堪忍袋壊れる。
シリウスとヴィオラはカーティス主催の王城の夜会には間に合わなかった。
だからルーナの新たな決意を見せる事が出来なかった。
遅いぞと文句を言いたいが失恋するシリウスにきつい事を言うのは酷だろうと思いやめておく。
不似合いの婚約者ヴィオラは今日も妖艶なドレスに身を包みシリウスの腕に手を回している。
濃い香りの香水は不思議と嫌な感じではない。石鹸に近いからだろうか、この女には不釣り合いな爽やかさだ。
「もう夜会は終わったぞ。今更ノコノコ現れてどうするのだ。」
「ああ、目的の夜会は別なのだ。チェスター侯の夜会があるだろう?」
チェスター侯とは昨日ルーナが話していた財界の王様だ。王家よりも金持ちで王族の者よりも世界中で名が知られている。知られているのは引退したチェスター侯だけなのだが。
「目の付け所が違うな。俺からはひとつだけ、婚約者殿とドレスコードを合わせた方がいいぞ。お前たちは一歩離れればまるで他人だ。チェスター侯爵の夜会はまずそこからだ。」
シリウスが礼を述べるとカーティスはゆっくり寛いでくれと言って行ってしまった。
こっそりルーナの居場所を聞きたかったのだが。
ヴィオラがドレスを見に行くと言うので馬車を用意して貰った。
彼女に合わせると役者のような衣装になりかねない。妥協案を捻りながら馬車に乗り込む。護衛も同じ馬車に乗ったのでヴィオラの相手を任せて窓から王都の街並みを楽しんだ。
ドレスショップと呼ぶのかガラスのショーウィンドウが素晴らしい。店内が外から見えるように上手く作られている。
シリウスとヴィオラはそのガラスの扉からではなく店舗横の扉から入った。服飾を扱うに相応しく芸術的な応接間には面白い置物が所々に置かれていて真っ白な壁に映えている。
「急で悪いのだが夜会は明日の夜なのだ。今ある物をいくつか見せてくれ。サイズを直すだけなら間に合うだろうか。」
かしこまりましたと言いヴィオラとカーティスの体型を目視すると部屋から出て行った。その間はお茶や菓子がだされ中々の高待遇である。
暫くすると数名の針子らしき女性が男性用と女性用の衣装が掛かったラックを運んで来た。
「明日の夜会と伺っております。チェスター侯爵家の今回の夜会のドレスコードはピンクです。男性用は女性に合わせてチーフやシャツなどでピンクを取り入れる方が多くいらっしゃいます。男性もピンクの衣装を着られる方もおりますがどうなさいますか?」
なるほど、この事かとシリウスは思った。
ヴィオラはピンクが好きではない。似合わないからだ。
赤やパープルの濃い色を好むヴィオラの前には春の花のようなドレスが並んでいた。
「濃いピンクはやめてくれ。嫌いなんだ。」
言われる前に釘を刺しておく。
鏡を前に左から順番にドレスを当てて顔映りを確かめて行くヴィオラは少しも楽しそうには見えないが大事な夜会なのはわかっているようだ。
少しでも胸の開いたドレスか肩が出るドレスに絞っている。
シリウスは様々なピンクを見ながらルーナを思い出す。バークレー夫人にいつもピンクのドレスを着せられていた。本人は不承不承だが淡い髪にまだあどけなさが残る頬によく似合っていたように思う。
今回は参加するのだろうか。ピンクを着こなすルーナに会いたいがそれより身体中をピンクに染めて火照ったルーナに触れたいと思った。
シリウスは大した返事をしない事を知っているヴィオラは試着しても話しかけてこない。
だから隣の部屋から聞こえる会話を聞いていた。
「こちらがご注文賜ったお品です。お嬢様はおいでにならないのでサイズの最終確認はどう致しましょうか。」
「ああ、明日着付けに来てくれ。髪も化粧も上手い者を遣すように。」
「お相手の方の衣装と合わせておりませんが宜しいのですか。」
「構わん。毎年この夜会はピンクだからな。男の服など単なる引き立て役だ。」
男性は豪快に笑うと部屋を出て行った。
アクアとルーナは同じ部屋で着付けをして貰っていた。
アクアは白に近い淡いピンクを選んだ。
純粋な金色の髪はドレスの色を選ばない。何色でも合うのだ、髪だけで言えば。
ドレスも髪も合っている。カーティスから贈られた装飾品はアクアの為に作られた物で似合わない訳はない。
「私ってこんなにピンクが似合わなかったかしら。もう少し可愛く着こなしていなかった?」
可愛く着こなしていたのはお姉ちゃんの好きな流行りのワンピースだったと教えてやりたいが鏡をみてまだ唸っているのでやめておいた。
「そのゆるふわな髪が可愛すぎるんじゃない?もう少しきゅっとして貰ったら?」
そう答えたルーナこそゆるふわな髪がとても似合っている。
髪の色は去ることながら元々のウェーブを利用しゆるく編み上げ無造作に飛び出した後れ毛がなんとも艶かしくも見える。
ピンクは散々着せられていたから新鮮味は全くない。薄過ぎないピンクに被せたレース編みが見事だった。
(シリウスも来ていると聞いた。みんなが望むようにチェスター様の孫と婚約すれば満足するかな。それともチェスター様の愛人に?)
