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ゲンの拳骨  作者: 糸東 甚九郎(しとう じんくろう)
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其の二十四  青天の霹靂

「ええ! ま、待ってください、常務! そ、そんなこと急に言われても・・・・・・」

「もう決まったことだ! だいたい、お前が東洋江建築との縁談で無下な対応をしたせいだ! 田舎から出てきただけの小娘が、この水引屋の一角で店を預かることができてるだけでも、ありがたいと思いたまえ! 自業自得なのだ! そこの所、身の程をわきまえたまえっ!」


 水引屋の常務は、千草の方へ目を向けることもなく、ばだむと大きな音を立て、常務室のドアを力強く閉めた。その音は、明らかに常務の機嫌がどのようなものかわかるものであった。


「(そんなぁ・・・・・・。無下も何も、わたし、あの青川って人に全く興味無いし・・・・・・)」


 千草は、閉ざされた常務室の前で、呆然と立ち尽くしている。

 しばらくその場で俯いていた千草は、とぼとぼと廊下を歩き、店舗棟の方へと歩いていった。


 * * * * *


 百合紅葉に戻ってきた千草は、小さく溜め息をついて、水屋の方へ入った。


「ね、ねぇねぇ。ちーちゃん? 常務の呼び出しって、何の話だったの?」

「秋の催事で、あたいらに活躍して欲しい・・・・・・とかっ?」


 しま子とかつ子は、戸棚から急須と湯飲みを取り出している千草へ、笑顔で駆け寄った。


「・・・・・・はぁ」

「どーしたのぉ? ちーちゃん!」

「え? あー・・・・・・」

「あぁー、まぁた恋患い? ・・・・・・来てるよ。ちーちゃんの、待ち人っ」

「・・・・・・え? あ、ああ、そう。ありがとね、しま子」


 千草は割烹着の襟を直し、店の方へ出ていった。


「なんだか、ちーちゃん、様子がおかしいね?」

「そうね。普段のチーなら、声を弾ませて飛んでいくはず・・・・・・なのにね?」

「具合でも悪いのかな。夏風邪とかかな?」

「何だろうねぇ。月のものかもよ」

「そっか。じゃ、無理はさせずに、様子見かな」

「だね。あたいとしま子で、うまく支えてやるとしますか」

「りょうかいー。・・・・・・あ! ねぇ、かつ子? もしかして、ちーちゃん、常務にいやらしいことでもされた・・・・・・とかじゃ!」

「あのねぇー・・・・・・しま子? いくらなんでも、邪推しすぎよ!」

「そ、そっか。そぉーだよねー・・・・・・。それはないかぁー・・・・・・」


 かつ子は「さっさと仕事するよ」と笑ってしま子に言い、流し台にある皿を布巾で拭き始めた。


 * * * * *


「いらっしゃませ。源五郎さん。島村さん」


 千草は茶盆を持って、にこやかに二人へ声をかけた。


「こんちわ、千草さん! 今日は島村と来たぜ」

「ありがとうございます。このお店・・・・・・御贔屓にして下さって」


 笑顔ではあるが、千草の声のトーンは少し下がっていた。それを、すぐにゲンは感じ取った。


「どうしたんだや? 何か、あったんけ?」

「え? あはは。何も・・・・・・ないですよぉ? 元気です! わたし、元気ですよ! ほら!」


 千草はくいっと口角を上げて笑顔を見せ、その場で腕をグルグルと回す。


「・・・・・・本当に、どうした? 何かあったべ?」

「何もないですってば。・・・・・・あ。今日は美味しい大福がありますけど、どうします?」


 二人きりの時は見つめることが出来なかったのに、この時のゲンは千草をじっと見つめていた。


「ほら、源五郎さんも島村さんも、大福、いかがですかぁ? 今日のオススメですよっ!」

「お、おい、ゲン? どうしたんだっぺ? 大福をどうすっかって・・・・・・」

「千草さん・・・・・・。俺ぁ、ちゃらんぽらんではあるが・・・・・・その、人の気の浮き沈みぐれぇ、ちゃんとわかる。どうしても言えないなら無理にとは言わねぇが、困り事は一人で抱えたら心に毒だ」


 その言葉に、それまで明るく見せていた千草の笑顔は、石のような真顔になった。


「・・・・・・。・・・・・・源五郎さんと島村さんしかいないから・・・・・・。・・・・・・はぁー・・・・・・」


 溜め息をついた数秒後、千草は大きく息を吸ってから、口を開いた。


「実は・・・・・・ですね。・・・・・・このお店・・・・・・今月末で畳めと、水引屋の上層部から言われまして」


 突然の発言に、ゲンと島村は顔を見合わせた。

 しま子とかつ子も驚いて、「嘘でしょ!」「何て言った!」と、水屋から飛び出してきた。


「ち、千草さん! どうして、そんなことになったんだや! 千草さんは、どうなるんだや?」

「わたしが東洋江建築の主任さんとの縁談を、蹴ったせい・・・・・・らしいです。うちの常務が内々に向こうの会社と話を進めていたけど、顔を潰された・・・・・・って。その懲戒的な意味合いなんですかね? わたしはもう、ここにいらないみたい・・・・・・。来月から・・・・・・どうすればいいかなぁ」


 千草の目元で、窓から射し入る西日が反射し、きらりと光る。

 島村は「どこもかしこも、そんな話かよ」と苦い表情。しま子とかつ子は「そんなのひどすぎ!」「なんでお店を畳むようなのよ!」と憤慨。


「・・・・・・おい、ゲン! お前はどう思う! ひでぇと思わねぇんだっぺか! 何か言えよ!」


 島村に肩を揺すられるゲンは、腕組みをして目を瞑っていたが、ゆっくりと瞼を開いた。


「千草さん・・・・・・。・・・・・・俺ぁ、この店が好きだわ。千草さんが一生懸命営む、この店がよ」

「・・・・・・源五郎さん。・・・・・・ありがとうございます。・・・・・・そう言ってもらえて・・・・・・嬉しい!」

「それでな、こういう事になっちまったんじゃ、その・・・・・・一緒に、栃木に帰らねぇかっ?」


 ゲンの勢いある唐突な発言に、その場にいる全員が一瞬、固まった。千草は、丸く黒い目をより見開いて、声を出さずに驚いている。しま子とかつ子は「わぁ!」と、二人で飛び跳ねた。

 自分が千草に向かって突然何を口走ったのか、ゲンが自らわかったのは、その十秒後だった。


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プロポーズ!? だが、その前に報復なんかはせんのかな?
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