其の十四 恋患いの、恋は辛い
「なぁーんでーっ! もったいなぁーいっ!」
水屋に、しま子の声が響き渡った。
「ちょっと、ちょっと! 声が大きい!」
「だって、声も大きくなるじゃんーっ! 大会社の主任を推してくれたんだから、ちーちゃんは水引屋の社員の中でも、それに釣り合うって思われてー・・・・・・」
「どうでもいいのよ。会社同士の面子のために、わたし、結婚なんて嫌だもの!」
「そ、そうは言ってもさぁ。・・・・・・ねぇー、かつ子? ちょっと来てよー。ちーちゃん、やっぱり東洋江建築の青川って人との縁談、断ったって!」
しま子は水屋ののれんを手で上げ、客席を拭くかつ子を呼んだ。
かつ子はそのまま、卓を布巾で拭いている。
「そーんなこったろうと思ったわ! 絶対その青川って人と一緒になった方が、チーはこの先安泰だとあたいは思ってたけどさ。・・・・・・チー自身にその気が無いんじゃ、ねぇ・・・・・・」
「そんなこと、言ったってさ・・・・・・」
千草は口をアヒルのように尖らせたまま、コップを拭いている。
「チーはさぁ、あの源五郎っていう人と今回の青川さんとじゃ、天秤にすらかけるまでもないんでしょ? そういうことなんでしょ」
「ちーちゃんさー・・・・・・。青川さんって、二十七歳で東洋江建築の主任やってるんでしょぉ? もう、出世頭なんじゃないの? うちの常務のお勧めでもあったのに、そーんな人をフッちゃったんじゃ、大変じゃない?」
「別に」
「何でぇ?」
「わたしは、わたしの気持ちに素直でいたいもん」
「ちーちゃん、理想と現実が一緒になるなんて、滅多に無いと思うよ?」
「じゃあ、その滅多にの部分に、わたしはいるんじゃない?」
「もぉー。意地張っちゃダメだってば」
「意地なんか張ってないよ。わたしは・・・・・・」
「『わたしは源五郎さんに一途な乙女でいたいです』・・・・・・なんでしょ?」
「しま子! からかわないでよ! 早くお皿や湯飲み、棚にしまって!」
「・・・・・・はいはい」
千草が洗ったものを、しま子は水気を切って棚へしまってゆく。
時折、「はぁ」と千草の口から短い溜め息が漏れる。
「(源五郎さん。・・・・・・今日は何してるのかしら? ・・・・・・茶碗蒸し、また、持っていこうかな)」
洗い終えたはずの皿を、千草は上の空でまた洗っている。
その様子を見ていたかつ子は、「こりゃ重症だわ」と呟き、客席のイスを並べ直していた。