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優しいキス

懐かしいシリウスの匂いがする。

こんなに背が高かったっけ。

鍛えたのかな。

ルーナは背伸びをして抱きついた。

シリウスも痛いくらいぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。


会いたかった、待ってた、言いたいのに胸がいっぱいで言葉にならないのはシリウスも同じなのかも知れない。



「シリウス様、堂々と浮気されては困りますの。皆様が見ていらしてよ?」


声の主はシリウスの婚約者だった。

金色の髪に合うブルーのドレスがよく似合っている。

はっきりした目鼻立ちにメリハリのある身体は随分と歳上に見える。胸が大きいからだろうか太って見えた。


ルーナは振り向いて何を言おうか迷っているがシリウスは後ろからルーナを抱きしめたままだ。


「あら?貴方はジョイ・バークレーではなくて?何故そんな格好をしているのかしら。」


「私の名前はルーナです。もうバークレーとは関係ありません。」


「そう、では貴族籍を抜けたのね。ならばシリウス様とそうしているのは不敬じゃなくて?」


この婚約者は馬鹿ではないなとルーナは思った。

冷静に的確に痛い所を突いてくる。


「私を覚えていて?夜会でもお茶会でもお会いしていますわ。私の妹は貴方と同じクラスでしたわね。」


ルーナは婚約者をじっと見るが全く思い出せない。

クラスの妹?


「シリウス様、婚約は解消しますの?その場合貴方の狼藉になりますわね。王太子ともあろうお方が貴族でもない他国の町娘と婚姻を結べるとは思えませんのでよく考えてみては如何かと。お返事はもう少し待って差し上げましょう。」


「ヴィオラ嬢、貴方は勘違いをしておられる。婚約者ではない。婚約者候補だ。私が要らぬと言えば終わる。」


「そうでしたわね。私は今から別の婚約者を探さなくてはいけませんわ。貴方の一言で決まってしまいますものね。ジョイ、貴方が捨てられたように。」


ルーナを抱きしめる腕に力が籠る。

シリウスは今どんな顔をしているのだろう。


「何も言えません?幼い貴方の一言で可哀想なジョイは捨てられてしまいましたものね。償う為に囲うのならば妾にすれば宜しいのでは?」


この女の歪んだ笑顔は見覚えがあった。

夜会でも学校でもいつもルーナに意地悪を言って来たヤツだ。

名前は知らないがこの意地悪顔がそっくりだ。

可哀想に、良い所は似なかったのか。


「思い出しましたわ。夜会でも茶会でも私に捨て子だと言って来たあの娘は貴方の妹なのですね。歪んだ笑顔がそっくりですこと。」


「捨て子の自覚がお有りならば身をひいては?貴方が居るとシリウス様は生涯自責の念で苦しむと思いますの。」


ルーナは腕を振り解きシリウスを見た。

困ったような泣きそうな目をしている。


「私が居ると苦しいの?」


シリウスはルーナの肩に手を置き俯いた。

つむじにキスしたくなるのでやめて欲しい。


「私は邪魔?」



シリウスはゆっくり顔を上げた。


「ルーナ、俺を殴れ。幼いお前から家族を奪ったのは俺だ。思い切り殴れ。」


そう言って少し屈み頬をルーナの前に差し出した。


壇上の要人達は最初からずっと見ているはずだ。

ざわついていて王太子を殴れるわけがないと言っている。


音楽も鳴っていない。ダンスをしていた人達もこちらを見ているかも知れない。

皇族を殴るなど出来ない。

家族諸共死を覚悟しなくてはならない。


ルーナは横を向いたままのシリウスをじっと見た。

じっと見て、それからーー


次の瞬間シリウスは倒れていた。


「痛ってえよ。お前振りかぶっただろ!」


シリウスの頬は真っ赤だ。

ルーナは可笑しくて口元から笑みが漏れつつある。


「ふ、ふ、ふふっ、シリウスが倒せるなんて。」


ルーナは手を引っ張ってシリウスを立ち上がらせた。


「本当に殴るとは思わなかったよ。キスされると思って期待したんだぞ!」


「ふふん、おめでたいわね。お父さんに教えて貰ったんだ。」


「何の為にだよ!いつ使うんだ。」


「まさか使う日が来ると思わなかった。えへへ、お兄ちゃんも同じ事言ってたよ。シリウス、お母さんに会いたい?」


お父さん、お母さん、お兄ちゃん。

家族との良好な仲が伺える。


「シリウス、私恨んでないよ。」


先に泣いたのはシリウスの方だった。

泣き顔を見られない様にルーナを抱きしめ肩に顔を埋めている。

泣き止んだらお母さんに会わせてあげようと思う。


黙って泣くシリウスを見て訳も分からず貰い泣きしている要人が見える。

会場からも啜り泣きが聞こえている。


「泣き止んでよシリウス。みんな見てるよ?」

「泣いてねえよ。」


「これで拭きなさいな。貴方達はあそこから裏に行きなさい。この場は私が何とかしておくわ。シリウス様、ひとつ貸しね。」


シリウスにハンカチを差し出してくれたのはエルザ様だった。

彼女ならなんとかしてくれそうだ。



「裏にお兄ちゃんがいるの。まだいるかな。」


「もう少しこのままでいてくれ。」


シリウスはまたルーナを抱きしめる。

まだ涙が止まらないのだろうか。


「泣き止むまでこうしていてもいいよ。」

「泣いてない。」

「私とハグしたいから?」


シリウスはルーナにおでこを合わせてきた。


「会いたくて会いたくて死にそうだった。」

「だから婚約したの?婚約したって聞いて死にそうだったよ。」

「母上に押し付けられたんだ。」

「シリウスにもお母さんが出来たんだね。」

「・・・ごめん、ごめんな。」


ルーナはシリウスの頬にキスをした。


「怒っても恨んでもないよ。会いたかった。ずっとずっと会いたかった。」


シリウスはルーナの唇にそっとキスをした。


「もっとしよ。今までのぶんも。」


ルーナを抱きしめる腕に力がはいる。

がっつりしようとした瞬間ーー


「はい、そこまでー。」


お父さんとお母さんが立っていた。

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