其の二十 戦後四年
「おかえり、かつ子! どうだった? 久しぶりの実家は?」
「いやー、気分転換できた! ありがとうね、チー。これ、ちょっとしたモンだけどー」
数日間の休暇後、百合紅葉へ戻ってきたかつ子は、千草へ熱美の伝統工芸である楠の木製の櫛を手渡した。
「わぁ、ありがとう! ・・・・・・でも、気使い無用でいいのにー。お休みはお互い様なんだからさ」
「何言ってんのさ。忙しいのに、チーとしま子に負担かけちゃったんだから、このくらいー」
「ちーちゃん。その櫛、すごく使いやすいんだよ? あたし昨日、部屋で試してみたんだー」
「そうなの? じゃあ、仕事終わったら、さっそく家で使ってみる! 楽しみ!」
千草はにこっと微笑んで、それを棚に置いてある自分の手提げ袋へとしまった。
「そうそう。帰ってきて、ちょっと思ったんだけどさぁ・・・・・・」
かつ子は、店の外の方へ目を向けた。千草としま子は、「どうしたの?」と訊く。
「三階売り場の子も言ってたんだけど、水引屋内で大きな改修でもやるの? あたい、六階に来るまでに作業員みたいな人や清掃人と、たくさんすれ違ったんだけどー・・・・・・?」
「そーいえば、そーねぇ。確かに最近、店内や倉庫棟とかで作業してる人、見かけるね。ちーちゃん、上層部から、何か聞いてる?」
「え? 特に何も・・・・・・? ・・・・・・確かに、各階でお掃除してる人や、図面持って歩いてる作業服姿の人、多くなったね。さっきは屋上の方に行く人も、いたような・・・・・・」
「お盆も過ぎたから、秋の催事に向けてとか、何か上の方で決め事でもあったのかね? あたいらには話が降りてきてないだけだわね、きっと」
「あ! そーぉかも! きっとそうだよー。あの戦争から、四年かぁ・・・・・・。少しずつ、季節を楽しめる余裕も、戻ってきたんだねー・・・・・・。物資配給の規制、はやく解けるといいのになーぁ!」
しみじみとそう言うしま子に、千草とかつ子も「そうねぇ」とゆっくり相槌を打った。
「実家に帰省して、この東京はまだモノがある方だって実感したよぉ。静岡の方は、とにかく物資がまだまだ少なくて、闇市も多いし、あたいの実家近くでは、統制されているのに隠れて『闇すし』を売ったオッチャンが捕まっちゃって・・・・・・」
「うひゃあ! そ、それは、ねぇ・・・・・・。でも、みんな、やっていくのに必死だもんねぇ」
「早く、こーんな話題が無くなる時代になってほしいわさ。あたいの親も、闇市で隠れて米や小麦粉を仕入れてきたなんて言っててさ・・・・・・」
洗い物をしながら、千草はかつ子としま子の話を聞いている。
「・・・・・・みんなで頑張って、少しずつ良い国になるよう願っていきたいね。きっと、大丈夫だよ。ここから絶対に、もっと良い国になると思う。わたしは、そう信じて東京でやってるんだ」
千草の言葉に、二人は「そうだね!」と笑顔で頷いた。
「それにしても本当に、今日は作業員さん、多いね? ・・・・・・皆さん、お疲れ様です」
店の外を行き交う作業服の人々に、千草は店内からにっこりと笑顔を見せ、会釈をした。