神の国モンクスフードの建国物語
この国には不思議な木がありました。
どんなに寒くてもどんなに暑くても力強い枝は空を向き緑の葉を枯らす事なく不思議な実を付けました。
鬱蒼とした森の奥深くにあるこの木を人間たちは知りません。
森の動物だけが知っていたのです。
高い所の実は鳥やリスが、中間の実は猿が、落ちた実は木に登れない動物が食べました。
この木から落ちた葉はやがて土に栄養をもたらします。
土壌から流れ出た栄養は川に流れつき水中の生物にも良い影響を与えたのです。
人々は川の魚を食べるようになり段々と河岸に住むようになりました。
人々は家を建てる為に森の木を切りました。
鬱蒼としていた森は見通しが良くなり森に住む人が現れたのです。
ある青年は森林が荒らされるのを嫌がっていました。
住処の減った動物達の怒りを感じる事が出来たからです。
森の彼方此方に罠が仕掛けられています。
ある日青年は罠に掛かった鹿を助けました。
血を止める草を煎じ傷口には傷薬を塗ってやりました。
後日彼は罠を仕掛けた村人から非難され糾弾されたのです。
「そんなに動物が大切ならばずっと森に居るがいい。村へは来るな。」
「猿の嫁でも貰うつもりか?」
村人達は青年を嘲笑いました。
青年はひとりでしたが寂しくはありませんでした。森には沢山の動物がいたからです。
彼は森中を歩いて罠を取り除いて行きます。
次第に賢い猿や鳥が場所を示すようになりました。
ですが彼も人間ですから食べなければ生きられません。
木の実や川の魚だけではお腹がいっぱいにはなりませんでした。
彼は次第に痩せ細っていきました。
もう数日が限界だろうとふらふらと死に場所を探して歩いていた時です。
見上げた木から実が落ちて来ました。
彼は座って味を噛み締めるように食べました。
「最後の食事を感謝します。私は無力でした。いっ時助ける事が出来ても持続するには力不足です。村人がこの森を丸裸にしてしまうのは時間の問題でしょう。立派な大木よ、森の動物をお守りください。」
青年は木に向かい跪きそのまま倒れるように眠ってしまいました。
どのくらい眠っていたのでしょうか。
青年が目を覚ました時は柔らかなベッドの上でした。
「目が覚めましたね。気分は如何ですか?」
青年は差し出された水も飲まずに飛び起き家の外に出ました。
森の奥深くに居たはずなのに。
「森はすぐそこです。貴方はその低い木の影で倒れていました。鹿が貴方を守るように立っていたので気付いたのです。」
青年を助けたのは旅をする流しの医者夫妻とその娘でした。
青年はお礼に森に生える薬草を教えました。
「あまり奥へ入ってはいけないと聞いたよ。入ると出られなくなるそうだ。村人も何人も戻らないと怯えていた。君も気をつけたまえ。」
青年の祈りが届いたのか森も動物も護られたのです。
青年は医者の娘と夫婦になりました。
彼らはこの不思議な話を村人に伝えました。
森は何百年たった今も生き続けています。
森の薬草は私達の生活を豊かにしました。
医者は言いました。不思議な木は森の守り神だと。
神は何処にでもいる。日々感謝を忘れずにいれば大地の恵は絶えることはないだろうと。
この森から始まったモンクスフードは神の国です。
修道僧が大切に大地に祈りを込めてきました。
朝目覚められる喜び、食事が与えられる喜び、様々な喜びに感謝しましょう。
「これは子供向けの建国の本よ。教会でかならず貰うの。どう?いい国じゃない?」
ルイーズは本を読み終わったルーナ達家族にお茶を淹れた。
フォレスター医師を探る前に読んだらどう?と言うのでステラがみんなに読んでくれたのだ。
「祈りの国ね、素敵な教えだわ。この青年の末裔がフォレスター先生なの?」
「そうよ。医者の家系なのよ。その医者を護ってきたのが修道僧よ、国の名前の由来はそこからね。」
その森って裏庭から続く所?」
「多分ね、不思議な木はもう無いらしいけれど。モンクスフードの薬は世界中で有名なの。ニコラス陛下の父の前王は作物との取り引きをしていたの。けれど魔法大国が癒し魔法で病は治せると脅していた。魔法の力を使って各国にモンクスフードから買うなってね。」
「やっぱりクソね。魔法を消して正解だった。」
「そうなのよ、クソなのよ。魔法を施した聖水だと言って売っていたのはフォレスターの薬だったから。」
「私すっごく恨まれてるかな。」
「そうねえ、フォレスターが貴方を利用したがっている位に恨まれてるわねえ。」
「今はどうなっていますか?魔法が消えたあの国は。」
アクアはあの国に馴染んでいた。伸び伸びと暮らせたし詠唱の要らない魔法はエリートだった。
学校でも騎士団でも待遇は良く加えて王子の婚約者だ、それも政略ではない大恋愛の。
国中の女の子の憧れだった。
カーティスが気になるのだろう。
「今の所は何も。元々魔法など使わなくても文明が進んでいたでしょう?無いのはまともな薬だけで。」
