懐かしい声の主
「おーい、ルーナ。食べていけよ。今日の夕飯は屋台飯だ。」
「お父さん、じゃあお小遣いちょうだい。」
「ほれ、母さんが作ったミートパイだぞ。」
くしゃくしゃの札をポケットから取り出すと小銭がこぼれ落ちる。
「もー、お財布持たないとお母さんに叱られるよ。そのちっちゃいパイちょうだい。」
ルーナは屋台の側の椅子に座った。
お母さんのパイは美味しい。
「お母さんは?」
「ステラはお貴族様に食事を運んでる。あの舞台上に椅子やらテーブルを並べたんだ。」
「じゃあ演奏は何処でやるの?」
「右側だな、客席がダンスホールだ。」
「ふうん。」
お母さんに会ったら気付くかな。
・・・私より先に感動の再会・・・
「見てこうかな。」
「まだ入れんぞ。貴族様が揃ってから護衛が脇を固めてやっと一般人が入れるそうだ。」
「ふうん。あれ?お父さんお酒飲んでる?」
「ふふん。勿論だ。この葡萄酒を諸外国に売り込みたいからな。舞台袖で準備万端だ。」
「ふうん。」
ルーナはまだ酒が飲めない。
今日みたいな日に飲むと気分が楽になるかなとぼんやり通行人を眺めていた。
道行く大人は片手にグラスを持っている。
「この国は酒飲みが多いよな。酒が美味いのかつまみが美味いのか。」
「お酒は知らないけどつまみは美味しいよね。」
確かに酒は何処でも売っているし自家製の酒を持参で遊びに来たりする。
けれど治安が良いのは何故だろう。
「そう言えば酒飲みばっかりなのに太ってる人あんまり見ないね。」
「ん?これのおかげだろ。」
父に手渡された小瓶の蓋を開けると変な匂いがした。
「薬?」
「良い覚ましの薬だよ。さすが薬大国だよな。飲んだ朝に食べる食事とか飲みながら食べる食事もちゃんと考えられてるんだ。だから二日酔いがない。凄いだろ。」
ルーナは二日酔いがどんなものか解らない。
「お兄ちゃんは通訳してるの?」
「視察の時だけな。今日は裏方のはずだ。」
「お兄ちゃん探しに行くね。頑張ってねー。」
ルーナは入り口から中をこっそり覗く。
舞台上に集まった貴族はルーナが思っていたよりもずっと多い。
舞台袖から料理は運ばれるようだ。
(あの人だけが運んでるから係が決まってるのかな。)
これならステラと対面はないだろうと胸を撫で下ろした。
入り口からどんどん人が入場して行く。
演奏が始まり中央で陽気に踊り出した夫婦に釣られて次々と踊り始める。
この人混みなら入っても目立たないだろうか。
「ルーナ、ひとりなの?一緒に中に入ろうよ。」
「誰も選ばなかったのか?勿体ないなあ。」
「いいの、踊らないから。」
クラスメイトが声を掛けてくれるが中々勇気が出ない。
入り口から程近いお酒の樽の積まれた影からダンスを眺める。
目線はダンスを通り越して舞台上だ。
(この国の人達視力も良いんだよね。食のパワーって凄いわ。)
舞台上にシリウスの姿は確認出来ない。
簡素な椅子に座る貴族様のドレスは夜会とは明らかに違う。
きっとお祭りに合わせて地味にしているのだろう。
だが間近で見れば質の良い生地に上等の宝石をひとつふたつ身につけているに違いない。
(きれい)
モンクスフードの緑色は発色が良く有名だ。男も女も普段から身に纏う人は多い。
だが今日はとてもカラフルだ。
夜会とは違う軽快なダンスで鮮やかなドレスがくるくる回る。
自分の質素なワンピースが気になり始めてしまう。
(お父さんめー、真っ白のワンピースなんて逆に地味なのよ!)
