薬草畑と新しい友達
寒い冬が終わり春になる。夏はすぐやって来るだろう。この国に来てからあっと言う間に時は過ぎた。
雪も降るしとても寒いが積もっては溶けてを繰り返して生活に困る事は無かった。
ルイーズは相変わらず入院患者の子供の世話をして働いている。世話と言っても寝たきりの子はいないので自分の事は自分で出来るようにと躾をした為にルイーズの仕事は楽そうに見えてしまう。
ルーナはルーシーと勉強をしながら子供達に教えていた。
発作の後のルーシーはいつもげっそり痩せてしまう。
発作の間は息をするのもやっとなので殆ど何も食べることが出来ないそうだ。
だから発作が治ると母親は沢山のお弁当を持たせた。
「薬の飲み過ぎで食欲がないの。あと2日もすれば戻るけど。ルーナも食べてよ。」
野菜が多めのサンドイッチはとても美味しい。
このお溢れのお陰で栄養が賄えているのではと思うほどルイーズもルーナも食事を作らなかった。
(マーカス侯爵夫人だもんな。料理なんてした事ないでしょうね。)
ルーナは幼少期に料理人に育てられた為に成長期に必要な栄養が確保出来ていた。
その後は伯爵家の養女として過ごしていたので料理を作る作業とは無縁だった。
「ルーナはお嬢様よね?最初見たときは美しいドレスを着ていたし所作が綺麗だわ。訳ありなんだろうけど食事は大切よ?簡単なスープなら野菜が摂れるから覚えなさいよ。」
「私ナイフも使えない。袋に入れて潰してもいい?」
「うーん。練習しないとダメね。先生達の食事はどうしてるのかしら。」
「先生も助手の皆んなもお金あるから食べに行ってるわ。その時についでに買って帰ってくるの。キッチン大きいのに入院してる子の質素な食事しか作ってないよ。」
「そう、子供達も栄養が摂れれば今より元気になるかもね。」
(栄養か)
フォレスター先生の屋敷と医院はすぐ側にある。
大きな門を入ると木や花が整えられた庭があり正面が医院だ。
医院の裏側に屋敷はあった。
屋敷の裏側は広い。奥に進むにつれて木は増えて行く。
王弟宮の森を思い出すとまだ泣けてくるので奥へ行った事はない。
裏もガーデニングすれば良いのにとルーナは思う。
フォレスターの名はこの国でとても歴史ある由緒正しき家だそうだ。
森や林を意味する名は大地を育み豊かにして来たと歴史の教科書にも小さく書かれている。
ルーナは座り込み土を触ってみた。
森から風で散る落ち葉を放ったらかしにしたこの土は何かを育てるのに適したような気がする。
(フォレスター先生に聞いて何か育ててみよう)
休日にルーナはティムを誘って街の市場に来ている。
種や苗を買う大人達の多くは農家だろうか。馬車の荷台いっぱいに買い込む人が多い。
「ルーナ、薬草はこっちだって。」
同じような苗は棚ごとに分かれて名前が書いてある。
ルーナはメモを見ながら注文をして行く。
「野菜にすればー?食べられるじゃん。」
「野菜は虫が沢山つくから大変なのよ。薬草は比較的手入れが楽そうなの。」
会話を聞いていた店主が相槌をうつ。
「虫がつくのもあるよ。虫を殺す薬草も作れるけどその為に育てるのつまんないだろう?ほれ、薬草の作り方だ。持ってけ。」
「ありがとうございます。あの馬車に運んで頂けますか?」
「薬草か、上手く育てて薬にすれば稼げるぞ。国内だけでなく国外からも所望されてるからな。」
店主は代金を受け取りながらルーナにオマケの種を幾つか手渡した。
「薬草と合わせれば薬になる野菜だよ。上手く育たなかったらソルムって男を訪ねな。移民だけど緑の手を持つって有名なんだ。街の外れに大きな演芸場あるだろ?そこまで行けばわかるだろうよ。」
ルーナとティムは礼を言い苗を持ち帰った。
「すぐ植えるの?」
「んーん、明日やる。あのさ、薬草畑を見てみたいの。知らない?」
「そんなのあちこちにあるぜ。馬車を返して歩いて行こう。」
馬車は返すのかと偽お嬢様のルーナはがっかりしたがドレス様の靴と違い痛くならないので承知した。
街と言っても広い商店の並ぶ道から外れた小道には緑が溢れて小川も流れている。
「あの丘を登ると街が一望できるよ。行こう。丘を下った先で薬草を栽培してるおじいちゃんがいるんだ。」
馬車返すなよとルーナは心で悪態をつく。お嬢様体力しなかいルーナの手を引いてティムはどんどん丘を上る。疲れてあまり見る余裕はないが道の両サイドは民家になっていて時々休憩出来るベンチのある木陰があり人々が寛いでいた。
「ちょ、ちょ、ティム、休ませてよ。」
「えーー、めんどくさいなあ。」
ルーナがベンチに座り込むと少年がわらわら出て来た。
「ティム、何この子?誰?妹の髪は茶色だから妹じゃないよね?」
「可愛いね、俺ジム。名前は?」
ルーナは落ち着いてひとりひとり見回す。
「ルーナ。ティムとは舟で会ったの。わたしも移民よ。」
薬草畑に行くと言うとゾロゾロみんな着いて来た。学校の友達なのだそうだ。
「なあ、貴族なの?」
