移民
病院は忙しい。
入院している子供達の世話をルイーズはお手伝いしている。
船で退屈していたずらをしていた子供達をルイーズは集めてちょっとしたゲームをしたりトランプをしたりして遊んでやっていたのをジョージ・フォレスター先生が見ていたのだ。
「貴族の子供達の世話係をしていましたの。」
「そうなのですね、扱いがあまりにお上手なので見惚れてしまいましたよ。」
「随分前でしたから私の遊びなど最近の子には通用しませんわ。船では他にする事がないから付き合ってくれましたけど。」
「いやいや、ご謙遜を。」
ルーナはルイーズとフォレスター医師が会話するのを遠くからアテレコしながら眺めていた。
突然後ろから笑い声が聞こえてきたので驚いて振り返ると少年がめちゃくちゃ笑っている。
「お前すっげえ面白いな。」
「なにがよ。」
「アテレコすっげえ面白いじゃん。」
「アテレコって何よ。」
「今お前がやってたろ?会話を想像して」
ああ、あれはアテレコと言うのかとルーナは納得する。
「ばあちゃんと2人で何しにモンクスフードに行くんだよ?」
「ばあちゃん・・・、ああ、ちょっと思い付きで船に飛び乗ってみたのよ。船賃払ったら無一文だわ。降りたら銀行はあるかしら。」
少年はまん丸な目をして見てくる。
「すげえな、お前。冒険家かよ。飯も食えねえじゃん。湯浴みもしてねえだろ?きったねーなー、ちょっと待ってろ。」
確かに汚いなと自分でも思っているので腹も立たない。袖をくんくん匂ってみるが臭くはない。
(髪かな、ってゆうか頭かな。私思春期だから新陳代謝激しいしね。匂うのかしら。髪切ろうかな。)
両指に髪をくるくる巻きつけて足を投げ出して座っていると少年が戻って来た。
「お前何歳?妹の服なら沢山あるから着れるならあげるってさ。あ、あっちにいるの俺の母さんと妹。父さんはモンクスフードにいる。」
指差す方を見ると茶色の髪の女性と小さな少女が手を振っている。
ルーナは軽く会釈をした。
「私12歳だけどあの子の服は着れないんじゃない?まだ8歳くらいでしょう?」
「とりあえず湯浴みしてこいよ。俺たちの部屋で湯浴み出来るから。」
「坊ちゃま?遠慮なくお借りするわ。お祖母様も一緒に借りてもいい?」
少年はティム・バートンという名だった。
妹の病を治すために家族で移住をするそうだ。
父親はひと足先にモンクスフードに行き住まいと仕事を探したのでやっと引っ越しが叶ったらしい。
湯浴みを終えたルイーズとルーナは広い部屋のソファでバートン家の事を聞いている。
ルーナがお下がりで貰った服はゆったりと着心地が良い。小柄で華奢な妹はルーナと同じ12歳で年下だと思っていた少年は2つも歳上だった。
(シリウスは13歳だけど背が高い。やっぱり貴族だから栄養が違うのかしらね。)
ルイーズは母親から移民の手続きの話を聞いていた。
「貴方は何の病気なの?聞いてもいいかしら。」
「ルーシーは肺が弱いんだ。発作が出ると呼吸が苦しくなって肩で息をするしかなくなる。」
「喘息?」
「そうなの。住んでた地域は工場地帯からの風で空気が悪いから肺が汚れたのかもって。だから家族で移住する事にしたの。モンクスフードの土で育った食物を食べると健康になるって。」
「私も本で読んだわ。緑の手を持つ土の化身が育てた実りは体の中から変化をもたらすだろうって。」
ルーナは小さな子に文字や簡単な算数を教えてやってくれと頼まれた。
今まであまり他人と接したことがない為不安で断ろうとしたが病気で学校に行けない子供達の事を考え引き受ける事にした。
ルーナ1人ではなくルーシーも一緒だったからだ。
「発作が出ると学校へ行けないから授業について行けなくなるの。だから自分で勉強しているわ。兄は雪道でも学校に通ってるけど。」
あのティムなら納得だ。
「母さんも働きたいんだけど私の発作が出ると休まなくちゃいけないから中々仕事が決まらないの。だから私がこうして教えれるなら有難いわ。」
なんて良い子なんだろうと泣きそうになる。
陛下の側近が不思議な力を持っていたなと思い出しながら魔法を消した事を後悔した。
「聖女が煎じた薬草の事知ってる?」
「ええ。兄が色々調べてくれたの。この国の土で育った薬草を聖女が煎じてくだされば多くの苦しむ民が救われるわね。聖女さまなんて本当にいるのかしら。」
なんだこの優しい娘は。ルーナは何だか自分が汚れた人間に思えてしまう。
「ルーシーは入院しないの?発作が出たらすぐ先生に診てもらえるのに。」
「発作が出ていない時は健常者と変わらないのよ。それに移住したばかりで入院費にお金をかけれないわ。毎日此処にくれば運動にもなるし健康に良いから。」
微笑むルーシーは天使の様だ。
ああ、健康を取り戻してあげたいとルーナは心から思う。
それからルーシーは4日ほど通って来たがその日は来なかった。