ルーナは家も近いし着替えて来ようと歩き始めた時だった。
「ルーナ、いたいた。ルーシーが探しているぞ。あっちにいるから行こう。」
「何処にいるの?後から行くわ。」
「急いでないんだろ?ちょっとだけ踊ろうぜ。」
「や、踊らないし。」
「こいつ、俺の友達。教会で会ったろ?」
ティムは人の話を聞かない。ルーナと仲が良いと言っては友人を当てがって来て正直うざい。
けれどルーナも気が強いので怯まない。
「ティム耳聞こえてる?それ飾りなの?」
「聞こえてるよ、一曲だけ、だめ?」
「だめ。じゃあね。」
「そこをなんとかさあー」
ティムに腕を掴まれる。痛くはないけれどひたすらうざい。
「君、レディが嫌がってますよ、離してあげなさい。」
振り返ると見知らぬ男性がティムの肩に手を掛けていた。
兄のリオより少し歳上くらいに見える。
「友達なんですよ、大丈夫です。」
ティムはアホだ。嫌がっているから助け舟を出してくれたのに。
ルーナを見つけたルーシーがダンスのパートナーと走って来た。
ルーナは男性に礼を言った。
「美しいレディ、また君とのご縁がある事を祈るよ。」
男性はウインクをして去って行った。
「ティム、ルーナに無理強いしないでよ。」
「ごめんってー。」
「それより見た?ウインク。あのセリフを言う人現実にいるのね!感動したわ!」
現実にいるのだ。貴族ともなるとアレは通常だ。
ルーナは懐かしさを覚えた。
ルーナはその場から離れてふらふらと兄のリオを探しに行った。
兄は仕事仲間と舞台の裏側でテーブルを囲み談笑している。
「ルーナか、お前も座れよ。酒しかないけど。どうした?」
「いや、どうもしないけど。裏側は平和で良いね。」
テーブルの上にはやはり葡萄酒がある。
どれだけ飲んだのか空いたグラスが積み重なっていた。
「これ酔い止めの薬?お父さんも持ってた。」
「そ、大人の常識。」
「ふうん。こんな裏で何してるの?」
「ここにいるとさ、酒好きの貴族が来るんだよ。で、チャンスを逃さないように商談に持ち込むの。」
「だから語学堪能なヤツばっかりだろ。」
「ふうん。お酒とセットでこの薬も売ってあげなよ。」
ルーナは小瓶を一列に並べながら服を着替えに行くのを忘れていた事を思い出した。
「ルーナ、父さん呼んできてくれよ。この薬売れるかもな。」
「在庫確認って誰に聞けば良い?リオの父さん?」
仲間達が慌て始める。
リオは港で商船の積荷管理の仕事をしている。
その仲間たちが酔い止めの薬で盛り上がってしまった。
ルーナは急いで父を呼びに行った。
「靴擦れしちゃった。」
走り回ったルーナは家に戻り踵に軟膏を塗った。
もうあのパール色の華奢な靴は痛くて履けない。
靴の棚から黒い編み上げブーツを取り出した。
白いふわふわのワンピースに似合っている気がする。
着替えるのはやめてリオの所に向かった。
人が増えている。
と言うより四つしかないテーブルは商談で埋まっている。
リオは何処かの国の太った男性に瓶の中身をグラスにあけて見せていた。
父はリオの上司であり会社の代表のボビーさんと話している。
「貴方とっても可愛いわね。」
ルーナが振り向くと黒いドレスを着た妖艶な女性が立っていた。
手に葡萄酒の入ったグラスを持ち長いパイプから煙を燻らせている。
「そのドレスにそのブーツは大正解よ。髪に何も付けていないのも良いわ。自分を良くわかってる証拠ね。ちょっと首元が寂しいかしら。」
その女性こそ自分の魅力を最大限に活かしたドレスを身に付けている。なんて美しい光沢。裾で輝く煌めきは本物の宝石だろうか。ざっくり開いた胸元なのにちっとも下品に見えない。
「エルザ、探したよ。あれ?君は先程の。」
助けてくれたウインクの人だった。
「先程はありがとうございました。友達なのですがしつこかったので助かりました。」
ルーナは久しぶりのカーテシーをした。
「あら、貴方は貴族のお嬢様なのね。あちらで私の話し相手になってくださいませんこと?」
エルザと呼ばれた女性に誘われてうっかり返事をしてしまう。
「行きましょう。椅子が硬いけれどクッションを持って来て貰いましたの。」
「君が気に入ったみたいだね、少しだけ付き合ってあげて。」
そう言ってまたウインクをした。
エルザはドレスの工房をいくつも持つ侯爵夫人でウインクは夫だった。今回は生地の商談で来ているそうだ。
「もう大袈裟なドレスの時代じゃないのよ。これからは貴方みたいな着こなしが主流になって行くわ。夜会は別だけれど。本当に可愛いわね、既製品なの?」
白の地味なワンピースに母が透ける白い生地を重ねた事を話すと感心している。
「ボリュームたっぷりなのに子供っぽくないのはゴツいブーツがスパイスになっているからよ。ねえサイモン、あのネックレス出してくださらない?ポケットに入れたままじゃなくて?」
サイモンと呼ばれたウインクはポケットからネックレスを出したが絡まって塊になっていた。
エルザがぷんすかしながらほどき始めるとウインクがダンスに誘って来た。
「待っている間踊りませんか?私にこの国のダンスを教えてください。」
ウインクがルーナの手を取り立ち上がらせた時だった。
「失礼、ルーナは先約がありますので。」
強引に腰に腕を回されてしまった。
この声は。
忘れもしないこの声は。
やっと恋愛に突入します。ここまで長かった。よろしければブックマークと評価を頂けると嬉しいです。もう少しお付き合い下さい。




