こんな再会って
ルーナが子供達の食事を作りたいと言うとフォレスター先生は難色を示した。
「いいかいルーナ、有り難い提案ではあるが全員同じ食事を出す訳にはいかないんだ。病気によって食べられる物が違う。それを管理できる大人が居ればいいんだが人手不足なんだよ。」
「私勉強します。管理する大人が居ればいいんですよね?」
「調理する人も必要だろう?君は今まで野菜を切った事があるかい?」
「探します。」
「管理表を作ったら見せてくれ。それから考えよう。」
大量に貰った野菜をどうしようか考えていたら丘でミルクを届けてくれると言っていた女の人がやって来た。
調理が出来ないと相談すると和かに笑って手際よくシチューを作ってくれた。
「ほら、チーズ。パンはあるのね。挟んで火に炙ってごらん。」
!!!言葉にならないくらい美味しい!!!
「沢山食べなさい。食べる前と食べた後は実りの感謝を忘れちゃだめよ。バターやチーズが欲しかったら家においで。安く分けてあげるよ。」
「ありがとうございます。とっても美味しかった。」
「フォレスター先生にも食べて貰ってね。きっと心が揺らぐからさ。」
意味は解らなかったけれどルーナは会釈で見送った。
匂いに釣られて助手が次々にキッチンを訪れる。
「フォレスター先生も呼んでくるわ。今なら誰も居ないから。」
だがフォレスター先生は来なかった。
「先生も色々な事情があるのよ。子供達の食事に力を入れるのは私は賛成するわ。絶対食べちゃだめな物なんて殆どないの。先生はお薬の調薬の名医だからついそちらに力を入れがちなのよね。私達助手も口添えするから頑張りましょう。」
夜になってルイーズに話をすると納得したような顔をしていた。
「お家の事情だわね。代々続く名家だから色々あるのよ。豊かな土壌を農地に使わないで薬草ばかり育てるのよ。薬に煎じて諸外国と取引してるわ。だから物凄いお金持ちよ。先代は農家に厳しかったから良く思わない人が大勢いるの。先生はその板挟みで苦労したんですってよ。だからって子供達の食事が質素すぎるわ。あれじゃ治っても薬漬けのひょろひょろね。」
「お祖母様お酒飲んでる?」
「なんでよ!」
「いや、めっちゃ喋るから。」
「ルーナが食事に目を付けてくれたから嬉しいのよ。皆んなで少しずつでも改善しましょう。」
「じゃあコックと管理者を探してよ。なるはやで。」
翌日カレンは約束どおり学校を休んでやって来た。
「わあ、大荷物。馬車で来たの?」
「おじいちゃんが乗せて来てくれたの。すぐ帰ったけど。」
ははーん。先代と対立していたんだなとルーナは思う。
「太陽が真上になる前に頑張ろう。」
カレンが持ち込んだ男物の服に着替えて長靴を履く。
歩きにくいがルーナの膝まで足を包んでくれる。
大きなスコップは重くてルーナには持てない。
裏庭の土にカレンは感動している。
たかだか裏庭の癖にさすがフォレスターの土と言ってシャツを腕まくりしてこねくり回している。
「本当にいい土だわ。畝を作るから適当に間隔開けて苗を置いて。ちゃんと種類別にしないとわからなくなるからね。」
「ふたりとも!ちゃんと帽子を被りなさい!」
上から声がしたので見上げるとフォレスター先生が窓から見ていた。良かった、怒っては居なさそうだ。2人はカレンの持って来たツバの広い帽子を被り手袋をして苗を植え付けた。
「お水はどのくらいあげれば良い?」
カレンは苗を見て考える。
「今はまだそんなに気温が高くないから朝だけで大丈夫。夏は2回くらいあげてね。」
少ない苗の植え付けはお昼前には終わってしまった。
カレンとルーシーにもシチューをご馳走する。
「余り物だけど食べて。ミルクを届けてくれたご婦人が作ってくれたの。」
「あ、パーソンさんね。牛や羊を飼っていて乳製品を作ってるの。チーズもバターも美味しいんだよ!」
「そうだ、今度のお休みは教会の日だよ。ルーナも行こうよ。皆んなで歌ったりするの楽しいよ。」
「お祈りじゃないの?」
「祈りの歌だよ。手を合わせるだけが祈りじゃないの。薬草畑にも毎日感謝の祈りを忘れないで。」
毎日やる事があるのは有り難い。シリウスの事を考えないようにクタクタになりたいのだ。
ベッドに入ったらすぐ眠れるように。
薬草の世話に子供達の勉強、ルーナは合間にメニューを考えた。野菜に薬膳を足した物だ。
それから調薬の勉強もした。
祈りも忘れてはいけない。
裏庭で薬草に水をやるとどうしても森に目がいってしまう。
いかんいかんと首を振るが目が潤む。
一緒にこの国に来たと思っていたが聖獣は1度も姿を見せない。妖精は何処にいるのだろう。
(ひとりじゃない。ルイーズがいる。感謝します。)
ルーナはバケツと柄杓を片付けると教会に向かった。
ルイーズはお世話があるので1人で行く事にした。
所変われば品変わるで国によってファッションも違う。
貴族制度が無い為華美なドレスは見ないが服に興味のないルーナにも解った。
(あの帽子が流行ってるのね。みんな被ってるわ。)
