ルーナの決意
お母さんが駆け寄りルーナを抱きしめた。まだルイーズの事は知らないはずなのに泣いている。
お父さんは必ず帰ってくると言っただろう?と涙を浮かべてお母さんの背中を撫でた。
ルーナは戻らないと思われていたらしい。
違うとは言い切れないけれど結果的には戻らざるを得なかった。
「ただいま。」
お母さんはまだ泣き顔のままだ。
「これカーティス様から。おばあちゃんは戻れなかったの。殺されてしまったから。」
お父さんが静かに受け取り封を開けた。お母さんは動揺を隠せない。ルーナを抱いたまま視線だけ向けた。
長い長い沈黙が過ぎた。
「ルーナを庇って亡くなられた。」
それだけ言うとお母さんの肩を抱いて部屋を出て行った。
手紙は兄のリオが受け取り読んでいる。
姉は懐かしいカーティスからの手紙をじっと見つめていた。
「お姉ちゃん、私お姉ちゃんにたくさん謝らなくちゃいけないの。私のせいでお姉ちゃんはカーティス様とーー
「ルーナ、いいの、言わなくて。」
今度はお姉ちゃんに力一杯抱きしめられる。
シリウスと別れてこの苦しみや辛さを痛感したのだ。姉はルーナが魔法を消したせいで婚約を破棄されている。本来なら今頃もう赤ちゃんを抱いていただろう。お姉ちゃんの幸せを奪ってしまった。あの頃は何も考えていなかった。自分が同じ境地に立たされて初めてわかったのだ。
ルーナはごめんなさいを繰り返す。
「ルーナ、一緒に湯浴みしようか?疲れてるでしょう?」
初めて姉と湯船に浸かる。
気恥ずかしいけれど本当に姉妹なんだなと思えた。
ルーナはポツポツと話し始める。
ルイーズはルーナを庇って斬られた、その事実は解っているけれど殆ど何も見ていない。
口にすると現実なんだと痛感して涙が止まらない。
「貴方の本当のおばあちゃんみたいだったものね。私にも優しかったわ。・・・行く前に私にネックレスをくださったの。深い意味はないと思うけれど。」
「おばあちゃんは予期してたのかな。船の中で形見の話をしてたから。」
元々不思議な力のあったルイーズなら有り得る話かも知れない。
「暫くは寂しいわね。一緒に寝る?ルーナが話したければ何でも聞いたげる。」
「・・・お姉ちゃん、お姉ちゃんの話も聞かせてよ。お姉ちゃん、カーティス様は私を妹だと思ってるって。悲しくなったらいつでも訪ねて来いって言ってくれた。いい人だった。」
「ふふふ、死んだみたいな言い方やめてあげなさいよ。元気だった?」
「国王陛下も刺されたから元気じゃなかった。お姉ちゃんも手紙読んでよ。」
アクアはそうね、と言ってルーナの髪を拭いてくれた。
「ルーナ、薬を作るのを手伝うか?お前が植えた薬草だろう。何か目的があったんじゃないか?」
父のソルムに言われて思い出す。
思い出すまでにちょっと時間がかかってしまったが思い出した。
重い病気の子供達の為に薬を作りたかったのだ。
ルーナは聖獣と意思疎通が出来た為に読めた本がある。おそらく読める人間は世界中探しても片手程しかいないのではないかと思う。ルイーズはルーナの代わりに病院で働いていた。なんとなくだけどルイーズにもあの本が読めたんじゃないかと感じた事があった。
ルーナは父親に着いて病院の裏手にある薬草畑へ向かった。
ルーナが植えた時より遥かに広くて温室まで作られていたのに驚いた。
中はとても暖かい。
入り口の右横に大きなテーブルや椅子が乱雑に置いてある。
「ルイーズ様が薬草の調合をしていたんだよ。ほら、これ。」
父が渡してくれたのは分厚いノートだった。メモ書きが所々に貼ってあるので膨れ上がっている。
「この本に書いてある調合を翻訳して写したのがこのノートなんだ。俺には読めなかったからな。」
あの本だ。
やっぱりルイーズは読めたのだ。
「お父さん、私にも読めるんだよ。おばあちゃんの代わりに私がやるよ。いい?」
ルーナは何かに没頭したかった。辛くて苦しい事を思い出したり考えたりしたくなかった。
お父さんは嬉しそうにルーナの頭をぽんと軽く小突き了承してくれた。
ルーナが温室のテーブルでノートを広げると父は出て行った。
(私に出来る事をしよう。そうすればきっと。)
ルーナとアクアは急速に距離が縮まった気がする。
弱った心を労り合うように毎日同じベッドで眠った。
ルーナはシリウスの事は話さなかった。話すと別れた現実が重くのしかかってくる気がする。シリウスの名前も口にしないので家族は誰も聞いてこなかった。もしかしたらカーティスの手紙に書いてあったのかも知れないがルーナは読まなかったので解らないままだ。アクアは時々夜中に泣いている。ベッドから立ち上がると窓辺で声を漏らさないように静かに涙を流していた。
(お姉ちゃんはまだカーティス様が好きなんだ。ちゃんと別れを告げずにこの国に来たのかな。)
ルーナは学んだ。
別れる時ははっきりと理由を告げ未練が残らないようにする事、
思い出の品は捨てる事、なんなら嫌いになるくらいの失態を犯す事。
雪の季節がやってくる。
夜はとても冷え込みルーナはルイーズの使っていた毛布を拝借して重ねる。
「もっと早く借りれば良かったね、すっごく暖かくなったよお姉ちゃん。」
「ルイーズ様の毛布は高級だもんね。厚みが違うわー。」
「おばあちゃん侯爵夫人だからね。お金持ちなんだよ。」
2人はけらけら笑って眠りについた。
だからアクアがまた泣いて起きてる事に気づいたのは朝方だったのだ。
「お姉ちゃん、どれだけ起きてたの?冷え切ってるじゃん。お布団に入って!私にくっついてよ。」
ルーナはアクアを無理矢理引っ張り布団に引き摺り込む。
アクアは大丈夫、ごめんね、何でもないと繰り返すが何も無い訳はない。
「お姉ちゃん、カーティス様の所に行かない?薬を持って行きたいんだ。私のせいで魔法の治療を受けられなくなった人に渡したいの。」
アクアは思った通り首を横に振る。
「着いてきてくれない?1人で行くの不安なんだ。刺されたら亡骸を拾ってね。」
ルーナは自分をずるいと思う。こう言えば優しいアクアは断らないだろうから。
「まだあれから2か月しか経ってないけどおばあちゃんの薬は完成してたから。今回はお試しで譲るつもりだけど商談になるならお姉ちゃんの出番でしょ?」
「それならリオじゃない。私は役に立たないわ。」
「お姉ちゃんの話術有名だよ?口から産まれたってお父さん言ってたし。」
アクアの顔が歪む。ちょっとだけ元気が出たみたいだ。
お父さんは朝になったら絶対こてんぱんにされるだろう。
口から産まれたお姉ちゃんには敵わないから。
朝までもう少し眠る時間はある。お姉ちゃんの冷えた両足はルーナの両脚で挟んでいるので暖かくなってきた。
お姉ちゃんがカーティス様に会ってどんな結論を出すか解らないけれど出来る事をやれるだけやってあげようと思っている。




