アクアの決意
ルーナはまた船に乗っている。
もう船旅は慣れっこだ。大国からソレールへ、ソレールからモンクスフードへ。
ルイーズに買って貰ったコートを着てルーナは荒れていた。
コートは暖かいミルクティー色でルーナによく似合っていてとても可愛らしい。フードの付いたケープにはご丁寧にファーまで付いている。少し少女趣味のあるルイーズらしいデザインだ。中に来ているワンピースはエルザ様から送られてきた荷に入っていた内の1着だ。ドレスではなくワンピースだった。何故かは考えるのも面倒なので有り難く頂いた。手紙にはルーナに似合うデザイン案を全て取り込んだと書いてあったが費用の事には触れられて居なかった。請求されるまでに働かなくちゃと父親から給料を貰う事にしたのだ。
ルーナはデッキの柵を持ち海に向かって何か叫んでいた。
寒さのせいで甲板には誰もいない。
だからルーナは目一杯大声で叫んでいたのだ。
「シリウスの種なしめーー!ルーナの石女めーー!」
アクアはびっくりし過ぎて変な動きでよたよたルーナに走り寄る。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、」
マフラーでぐるぐる巻きにして目と鼻だけ出したアクアは分厚い手袋をした手でルーナを引っ張り風の当たらない所まで引き摺って来た。
「なんなの?懐妊していなかったって事?」
今度はルーナが驚く番だった。
「お姉ちゃん知ってたの?」
「知ってるって言うより証拠を見たからよ。身体中に噛み跡とキスマークを付けてたら察するわ。」
「・・・。」
「お風呂入ったの覚えてる?」
「あ、」
「つまり2か月経った今、月のものが来たって事ね?」
「うーーー」
「呆れた、どうするつもりだったの?懐妊したからって理由で嫁ぐつもりだったの?シリウス様にどうにかしてもらおうとしてたの?国を守る為に1人で頑張ろうとしてる彼に?それとも1人で産むつもりだった?家に居ればお父さんにもお母さんにも手伝って貰えるもんね。」
お姉ちゃんが怒っている。それもかなり。怖い。お姉ちゃんの言う通りだから余計に怖い。
「だってそれしかないんだもん!忘形見でも良いから欲しかった!1人では生きれなくても2人なら生きていけると思った!」
ルーナはやっぱり自分は狡いと痛感する。
想いを断ち切る事も出来ずにシリウスから贈られた血のついたドレスも捨てられずにいる。別れの言葉をはっきり言わなかったシリウスに期待しかしていない。
「・・・なんでキスマークってわかったの?大国で暴行された跡かも知れないのに。」
「・・・見た事あるからよ。この意味わかる?」
またもやルーナは驚いた。お姉ちゃんにキスマークを残した相手はどっち?カーティス様ならがっつり付けそうだ。お姉ちゃんを溺愛してたから。けれど今の恋人は(名前は忘れたが)淡白そうだし婚姻前に手を出したりし無さそうに見える。だってお父さんが怖いから。
「カーティス様なの?」
「そうよ、誰にも話した事ないわ。」
「お姉ちゃん今の恋人に話せるの?初めての振りするの?てかお姉ちゃんこそ懐妊しなかったの?何回したのか知らないけど!」
アクアは何も言わない。
「私はシリウス以外はいらない。他の誰とも結婚しないつもり。だから赤ちゃんが欲しかった。シリウスにも言うつもりは無かったよ。聞かれたら言うけどさ。」
アクアは海を見つめたままだ。
「お姉ちゃん、お父さんとお母さんの側に私が残るよ。お兄ちゃんもモンクスフードから出ないと思う。だからお姉ちゃんは好きに生きていい。」
アクアは横を向いたまま静かに涙を流した。
口を開こうとしたがルーナが止めた。
「私より先にカーティス様と話すといいよ。後から教えて。決裂したら骨は拾ってあげるから。」
ルーナはアクアの頬にキスをした。涙はしょっぱかった。
ちょっと高かったマフラーにも手袋にも鼻水が付いてしまっていたが散々泣いたアクアはスッキリした顔をしているので気にしないだろう。
年頃の女の子の間で流行っている毛足の長いニットのマフラーを見てルーナは笑いが込み上げる。
やっぱりお姉ちゃんは流行に乗っかりやすいのだ。
お姉ちゃんは小さな声で毎回避妊してたと言った。毎回ってどんだけしたから知らないがよく妊娠が避けれたと思う。
後日思い出して追究したら真顔でお腹の上に出したのよと身振り手振りを交えて教えてくれた。
真顔なのがお姉ちゃんらしくて笑える。
泣き止んだお姉ちゃんは未来の話はしなかった。
気持ちを伝えても相手は皇族だ。明るい未来が待っているとは言い切れないしカーティスの気持ちもわからない。
けれど幸せになって貰いたいと心から願う。
だからルーナは切り札を使う。
カーティスの手紙に同封されていた通行証?みたいなものは二人分。これを見せれば直接カーティス様に面会が出来るのだ。
