其の二十三 男二人は、酒を交わして・・・・・・
銀座街の一角にある屋台に、今宵もゲンと島村の姿があった。
「な、なにぃ! ・・・・・・島村! ほ、本当なんけ?」
ゲンはコップ酒を卓にがたんと置き、隣で静かに酒を飲む島村へ目を向けた。
「ああ。・・・・・・東洋江建築の上層部から正式に、おらを解雇する辞令が出されるとよ。まったくもって、やってらんなかっぺ! ・・・・・・うぅい! ゲン! もっと、酒を注いでくれぇ!」
島村は、二本指でコップを持ち、ベロベロになっている。
「お、おいおい、島村ぁ・・・・・・。おめぇらしくもねぇ。俺より飲んでんぞ、今日・・・・・・」
「なーんだって、よかっぺぇ! ・・・・・・おらはもう、東京なんかにゃ、いらんねぇや。故郷へ帰るしか、ねぇんだっぺよ」
「島村。・・・・・・おめぇの実家は、茨城の大荒井村にある魚屋だったよな? おやじさんとかは、元気なんかよ?」
話題を変えたゲンの言葉に、島村は表情を変えた。
「・・・・・・。・・・・・・まったくもって、タイミングっつぅもんが悪かっぺ、ゲン」
「え?」
「親父が、危篤なんだとよ。・・・・・・先日、会社で電報を受け取ってな。・・・・・・店を継いでる兄貴も身体がうまくねぇみたいで、おらに、戻ってきて家と店を継いで欲しい・・・・・・んだとよ」
島村は、キュウリの酢漬けを口に放り込み、コップに残った酒をぐっと一気に飲み干した。
「ぷはぁ! ・・・・・・。・・・・・・まぁ、東京でそこそこ貯金もできたし、おらは、潮時なんかもしんねぇっぺな! ・・・・・・魚屋を継いで・・・・・・大荒井に、空手道場でも開くとすっぺかな・・・・・・」
「ど、道場? おめぇが、か?」
「ああ。太平洋大学空手道部で培ったもんを、細々とでも、教えて伝えるのも、悪くなかっぺ」
その時、ゲンの脳裏に、かつて言われた千草の言葉がよぎった。
―――― 源五郎さんの空手は、広めるべきかと思います ――――
ゲンは数秒間、考え込んだ。
「な、なぁ、島村? もし・・・・・・。もしも、の話だがよ?」
「?」
「俺も故郷の栃木に戻ったら・・・・・・家の横に、稽古が出来るぐれぇの道場を建てようかと、思ってんだ・・・・・・。おめぇが道場を作るなら、俺も作る。・・・・・・故郷で空手ってのも、悪くねぇ話だべ」
「ゲ、ゲン。・・・・・・まだ、おらは、決めたわけじゃ・・・・・・。あくまでも・・・・・・」
「なーんだっていいんだよ! おめぇが道場長になんなら、俺も道場長になるべ! ゆくゆくは、お互いの弟子を連れて、一緒に稽古するなんてこともできるべよ! なぁ、島村!」
「弟子・・・・・・か。じゃあ・・・・・・人生の楽しみの一つとして、真面目に考えてみるとすっか・・・・・・」
ゲンは島村の背中をばんと叩き、「東京だけが人生じゃねぇべよ!」と、笑って酒を注いだ。