表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲンの拳骨  作者: 糸東 甚九郎(しとう じんくろう)
13/51

其の十三  千草の席

 茶寮 百合紅葉。

 柔らかな芳しい香が焚かれた店内。テーブル席には、二人の男性が座っている。


「さぁさぁ、神宮司さん。こちらへ!」

「・・・・・・は、はい」


 千草は、ロマンスグレーの紳士的な中年男性に勧められ、そのテーブル席へ座る。


「いや、お美しい。水引屋の常務と私は、仕事上も私的でも、よき仲間でしてね」

「それは・・・・・・善きことですね」


 にっこりと千草は、微笑んだ。


「あ、申し遅れました。私、東洋江建築で専務をしております、烏丸一太(からすまいちた)と申します」


 烏丸という男性は、千草に名刺を差し出した。


「本日は、お時間を頂きすみません。水引屋の常務から簡単にはお聞きかと思いますが、今日は神宮司さんに、縁談の前段と言いますか、まずはうちの社員を紹介したく・・・・・・」


 烏丸はベルギー製のネクタイをくいっと直し、隣にいるがっちりとした男性の方へ目を向けた。

 その男性は、ギョウザのように潰れた特徴的な耳の形をしており、首の太さは顔の幅と同じ。肩周りの肉がもこっとせり上がっており、脂肪をそぎ落とした力士のような体型だ。


「さぁ、青川。神宮司さんに自己紹介したまえ」

「はっ! それがしは、青川たかをです!」


 卓の前に座る千草へ、ぺこりと頭を下げた青川。その顔を見て、千草は「あら」と小さく声を出した。


「青川・・・・・・さん? あの時の? ・・・・・・その節は、ありがとうございました」

「あれ? はっはっは。これはこれは。神宮司さんは既に、この青川と面識がありましたか」

「はい。わたしが以前、源五郎さんのお宅を調べる際、青川さんにご協力いただき・・・・・・」


 千草の口から源五郎という言葉が出たことに、烏丸はぴくんと眉を動かした。


「源・・・・・・五郎? その、源五郎・・・・・・というのは、もしや、早乙女源五郎?」

「はい。早乙女源五郎さんです」


 すると烏丸は、卓の下で青川の脇腹を肘でつついた。


「(どういうことだ、青川! なぜ、神宮司さんに、早乙女のことなどを・・・・・・)」

「(し、仕方ありませんでした。あの時はこの方が急ぎな様子で、その、聞いてきたもので)」

「(馬鹿者! 早乙女は既にクビを切った人間だぞ。変な肩入れして、もしこの縁談が・・・・・・)」

「(す、すみません)」

「(と、とにかく、お前は神宮司さんに出来る限り、いろいろアピールしろ! いいか!)」

「(は、はっ!)」


 こそこそと話す二人を見て、千草は「あのぅ・・・・・・」と声をかけた。


「あ! い、いやいや。すみません! では、青川が改めまして、自己紹介しますので」


 烏丸は青川に小声で「頼んだぞ」と言い、卓上の茶をゆっくりとすすった。


「神宮司千草さん・・・・・・でございますね? 改めて、僭越ながら自己紹介を!」

「は、はい・・・・・・」

「それがしは、株式会社 東洋江建築で主任作業員をしております、青川たかをと申します。入社前は、太平洋大学で建築を学び、柔道部の主将でした! 体力、人格には自信がありますっ!」

「は、はぁ。・・・・・・柔道を。・・・・・・それで、そのような立派なお身体なのですか」

「はい! 柔道で培った胆力と体力を活かし、今の仕事を全うしているのです。それがしは、神宮司さんのような素敵な女性との縁ができ、大変嬉しく思っております! がっはっは!」

「それは・・・・・・ありがとうございます。恐れ入ります」

「それで、神宮司さんは何か、ご趣味等はありますか? 差し支えなければ、お話を・・・・・・」

「わたしですか? ・・・・・・わたしは、地方の女学校を卒業後、この東京に出てきました。趣味という趣味は・・・・・・特にありませんが・・・・・・華道と茶道の心得が少々。あとは、女学校時代に少しだけ詩吟を学びまして・・・・・・」

「いや、これは素晴らしい! 華道、茶道、詩吟とは! 大和撫子そのものだ! それがしは、学生時代に柔道で負け無しだったのです! どんな相手でも、それがしにかかれば敵では無い! 戦中は陸軍にも所属しましてな。命懸けで敵兵と戦い、磨いた柔道でばったばったと投げ倒したり、絞め落としたり、それはもう必死でしたが、男としての強き快感と言いますか・・・・・・」


 青川は意気揚々と話し、豪快に笑う。烏丸も横から、「頼りになる男ですよ」と援護を入れる。


「がっははは! わかっていただけますか、神宮司さん? それがしは柔道五段。そしてこの体躯ですから、それがしに強く出る者はそうはいません。あなたを、不自由させることなく、お守りできるでしょう! ・・・・・・あ、強く出るのは会社の上司だけ、ですな。がっはっは!」

「え、ええ。そう、なのですか・・・・・・」

「これはちょいと雑談になりますがね。それがしにも、好敵手はいたのですよ。大学の同期でしたがね、これがもう、面倒な相手で・・・・・・。空手部なんですよ、空手。あんなものは、殴る蹴るだけのとても武道と呼べるもんじゃぁないです。しかし! それがしは、その太平洋大空手部の主将と一戦交えた際に、こう、捻っては投げ、掴んでは叩きつけ。いや、もう相手にもならず・・・・・・」


 饒舌な青川は、とにかく豪快な口調で話を続けた。千草は黙って茶をすすり、「すごいですねぇ」と時折相槌を打ちながら、窓の外を眺めている。


「・・・・・・青川さん。話の途中に失礼ですが、いま、お幾つに?」

「それがしは二十七歳です。神宮司さんはまだ十九歳だとか? いや、大したものだ! 神宮司さん。女性は二十歳までが花ですぞ! ぜひ、あなたのこれからの人生は、それがしが・・・・・・」

「二十七歳・・・・・・ですか。しかも、太平洋大学・・・・・・。へぇー・・・・・・そうですかぁー・・・・・・」

「がっははは! あ、いや。ちょっと柔道の話ばかりしすぎましたかな? では別の・・・・・・」


 すると千草はゆっくりと青川に視線を向け、じっと目を見て、こう言った。


「すみません。・・・・・・席がもう、埋まってしまったようですね・・・・・・」


 それを聞いた青川と烏丸は店内を見回し、「たくさん空いてますが?」と首を傾げていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
千草の大人の対応に反する青川の子供っぽい反応よ……。 源五郎も子供っぽさはあるけど、これはなあ……。ライバルにならないかなあ。 給与面では強敵だが。
[良い点] 出ましたね、糸東作品おなじみの「筋肉系キャラクター」! 今回はこの青川がそのポジションのようですね(^_^) それにしても、千草は19歳ながら大人びていて、こういう誘いの躱し方やいなし方も…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