「まとも?」
「危険な薬に力を入れていたけれど病気を治せる薬はない。かと言ってこの国に今更頼れない。ニコラス陛下はいち早くこの国に和解を求めた。」
「攻めてくる?」
「無理でしょうねえ、魔法だけが頼りだったから。ニコラス陛下は見限ってるし。」
「ルーナを何に利用したいのですか?」
「ルーナの身柄と引き換えに文明を手に入れたいのかしらね。灯りとか水道とか。」
「私を手に入れても何の役にも立たなくない?」
「そうねえ、恨みを晴らすのかもねえ、口では言えないような悍ましい事でもするのかしらねえ。」
「え、じゃあ薬分けてあげれば良いじゃない。」
「それこそ恨みがあるんでしょうねえ。」
そんな事情にルーナは関係ない。巻き込まれては堪らない。
「今は其々がやるべき事をやりましょう。この国に住まわせて貰うのですから恩返しが出来るようにね。さ、とりあえず帰りましょうかルーナ。」
ステラとソルムは順番にルーナを抱きしめた。
ステラは自分のネックレスを外すとルーナの首にかける。
「貴方に買ったものなのよ、やっと渡せたわ。加護の祈りを捧げました。無事を祈ります。早く一緒に暮らせますように。」
全く似ていないし血も繋がらないシリウスに似ていると思った。
翌日医院に両親がやって来た。
フォレスター医師に深々と頭を下げて娘とルイーズと共に暮らしたいと言ったのだ。
「大人の事情を娘に押し付けたくないのです。生き別れてから今まで散々振り回されて来たのでしょう。これからは何の心配もなく自由に生きて欲しいと思っております。」
フォレスター医師は真意を確かめるように夫妻を見ている。
だが何も言わない。
「先生が欲しいのはルーナではなく緑の手を持つ私ではないのですか?噂は先生の耳にも届いているでしょう?」
そう言ったのは父であるソルムだった。
「私はずっと剣士でした。この体躯ですから天職だと思っていましたがこの国で畑を耕したら皆さんに言われました。緑の手を持つ者が育てた作物は薬に匹敵すると。」
「此処へ来る前にフォレスター家の薬草畑を見て来ました。作物が活気づくと薬草が弱るとの言い伝えは本当ですか?」
「お互いに調べ尽くしていたのですね。私が貴方やルーナを調べたように。農作物が豊作の時は薬草に影響を及ぼすのは事実です。貴方が来てからは特に。薬草はこの国の代名詞だ。弱れば侵略されてしまう。」
医師は溜息を吐き深く腰掛け瞳を閉じた。
ルーナを悪く扱うつもりは無かったと。
「私に薬草を育てるお許しを貰えませんか。出来ればルーナが植えた畑をそのまま。」
「建国の話を読みましたか。私には育てる力は受け継がれなかった様です。」
父が畑を見に来た。見に来ただけでなく畝を増やして新たに植えたので花壇みたいだった畑が立派な畑になった。
母のステラは入院している子供達を見舞う。聖女の末裔だと話すと医師は驚いていた。
ルイーズとステラが世話を引き受けてくれたのでルーナは学校へ行く様になったのだ。
正確には行かされる事になったのだが。
まだ一緒には暮らしていない。
だから毎朝兄のリオが迎えに来る。
迎えに来ないと行かないからだ。
「ルーナ、ありがとう。私まで迎えに来て貰うなんて申し訳ないわ。」
「いいの、兄は仕事に行くついでだから。ルーシー体調はどう?季節の変わり目は発作が出やすいってジョージ先生が言ってたの。」
「前より発作は減った気がするの。成長と共に体質も変わるってルーナのお母さんが教えてくれたしね。」
毎朝校門前には女の子が大勢リオを待ち受けていた。馬車から降りる事なくすぐ去って行くのだが一目見ようと待っているのだ。
リオは今フォレスター家の薬草から作った薬を他国と取引する仕事に就いている。
フォレスターの薬草畑を手放し敷地内でのみ栽培をしている。それは父の仕事だ。
病院の仕事は母が引き受けてくれた。今では栄養価の高い食事が出てくる。
父の緑の手は農家に向いていた様だ。
魔法大国との取り引きはしていない。
ジョージ先生が断ったからだ。
そんな訳でルーナは産まれて初めて自由な生活を楽しんでいる。
ルーシーと学校帰りに出掛けたりティム達と釣りに行ったり。
少しずつ少しずつ家族との距離を縮めて行った頃クラスの中でも裕福な商家の娘の声が聞こえて来た。
彼女は友人等と男の子の話をするのが大好きな部類の人だ。
誰かと付き合っては別れ、意中の人に恋人が出来ると大袈裟に悲しんだ。
ルーナは密かに女優と呼んでいる。
「リオ様が女性と歩いていたわ。お付き合いをしているのかしら。」
「ルーナに聞いてみればいいじゃないの。」
「知ってる?・・・国の王太子殿下が婚約したんだって。」
商家の子供は他国の貴族と婚姻を結ぶことがある。
政略だがどちらにもメリットはあるらしい。
貴族の煩わしさを知っているルーナには興味はないが家督を継ぐ必要のない娘達は憧れがあるのだろう。
ルーナは少し懐かしい気持ちになりつつ家に帰って行った。