「前はね、今は違う。」
「貴族ってみんなルーナくらい可愛いの?この国に貴族なんて居ないからさあ。」
「可愛いって感覚は人それぞれだから何とも言えないけど美しい人は多いんじゃないかな。顔が良ければ良い家柄に嫁げるし。」
貴族が居ないこの国は平和だ。貴族の無駄な夜会やドレスや装飾品の為に平民から税を取り立てて使われる事もない。
かと言って見窄らしい服装をしている訳でもない。
国は豊かに見える。
「此処が1番上だよ。見てあっち。街が見渡せるだろ?これは祈りの鐘。鳴らして願いを言うんだ。」
「教会も多いもんね。」
ルーナは病院に居るので知らなかったがこの国の人は月に一度必ず家族で教会に行き祈りを捧げるのだそうだ。
「たまにお祭りがあるよ。収穫祭って言って季節毎の実りを祝うんだ。冬の過ぎたばっかの春はないけどもうすぐあるよ。秋が1番でっかい祭りなんだ。」
「その時はみんなお洒落をするの。女の子もドレスを着るのよ。」
「え?あれ?」
男の子しか居ないと思っていたがひとり女の子が混じっていた。
「私カレン。さっきまで馬に乗っていたから兄さんの服なのよ。いつもはちゃんと女の子よ。」
ルーナより背の高いカレンはティムと同じく2つ年上でしっかりした印象だった。
丘の斜面の薬草畑は太陽を遮る物がなく光を浴びて輝くように育っていた。
おじいちゃんと呼ぶにはまだ若く感じる男性が畑の間に置かれた大きなベンチで顔に帽子を乗せて寝ている。
「おじいちゃん!友達連れて来たよ!可愛い女の子だよ!薬草を育てたいんだって!」
カレンが耳元で言うのでおじいちゃんは飛び起きた。
「カレン、耳の鼓膜が破れてしまう。」
カレンが指差す方向にルーナは立っていた。おじいちゃんと目が合うと頭を下げた。
「はあーー、これはまた破壊力のある別嬪さんだ。」
破壊力なんてねえよ、とルーナは思うが元貴族のお嬢様の嗜みは崩れない。
「フォレスター先生の医院で暮らしています。ルーナ・マーカスと申します。先生から裏庭の使用許可を頂いたので薬草を育てたくて。少し見学させて頂いても宜しいでしょうか。」
姿勢を正しく優しく微笑むルーナに皆は口を開けて見ている。
「貴族か、お嬢様に野良仕事が出来るかな。お前たちは口を閉じないと虫が入るぞ。」
「元はそうでした。今は入院している子供達に簡単な読み書きを教えています。その子供達に薬膳料理を提供したいのです。」
おじいちゃんは感心したように笑顔を浮かべると握り拳を胸に当て祈りを捧げた。
「感心なこの娘に大地の恵みをお与えください。」
要約するとそんなような事を言った気がする。
「種から育てては間に合わんな。種まきの時期はとうに過ぎた。今からなら苗だ。分けてやろう。」
「ここに来る前に苗は買いました。市場の方が困ったらソルムを尋ねろと教えて下さいましたがまだ困っておりませんのでこちらに。」
「そうか、まあとりあえず植えてみるんだな。カレンお前手伝ってやれ。慣れてるだろ?」
「いいよ、明日は学校休んで行くよ。」
「祈りを忘れるなよ、お嬢様もな。祈りの大切さを学べ。」
なるほど、カレンの実の祖父なのか。両親もまだ若いのだろう。
その後はカレンの家でおやつを食べた。
冬の残りのリンゴを煮詰めたアップルパイは絶品だ。
庭のテーブルも椅子も足りないので切り株に座っていると色んな人がルーナを見に来た。
口々に可愛いだの美しいだのと褒めて焼き菓子やフルーツを持たせてくれる。
「入院している子供達に分けてもいいですか?美味しいおやつやフルーツを食べたら元気になりそう。」
そんな気持ちになったのは初めてかも知れない。
ルーナの優しい発言を聞いた大人は家に戻ると野菜が詰まった袋を持って来た。
「栄養価の高い物を食べさせておやり。シチューにすれば簡単だよ。フォレスター先生の所にいるんだろう?ミルクは後から届けてあげるからね。」
馬車いっぱいに貰ってもルーナは皮も剥けない。だがこれを何とか調理して食べて貰いたい。
ルーナは練習しなきゃと心に誓う。
帰りは持ちきれない食材と共に馬車で送ってもらえた。
カレンとその兄のボビーだ。
「可愛いとか綺麗とか言われ慣れてるんだな、あんな言葉遣い初めて生で聞いたよ。」
「教育されましたからね。でももう必要ないから素で生きます。」
「ルーナどっちでも可愛いもんね。見てよこの綺麗な髪。金なの銀なの?真っ白のドレスでティアラを付けたら妖精だよ!噂が広まるよー。」
本物の妖精を見た事があるルーナは妖精って微妙だよと教えてやりたいが黙っておく。
「噂?」
「今度の祭りでルーナにダンスを申し込む列が出来るぞ。俺も並んじゃうぜ。」
「私ダンス踊れない。」
「何で片言なんだよ、お嬢様ならダンスは必須だろ?」
「お嬢様ダンスしか知らないもん。」
「ああ、ならカレンに教えてもらえよ。」
ルーナは軽く笑ってその場を受け流したが1週間もすると噂が街中駆け巡っているとは思いもしなかった。