夕方ティムが来て発作が出たから暫く来れないと言い残して帰って行った。
ルイーズとルーナは移民として手続きに来ている。
「マーカスの名前でいいの?」
「いいも何も私の名前はルイーズ・マーカスだからね。」
「マーカス侯爵様は?死別?ルイーズは未亡人?」
「旦那は生きてるよ。ルーナに魔法を消されたから怒ってそうだわ。」
生きてる?ルーナは驚く。
「殺された事になってる妃達も殆ど生きてるよ。自害した娘もいるけどね。お前が知りたがってるシリウスの母親も生きてるよ。再婚して家族で幸せに暮らしてるわね。」
「誰も殺してない?」
「ひとりも。だから聖獣が見えたのよ。」
「陛下も見えてたんだよ!あの人真っ黒でしょ?なんで?」
「まあ腐っても国王だからねえ、聖女の末裔のラインハルトを味方に付けたからじゃないの。」
「ラインハルト先生は聖水を作れる?」
「どうだろうねえ、誰かが魔法を消したからねえ。」
ルーナは軽く舌打ちをして半目でルイーズを睨んだ。
「はい、次の方どうぞ。移民の方ですね。移住希望ですか?この半月で移住希望が3組もありましたよ。こんな寒い時期に珍しい。」
恰幅の良い大柄な女性はよく回る口をフル回転させながらルイーズが記入した用紙をチェックしている。
「お孫さん?これまた飛び切りの別嬪さんね。目元がお祖母様に似てるかな。美人さんは歓迎いたしますよ。はい、手続き完了です。引っ越す場合はまた手続きが必要になります。仕事が変わる場合も都度来てくださいね。お孫ちゃんは学校は春から行きますか?」
「まだわかりませんの。仕事が順調に行けば考えます。」
「じゃ一応こちらの用紙もお持ちください。教会が運営する学校ですから15歳まで無料で学べます。これは地図、丸が教会で学校は同じ敷地内にあります。貴方のいるフォレスター医院は此処、近いのは此処ね。」
ルイーズとルーナは手を繋ぎ雪の中を歩いて帰る。
ルーナはともかく高齢のルイーズに暖かいコートを買ってあげたいと思った。
「食事の配膳も手伝おうかな。もう少し稼ぎたいんだ。」
「手が荒れちゃうわよ。せっかく貴族のお嬢様として生きて来たのに。お金の心配はしなさんな。貯めたお金があるからね。」
「そうなの?じゃあコート買いなよ。老体にそんな薄いコートじゃ死んじゃうよ?」
「ちょいちょい失礼な事を言うねえ、手続きが済んだからお金を下ろせたよ。失礼なあんたにも買ってやろうかねえ。」
2人は顔を見合わせてニヤッとする。
手を繋いでいるのは手袋がないからだ。
「お買い物行こうよ。これ以上降って積もったら行けなくなっちゃうもん。」
ケイティに教えてもらったお店はリーズナブルだそうだ。
ルイーズは大量に吊り下がっている服の中から気に入った数枚の手触りを確かめ縫製を見る。
侯爵夫人として生きて来たなら目利きが出来るのだろう。
納得したスカートやワンピースを店主に渡していた。
「お祖母様、コートも手袋もブーツも必要よ!寒さで小さくなってしまうわ!」
店主が笑いながらルーナに近づいて来た。
「先程のお客様のお嬢様も同じ事を言ってましたよ。あのお嬢様も美しい顔立ちでしたが貴方は更に美しいですね。ワンピースではなくドレスは如何ですかな?」
「ドレスは要らないわ。こんな雪じゃ歩けないもの。暖かいのが欲しいの。お洗濯しやすくてアイロンが要らないやつをね。」
にやけ顔の店主が見せてくれたのはワンピースではなくスカートとブラウスだった。
厚い暖かな生地で更に裏地が付いてます。これは同じ生地のブラウスですからスカートと合わせて着るとワンピースに見えますよ。ワンピースと違って別々にお洗濯出来ますから洗いやすく乾きやすい。もうひと組別のセットがあれば色々組み合わせが楽しめます。片方は無地でもうひとつはチェックなど如何がでしょう。」
魔法学校の制服を思い出す。そうだ、ルーナはチェックが好きなのだ。
組み合わせ!なんて素敵な響き!
ルーナは紺色の無地と合わせて茶色と紺と黄色の入ったチェックのセットを選んだ。
お買い物って楽しいと思えるのは解放されたから?
それともルイーズと一緒だから?
「ありがとうお祖母様。初めてお買い物が楽しいって思えたわ。選んでくれてありがとう。」
ルーナはルイーズの頬にキスをした。
「マダムのワンピースのお直しは1週間ほどです。ではまたお待ちしております。」
2人がまた手を繋いで店を出る時に慌てて走って来た娘とすれ違った。
長い金髪は強風でくしゃくしゃに舞っている。
「おじさん!手袋落ちてませんでした?」
大きな声はゆっくり歩くルーナ達まで届く。
「明るい色のコートが可愛かったね。あの人の金髪によく似合う。」
「ルーナだってあの娘のように明るいコートにすれば良かったじゃない。若いくせに茶色のコートを選ぶとはね。」




