないのですが・・・・・・致し方ありません」
やや俯き気味に、千草は翳りのある笑顔を見せた。
「さて、それより、本日は寒天黒蜜がオススメですが、いかがですか?」
その翳りを吹き飛ばすかのように、千草はぱっと明るい表情へと切り替えた。
* * * * *
「美味しかった。やっぱり、この店は良い癒やしの空間だっぺ。なぁ、金藤君?」
「本官もそう思います島村先輩。教えてもらったのに間もなく畳んでしまうって、残念ですよー」
「そう言って頂けて、わたし・・・・・・。・・・・・・ありがとうございます」
「無理しないように、心身は大切にするとよかっぺ。・・・・・・あ、ゲンが言った方が良かったかな」
「いやだぁ、島村さんってば。・・・・・・源五郎さんでなくとも、お心遣いは大変嬉しいですから」
島村と金藤は、「ありがとう存じました」と見送る千草へ一礼し、店を去っていった。
すると、島村たちが去っていった方と別の方向から入れ替わるようにして、あの板内ら黒曜団が数名、百合紅葉へ入っていった。
「あ・・・・・・い、いらっしゃいませ」
「本日も失礼仕る。身共を含め五名だ。席はあるか、女!」
「は、はい。ご案内いたします」
千草は板内らを小上がり席へと案内した。しま子とかつ子は水屋からこそっと様子を見ている。
板内がどかりと座ると、副木と立波がその横へ座り、続いて檜垣と屯が座った。
「黒曜団の中でも、身共に深く賛同し、これまで数多くの準備に動いてくれた皆に、心より感謝する。これで、この国を再び強く生まれ変わらせるための花を、盛大に咲かせられるというものだ」
「板内団長にそんな頭を下げられては、わちきらはこの身を粉にしてでも成功させたいと思うでありんす。敵国なんぞに囲まれ縛られた廓の中のような国とは、もう、これでおさらばでありんす。思えば、団長に声をかけていただかなかったら、わちきは遊郭の中で死ぬだけでしたわ」
「・・・・・・檜垣。身共はそなたの出自と技に惚れ込んだまで。その力、思う存分発揮するが良い!」
「ありがとうございます。わちきは遠い西にある貧しい忍びの村の出ゆえ、遊郭に売られた後も、密かにその技は錆びさせることなく、磨いてきたでありんすからねぇ」
檜垣は、頭からかんざしをすうっと抜き、それを指先で素速くクルリと回転させた。
「押忍! 板内団長に、自分はどこまでもついてゆくであります! 志國館師範学校応援団並びに拳法部で培ったこの胆力と根性を、黒曜団のために使い尽くすであります! 今すぐにでもっ!」
「まぁ、そう急くな副木よ。お前の拳法の腕前は身共が一番に評価している。祭りが始まったら、それを遺憾なく発揮してくれ。何者にも、遠慮はいらんぞ」
副木は「はっ! 喜んで!」と、カクカクした動きで板内に頭を下げた。
「団長。さて、どうしますかい? 屯によれば、都内にいる黒曜団員すべての首尾は整ったとのこと。いつでも、始められますぜい?」
「立波さんの言うとおり、わてはいつでも準備万端だぎゃ。団長の号令で、全ての黒曜団員への伝達はいつでも可能になっとるだに!」
「団長。屯はいつでも動けます。このおれも、いつ始まってもいいように、全て温まってますぜ!」
「・・・・・・ふむ、そうだな。・・・・・・立波にも苦労をかけたな。祭りの先頭を任せるが、よいか?」
「へい! おれは、組を破門となってから、団長に拾われるまでは地獄でした。団長のおかげで国を生まれ変わらせるという偉業に関われること、感謝ですぜぃ! 全力でこの身、捧げますぜ!」
板内はにやりと笑い、深く腕組みをして、目を瞑って暫し黙り込んだ。
「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・聞けぃ!」
「「「「 はい! 」」」」
「本日、1800、練り上げてきた予定の通りに祭りをここで開始する! 全団員に伝えよ!」
板内は鋭い目をかっと見開き、そこにいる四人へそう言った。檜垣は不敵な笑みを見せ、副木と立波は「うおお!」と士気を上げ、屯は「伝令に!」と言って、急いで店から出ていった。
「お待たせしてすみません。お茶を・・・・・・」
千草が席へ茶盆を持ってきたが、板内は「いらん!」と怒鳴り、その場へ近づけさせなかった。




