乗っかるルーナ
シリウスは婚約者のヴィオラと茶を飲んでいる。
テーブルを挟み向かい合っているのだがお互い本を読んでいる為背中に幾つもクッションを重ね少々だらしない姿勢で寛いでいる。
まるで熟年夫婦の様に見えなくもない。
部屋の扉は開け放し外に護衛が立っている。
シリウスとヴィオラは時々口を開いた。
「これなんて読むのかしら。」
「ん?ここか?厭離穢土だ。穢れた現世から消えると言う意味だ。なんの本を読んでいるのだ、見せてくれ。」
ヴィオラが読んでいたのは異国の更に異世界を描いた恐怖物語だった。
「前にシリウス様が面白いから読めとおっしゃいましたので。少々難解ですが確かに面白いですわね。」
困った事に稀に趣味が合ってしまう。
シリウスよりも歳が上なので落ち着きもあり会話は楽だったりもする。
メリハリのあり過ぎる体型は好きではないし顔も好みではない。
だが友人としてならば合格点なのだ。
「夜会の招待状が届いている。行きたい所はあるか?」
シリウスが厳選した3通を見せるとヴィオラは全てに目を通した。
「どれもお若い王太子様からですのね。もう暫くは遠くの国には行きたくありませんわ。帰って来たばかりですもの。どうしても行かねばなりませんの?」
どうしてもではない。
だがこの3通の国とは仲良くしておきたい。
「カーティス殿下からの招待状は却下なさいましたの?私の元にも届いておりましてよ。」
まさかヴィオラにも送っているとは。
カーティスからの招待状にはご丁寧に手紙まで同封されていた。
現在カーティスの元にアクアとルーナ姉妹が商談で訪れている。姉妹の顔を広める為に茶会に連れ回しているそうだ。
美しい姉妹の噂は瞬く間に広がり特にルーナには釣書が連日届いている。
それを聞きつけた他国の者からの誘いも断りきれず困っている、その様な文書が楽しげに書かれていたのである。
君がルーナを手放した事を残念に思う、ルーナには不自由なく暮らせる様相応の相手を用意するつもりだ。
(さて、何と返事をしようか)
ヴィオラはあの国なら近いから行ってもいいと言われた。
ではまたドレスを作るのかと聞くとソレールに行くならあちらで買うから要らないと言った。
あちらでもまた妖艶なドレスを買うのだろう。
シリウスは考えながら部屋を後にした。ヴィオラは本に飽きたら適当に帰るだろう。いつもこんな感じだから。
ルーナはと言うとーー
ジェイムズ様とすっかり打ち解けていた。
医師の彼に着いて平民の患者の家を回っていたのだ。
シリウスから聞いていた彼の触診はとても興味深かった。指先を患部に這わせていくと弱っている部分が何となくわかるそうだ。
「これは私の魔法の力だと思っていたのですが違ったみたいですね。今でも使えますので天賦だったのでしょう。」
ルーナは良かったと心から安堵した。病気の人がどうなるのか気になっていたからだ。その事を話すとジェイムズはルーナの頭を撫でながら言った。
「魔法で治療してもらえるのは上位貴族のほんの僅かな方だけでした。平民はそんな魔法を見たこともないでしょう。貴族の方が当たり前の様に治療して貰う体制が私は気に入らなかったのですよ。ですからルーナ様が魔法を消してくれて感謝しているのです。気にする必要はありません。その代わりにこうして貴重な薬を持って来てくれたではありませんか。」
その言葉で固まっていた心が少し解れたような気がした。
感謝なんてジェイムズだけかも知れないし、まだ恨まれているかも知れない。でもモンクスフードの薬草は確かに凄いのだ。それを世界中に広めたい。
「何でも完治する薬なんて作れません。だからなるべく病に罹らないようにする生活習慣と食生活を広めて下さい。モンクスフードの薬はそれを補う為の薬です。古代の書にも記されていました。先ずは生活を正せ、全てはそこからだと。」