ルーナの帽子は麦わら帽子だ。細い麦藁で編んで菫色のリボンが付いている。花飾りなどなくリボンだけのシンプルで気に入っている。
「ルーナ!こっち!」
丘の中腹の教会なので顔見知りになった人が大勢いる。
女性の殆どがあの帽子だ。
「カレンもなのね。」
「ああ、帽子?ルーナも買えば?麦わら帽子も可愛いけれど今は目立つでしょ。」
「んーー私はいらないわ。あんまり好きじゃない。」
「だよなあ。麦わら帽子のが可愛いもん。」
ティムもあまり好きではないらしい。
「ねえ、言ってもいい?その帽子アヒルの母さんみたいだよ。」
聞いていたおじさん達が腹を抱えて笑い出した。
帽子に合わせてヒップ部分にボリュームを出したスカートが更にアヒル感を出しているのだ。
「男からしたら不人気なんだよ。やり過ぎなファッションはデートに誘いたくないさ。」
「リオ様も笑ってるわ。私も麦わら帽子にする。」
「リオ様の笑顔!素敵!」
懐かしい名前だなとルーナは思う。
女の子は夢中らしい。
ルーナの知っているリオはモテてたかしらとぼんやり考えるが思い出せない。
カレンが歌を教えてくれたのですっかり忘れてしまった。
「どうだった、教会は。」
「活気溢れてたよ。休みは静かに過ごしたい。祈りは此処でする。」
「そうね、ルーナには向いてないかもね。でもコックが見つかるまでは行きなさいよ。それに薬草作りの人脈は大事よ。」
「人脈は解らないけどデートに誘われた。それも沢山。」
「あら、素敵ね。行くの?」
「行かない。シリウスとじゃなきゃ行かない。」
「しつこいわねえ、今頃あの子は王太子様よ?どうにもならないわ。」
ルーナは久しぶりに涙をポロポロ流しながらシリウスを想った。まだまだ長い人生シリウス無しで生きていけそうにない。
(シリウスを私に返してください。あっ、上から目線謝ります。シリウスに合わせてくださいませ。)
休日の街は混み合っていた。
年頃の少女数人に囲まれた背の高い青年は金色の髪と青い目をした見目麗しい容姿である。
「やっぱりリオさんも麦わら帽子のが好き?」
「どっちも好きだよ、似合ってればね。髪や瞳の色に合わせるだけじゃなくて全身を見ればわかるんじゃないかな。」
女の子は口々に話すのでよく聞き取れない。
「あの子くらい可愛ければ選び放題なんだけど。」
「簡素な麦わら帽子でも可愛かったわね。」
「羨ましいわあの髪色。金にも銀にも見えたわね。」
リオはその髪を知っている。
「その子教会に来ていたの?名前わかる?」
「やっぱり、リオさんも気になるんだ。男の子の大半は彼女に夢中よ。」
「ルーナって言うの。学校に行っていないみたいよ。何をしている人かは知らないわ。」
リオは少女達にお礼を言うと走って行った。
男友達なら知っているだろう。
休日は待ち合わせスポットの大きな橋の手前で女の子に声を掛けている筈だ。
「どうしたリオ?女の子連れて来なかったのか?期待してたのに。」
「なあ、ルーナって子知ってるか?」
「リオも狙うのかよ、勝ち目なくなるからやめてくれ。」
「違う、違わないけど違う。その子何処に住んでるか知らない?」
「フォレスター医院って聞いたぜ。あの場所は誘いづらいんだよね。」
事情は何となく知っているが移民のリオには関係ない。友人に場所を聞くと走って向かう。
だがフォレスター医師から断られてしまう。
「見ず知らずの男性に会わせる訳にはいかないね。ここは病院だ。君には無縁だろう?小児科だからね。」
「ではマーカス夫人に会わせてください。知り合いなんです。」
「ふむ、今は居ないよ。ルーナと出掛けている。とにかく今は帰ってくれ。」
なんとなく嘘くさい。リオは嫌悪感を覚えた。
しょっちゅう目を付けられるルーナが心配だがルイーズと一緒なら大丈夫だろうと思いひとまず家に帰る事にした。
「ただいまー。父さんは?」
ステラは夕食の支度をしていた。
「市場に行ったわよ。すぐ戻ると思うけど。」
「アクアは?」
「帽子を見に行くって友達と出掛けたわ。」
リオはふっと笑ってしまった。
アクアもあのアヒルの母さんの帽子を被っていたからだ。
きっと麦わら帽子を買ってくるに違いない。
どうしよう、ルーナの事を話そうか。
この国に来てから好きになったコーヒーを飲もうと思った時に父が女の子を抱えて飛び込んできた。
「なあ!ルーナだよな!この子俺たちのルーナだよな!」
大柄で体格の良い父ソルムに抱き抱えられているのは間違いなくルーナだった。
父はぜいぜいしている。猛ダッシュで走って来たのだろう。
びっくり顔のルーナに話しかけようとすると勢いよく扉が開いて今度はアクアが飛び込んで来た。一体何なのだ。
「父さん!女の子連れ去ったって本当なの?噂になってるよ!事件扱いされちゃうじゃない!」
ステラも慌ててやって来る。
一瞬静まり返る。
「あんた見たことあるわ。後輩よね?魔法学校の。」
「アクア、よく見ろ。ルーナだよ。」
ステラは迷わずルーナを抱きしめた。
声にならない声でずっとルーナの名を呼び続けた。