明らかに男性を押しつけられる事が増えた。ダンスの相手をしたのも一度や二度ではない。
けれど全てを飲み込んでルーナは笑みを浮かべた。
「参りましょう、ギルバート様。」
チェスター侯爵の孫のギルバートはルーナのドレスよりも淡いピンクを身につけていた。
柔和な顔の彼によく似合っていると思う。
お喋りなギルバートは常に口が動いていて次々に友人に紹介してくれた。
友人達もそれなりの裕福な息子のようで著名な名も混じっていて連れている女性もピンクを上品に着こなしていた。
「やあやあ、可愛らしい娘さんだね。僕たちよりも随分歳が離れているかな。ピンクがよく似合っている。」
「ありがとうございます。」
「髪は金なの?銀なのかな。とても珍しいね。淡い髪と対照的な瞳に吸い込まれてしまいそうだよ。」
ルーナは可愛らしく少しだけ首を傾け微笑んだ。
他に褒めるところはないだろう。背も低くも高くもないし、華奢でもがっしりでもないから。
ギルバート様は不意にルーナの後れ毛を指で揺らすと首筋にキスをしてきた。
気持ち悪くて嫌だったが無表情で返す。
「ふふ君にはまだ早かったかな、首筋は大人のキスだからね。」
首筋のキスどころかなのだが当然黙っておく。
そっと周りを見るとシリウスが見えた。こちらを見てはいないが突然キスをしたと言う事は見ていたのだろう。
(みみっちいやり方ですこと、大人の癖に)
髪や頬に度々キスをしてくる時はシリウスが近くにいる時だった。そんな時は話す声も不自然なほど大きくなる。ピンクの衣装も相まって大仰な身振り手振りで話す姿は旅芸人の司会者みたいだとルーナは思った。
ファーストダンスはチェスター侯爵家夫妻が踊った。終わる頃には沢山の男女が輪に加わる。ルーナもホールドされたので仕方なく付き合う。シリウスはモンクスフードの時の様に止めめたりしなかった。きっとシリウスも輪の中のひとりだから。
でも不思議と嫉妬心は芽生えなかった。
ダンスの合間にカーティス様とお姉ちゃんからギルバート様をどう思うか聞かれた。司会者だと思いますとは言えずにピンクを着る男なんてと言っておいた。あと小指にリングを嵌める男も好きではない。爪が長いのも嫌だ。
お酒が進んだギルバートがねっとり絡むようになって鬱陶しい。
肩に手を回しながら胸に触れてくるのが1番許せない。
「ルーナ、(呼び捨ても許せない)君の細い腰に直に触れたいよ。無垢な君の首筋に僕のものだという印を咲かせたいな。」
ルーナの堪忍袋が壊れてしまった。
と、同時にシリウスの堪忍袋も非常事態なようだ。
「横から失礼、ルーナの腰はそれ程細くはない。」
「そうですね、太くはありませんが細くもないです。」
「首筋はもう無垢ではない。」
「そうですね、印は身体中についていますから。後言わせて貰えば指の爪は切ったほうが宜しいかと。女性の体内に傷が付いてしまいます。ご存知ありませんでしたか?知っていて伸ばしていたなら女性に嫌がられませんでしたか?」
会話から察するはずだ、シリウスとルーナの関係を。




