其の十七 千草のほほえみ
ゲンは、優一郎と甚兵衛の二人と共に、日歩里駅まで歩いていた。
「夜汽車が出てっから、この日歩里からなら、そのまま宇河宮まで行けんべな」
「すまないな、源五郎。・・・・・・例の件は、前向きに考えてくれ。そのうち、現地を見に来いよ」
「はいはい。わかったから、親父を連れて、とっとと帰れー」
「口の悪い奴だ。同じ兄弟なのに、どうして優一郎と貴様は人としての性質がこうも違うんだ!」
「そりゃあ、俺と兄貴は別人格だし、血が繋がってるだけで、別々の人間だからだべよ?」
「屁理屈ばかりこねおって! なっとらん! 早乙女家の男は代々・・・・・・」
人の多い駅前にも関わらず、甚兵衛が説教を始めた。
適当に聞き流しているゲンに、優一郎はこそっと小声で囁く。
「許せよ、源五郎? 何だかんだで親父はお前のことが心配で、こうして気に掛けてんだからね」
「んなの、わかってんよ。・・・・・・だけど年取ったせいか、前よりも口やかましいぜ。明治生まれは堅物で洒落も利かなくて、だーめだなや。素直じゃねぇんだ、親父は」
優一郎は、「どっちも素直じゃないけどな」と笑っている。
「・・・・・・――――わかったのか、源五郎っ! おいこらっ! 儂はなっ・・・・・・」
ゲンは「そろそろ汽車が来んぞ!」と、甚兵衛の説教を遮って、二人の背中を押す。甚兵衛は「まだ話は終わっとらん!」と怒っているが、どんどんゲンに押されて改札口の方へ。
ホームでは、黒煙をもくりもくりと吐く蒸気機関車が、汽笛を鳴らしている。
「ほら、兄貴。早くしないと出ちまうぞぉ? ・・・・・・気をつけて帰れやー」
「すまなかったな、源五郎。・・・・・・お前も元気で過ごせ? ちゃんとメシは食えよ」
改札を通った二人は、ゲンに向かってさっと手を挙げ、汽車へ乗り込んだ。
すると、二人を見送るゲンの後ろから、「あら?」という声がした。
「ん? ・・・・・・あ!」
「源五郎さん。どうしたのですか、こんなところで?」
「ち、千草さんっ? そ、そっちこそ、日歩里駅なんかで・・・・・・何を?」
千草の名を叫んだゲンの声に、優一郎と甚兵衛が客車の窓から顔を出した。
「かつ子が休暇で実家の熱美へ夜汽車で帰るため、見送りにきたんです」
「そ、そーかぁ。・・・・・・あ、俺はね、さっきまで兄貴と親父が家に来ててよ。同じように栃木まで夜汽車で帰るから、その見送りだぁな。すぐそこの汽車に・・・・・・あ、顔出してやがるわ」
「まぁ、そうだったのですか。・・・・・・あちらが、源五郎さんのお父様とお兄様ですか? お二人とも、よく似ておられますね。・・・・・・あ、源五郎さんが、お二人に似てるのか。ふふっ」
千草は、窓から顔を出している優一郎と甚兵衛へ向かって微笑み、深々とおじぎをした。
「親父! あ、あの方が、源五郎の言ってた神宮司家の・・・・・・」
「何とも品があって、柔らかな物腰のお嬢さんだな。さすが、神宮司家の娘であるな!」
二人に向かって小さく手を振る千草の姿を、ゲンは横で、やや照れながら見守っていた。