「私の施術とルーナ様の言う古代の教えは似ているかも知れませんね。薬とは治すだけでなく体内に溜まった毒を排出する役目の方が重要です。」
「そうですね。汗や排泄を促す役目が多いかも知れません。」
「さて、私に出来る治療はこれで終わりです。ルーナ様は夜会に呼ばれていますからね。城に戻らなくては。」
ルーナもアクアも中々モンクスフードに帰らせてもらえなかった。帰った所で今の季節は薬草も温室内で春を待っているだけなので仕事は忙しくない。お祭り後の商談で決まった取引に応じている兄達の方が余程忙しいだろう。
それならばと茶会に何度か顔を出した。最初の茶会のように老人会ばかりで孫娘のように可愛がって貰えるようになった。
「おばあちゃんの本当の孫じゃないって話さないといけませんよね?」
「ふふふ、今更言わなくとも皆ご存知ですよ。ルイーズ様は皆さんのアイドルでしたからね。調べ尽くしておられます。」
人気者ではあったが決して深入りしないルイーズが可愛がったルーナに興味津々なのだそうだ。
姉のアクアに聞いて初めて知ったのだが家族共々マーカス侯爵家に籍を入れて貰ったらしくルーナの本名はルーナ・マーカスらしい。だから本当におばあちゃんなのだ。それがなくても本当におばあちゃんだと思っているけれど。
「今日もエスコートしてくださいますか?」
「残念ですが本日の夜会はカーティス様の従兄弟のどなたかがエスコートなさるそうですよ。」
ルーナのあからさまに歪んだ顔を見てジェイムズは苦笑する。
(乗っかってやるか)
ルーナをエスコートしてくれたのはカーティスの従兄弟だった。
全く似ていなく黒髪の物静かな男でルーナと同じ歳だと教えてくれたがこの控えめな男が教えてくれたのはそれだけだった。だから名前もわからない。
継承権があるのかないのか知らないけれど腕に掴まって立っていると次から次へと挨拶をされる。
確かに王族なのだなと思う。
だが物静かで余計な事を言わないから居心地が良過ぎて困る。
この男の他に3人とダンスを踊った。
特に印象に残る会話も質問もなくダンスも足を踏むハプニングが起きるわけでもなく終わる。
だがルーナはいつもの無表情を辞めて愛想良く終始微笑んでいたのだ。
それに驚いていたのは仕掛けたカーティスとアクアだった。
あの可愛らしい娘は誰だと噂になり始めた時に茶会で親しくなった老人が声を掛けてくれた。
「ルーナ、やれば出来るではないか。いつもそうして着飾って居れば良いものを。儂からもドレスを贈ってやろう。」
「おじいちゃん、無理しなくていいです。私もうすぐ帰りますので。」
このおじいちゃんは隠居はしたが財界の重鎮である。
彼に認められれば明るい未来が約束される。
「うちの孫を紹介させてくれ。お前さんより歳は上だが10は離れておらんぞ。」
本来なら即答でお断りをするルーナがにっこり笑って挨拶をしているのを見て老人の孫たちが近付いてきた。
ルーナはエスコートしてくれている男にお伺いを立てながら対応した。
それをじっと見ていたカーティスはもうシリウスに勝ち目はないなと感じた。女は男よりも切り替えが早い。別れても長い間引き摺るのは女々しい男の方であって、多くの女は思い出の品事捨て去る。
だからカーティスの目には前向きに新たな出会いを求めているのだと映っている。
アクアにもそう見えた。ルーナが新しい恋をしたならば応援しようと思った。
カーティスと再び引き合わせてくれたルーナには感謝しかないのだ。
カーティスは翌日シリウスに宛てて手紙を書いた。
夜会の招待状と共に同封する。
夜会に来ない可能性を考えて婚約者のヴィオラにも送った。
ルーナも前にも進もうとしている。
それを自分の目で確かめて綺麗さっぱり終わらせると良い。
でなければいつまでも燻ってしまうだろう。
大きなお世話と言う名のカーティスのお節介だった。
そして思惑通りシリウスは婚約者と現れた。