アクアとルーナはこの日の為に買ったピカピカのトランクに薬を詰め込んでやって来た。
走って来る足音が聞こえてくる。
それを諌める声。
お姉ちゃんの震える手。
扉が開けられたと思った次の瞬間にはお姉ちゃんはもうカーティス様の腕の中だった。
私はトランクを持ち従者を見た。
見知った従者はトランクを持ってくれたのでそっと部屋を後にした。
まだ殺したいほど恨まれているだろうか。
ルーナは怯んでしまう。
「お久しぶりですね、ルーナ様。私は陛下の側近でした。覚えておいでですか?」
はい、と小さな声しか出ない。
「今はカーティス様のお側におります。貴方に危害を加えたら唯では置かないと妻を質に取られていますのでご安心を。」
優しげに微笑まれても怖いものは怖いのだ。
そうだこの男はジェイムズだ、医師のジェイムズ。医師でありながら剣の腕が立つ為に陛下に就いていた。
剣はこの扉の横に置きますので安心してくださいと言われたとて。短剣を隠し持っているかも知れないし扉を出たすぐ外に他の剣士がいるかも知れない。
ルーナは相変わらず疑い深いのだ。
「ルーナ様、先触れで商談に来たと伺いました。カーティス様はまだ当分来ないでしょうからお話しだけでも伺います。」
それならばとルーナは姿勢を正した。
医師であるジェイムズならば丁度いい。
ルーナは椅子から立ち上がると膝をつき頭を下げた。
ジェイムズは慌てて立ち上がらせようとするがルーナは頭を深く下げたまま詫びたのだ。
「申し訳ありませんでした。魔法が消えて治療が受けられなくなった患者が大勢いるのではありませんか?人の為になる魔法の事など考えずに消し去りました。消した事を後悔はしておりませんがもう少し時期を考えるべきだったと思います。」
淡々と話すルーナを見る医師に悪意や敵意は無いように感じる。
ルーナはトランクを開けた。
「モンクスフードの薬草から作った薬です。20種類ほど持って来ました。ルイーズの研究を私が引き継いだ形になります。こちらは薬の効能と実験結果です。こちらの説明はカーティス様を交えた方がよろしいでしょうか?」
医師ジェイムズはじっと目を通す。
文字を指でなぞりながら時々眼鏡を直し神経質そうな所を見せた。
「こちらの左側の文字は?」
「おそらく古代文字です。ルイーズ様も私も読む事が出来ましたのでこの薬を作れたのです。薬草の絵はルイーズ様が描き写したものです。」
「ほう、随分とお上手ですね。芸の多彩なお方でしたからね。美しさだけでなく聡明で芸術にも長けていた。」
「ルイーズ様をご存知でしたか。」
「そうですね、陛下が懸想していましたから。ご存知ありませんでしたか?」
全く存じ上げないルーナだった。
(なんなの、この世には女はルイーズしかいないの?)
「ルイーズ様の魔法で魅了されたのですか?」
「それも無いとは言い切れませんがそれを遥かに凌駕した才能の塊でしたからね。それはもう各国の王子様からの求婚は凄まじかったと聞いております。」
「おばあち、ルイーズ様の自己申告でしょうか?」
「いいえ、周知の事実ですよ。陛下も求婚者のひとりですし。」
まだまだルーナの知らない事は多いようだ。
だがもう皆んな死んでしまった。
あの世でルイーズを手に入れるのは誰なんだろうと考えているとカーティス様とその腕に寄り添ったお姉ちゃんが入って来た。
「ルーナ、すまないが話は明日にして欲しい。すぐに客室に案内する。」
はいはい、このままイチャイチャしたいだろうにルーナを思い出してくれただけで有難い。
「ルーナ様、こちらはお預かりしても?」
「はい、こちらは全てお渡しします。毒薬でない事の証明は出来ませんがお役に立ちそうであればお取引に応じる所存です。」
「解りました。早速試したい。明日またお話し致しましょう。貴方に敵意はありません。ごゆっくりお寛ぎください。」
ルーナはとんでもなく広く立派な部屋に通された。
あまりに広かったので刺客が潜んでいないか燭台を片手に部屋をチェックした。
やっぱりこんな時も疑い深いのだ。
(お姉ちゃんはカーティス様のあの部屋に行ったのかな。はっ、どうしようーー、あの続き部屋の寝室だったら。なんか気まずい。)
窓の外も誰も居ないか確認しながら緊張と嬉しさが入り混じった心の中は姉に対する喜びで溢れていた。
お姉ちゃんはずっと我慢していたのかも知れない。
やっと家族が揃ったと口癖のように話す母に気を遣い耐えていたように思う。
長女気質のアクアは母を悲しませたくないのだ。
だからルーナは代わりに母の側にいる事にした。
お姉ちゃんは安心して嫁げば良い。
(・・・恋人にはなんて言うんだろう。後学の為に聞いておこうかな。)
ルーナは久しぶりにひとりで眠った。姉の温もりがない事を寂しく感じながらも満ち足りた気分で不思議とぐっすり眠ったのだ。




