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雪のモンクスフード

「いつまでも泣きなさんな、ひどいブス顔になってるわよ。」


「たっ、た・・ひっく・・たまに、・・ばあさん・・ひっく・・みたいな・・話し方・・ひっく・・に。」


「泣きながら言う事かしら?まあでも、あんたからしたらばあさんだわね。」


ルーナはずっと泣いている。

船に乗る前からずっとだ。


「あんたが泣き止んで微笑んでれば良いスポンサーでも見つけれるのに。それだけ泣けば無駄かしら。目元がしなしなだわ。」


「す、す、ひっく、スポン、スポンサー、って、ひっく、何さ。」


「そうねえ、可愛いお嬢様、よろしければこちらどうぞ、っておやつが手に入るわねえ。運がよければお食事も頂けたりしてねえ。」


早急に国を出なければ捕まっていたかも知れない。ルーナはこの船が出る日を知っていた。


「何故この船を選んだの?」


ルイーズは暖かいタオルを持って来た。程よく湿った暖かいタオルは涙の後を消してくれる。


「しっ、シリウスと、はっ、はっ、話した、から。」


「しつこいわねえ、シリウスは貴方の手を取らなかった。わかる?もう忘れなさいな。」


ルーナの涙は先程より溢れてルイーズに抱きつく。

声に出して泣きなさいと言うので遠慮なく泣いた。

ルイーズはルーナを膝に乗せて優しく抱きしめていた。

暫く経った頃に冷たいタオルが差し出された。


「失礼、お嬢様の目を冷やして差し上げて下さい。明日の朝大変な事になりますからね。」


「ありがとうございます。とても辛い事がありましたの。」


「寝てしまいましたか、重いでしょう?」


身なりの良い男性はルイーズが座っている隣の椅子に腰掛けて優しく微笑む。


「眠って辛い事を忘れてくれれば良いんですけどね。」


ルイーズはルーナのつむじに優しいキスを落とした。


「部屋へお連れしましょうか?私で宜しければ。」


「ありがとうございます。このままで大丈夫ですわ。思い付きで旅に出たので部屋を取っていませんの。」


「随分と身軽ですね。少しお待ちください。」


男性は椅子から立ち上がり何処かへ行ってしまった。

悪い人には見えない。丁寧な物腰に随分と身なりも良い。

40くらいだろうか、娘のニコルよりは上だろう。上の娘のダイアナは45になっているはずだ。

ルイーズは長年会っていないダイアナを思い出し星の輝き出した空を眺めていた。

海風で冷えて来たがルーナを抱いているせいか足以外は寒さはない。ルーナに掛けてやるショールも毛布もないので時折さすってみた。


「失礼、狭いですが1人部屋の寝室が空きましたのでご案内します。長い事抱いていらしたので足が痺れていませんか?」


確かに痺れていた。冷えたのかと思っていたが感覚がなくなっていた。


「夜風にずっとあたっていては風邪を引いてしまいます。さあ、お嬢様は私がお連れします。」


ルイーズが少し不安そうな顔をしたからか男性は柔らかい物腰で名前を告げた。


「申し遅れましたが私はジョージ・フォレスターと申します。医師をしております。同行している侍女の部屋を開けましたので使ってください。」


ジョージと名乗る男性がルーナを抱き上げると後からやって来た若い侍女らしき女性がルイーズに手を貸してくれた。


「歩けますか?両方痺れてます?ちょっとマッサージしましょうか。ドクター、待っていて貰えます?」


ルーナを連れて行かれる不安を察した侍女が医師に声を掛けてくれた。


「そんな可愛いお嬢様を連れて先に行くなんて不安になりますよね。さ、ビリビリしてきました?我慢して数歩歩けば治りますよ。私の腕に掴まってください。」



譲ってくれた部屋はベッドがひとつに小さなテーブルと椅子がある極小の部屋だった。

これならギリギリ払えるだろう。

ホッとしたルイーズは深く頭を下げてお礼を言った。


「先程も申しましたがあの子にとても辛い事が起きましたの。思い付きでこの船に乗ったので止める事も支度も出来ずに困っておりました。お部屋代はお支払いいたします。お申し出心より感謝致します。」


「いいえ、狭くてすみません。毛布は2人分あるのですが今夜は寄り添って眠って頂かなくては。明日は空いてる部屋を探しましょう。ではゆっくりお休みなさい。」


医師は帽子に手を添えると軽く会釈をして去って行った。

侍女にも礼を言うと水差しと布包みが渡された。


「コップはテーブルの横にあるわ。パンはお腹が空いていたら食べて。なるべくお嬢様の目を冷やしてあげてね。」


ルイーズは深々と頭を下げた。


狭い部屋は暖かい。幸いにもルイーズは細身だしルーナは小柄だ。

ベッドから落ちない様にルーナを壁際に押しやりルイーズは隣で安堵の眠りについた。




「わあ、ぶっさいく。」

ルーナがけらけら笑うのでルイーズはまだ眠い目を半開きにして見た。

取り付けの小さな鏡に映しながらパンを口一杯に入れている。

「見て、太るとこんな感じ。」


ルイーズは広くなったベッドで手足を伸ばす。


「その容姿なら貴族様に目を付けられずに済んだわねえ。」


嫌味を言う時にルイーズは語尾をのばす。


「そうねえ、バークレー夫人の着せ替え人形にならずに済んだわねえ。」


「真似しないでちょうだい。ところでルーナ、あんたお金幾ら持ってる?」


「・・・怒らないでよ?」


思った通りルーナは無一文だった。

2人分の船賃を払って小銭がひとつあるだけでほぼ無一文なのだ。

ルイーズは牢から引き摺り出されたままルーナに連れ出された。金などある訳はない。


「お医者様も侍女もあんたをお嬢様って言うはずだわ、私どう見てもこき使われたメイドよね。破れてはいないけど薄汚れてるし繋がれた後もあるわ。」


「設定を考えよう。このままお嬢様と侍女で通すか家族になるか。親子にする?だいぶ高齢で産んだ事にして。」

「失礼な子ねえ、なら最初から祖母と孫にすれば良いじゃない。」


ルーナは着ていたドレスを売った。王家の御用達のドレスは子供用とはいえそこそこの良いお値段で引き取って貰えた。

かと言って下着姿のままでは居られない。


医師付きの有能な侍女に相談すると真っ白で大きなエプロンをくれた。

ルイーズは針と糸を借りるとルーナの体に合わせてワンピースに直した。袖は短いがとても可愛いワンピースに出来上がる。


「凄い!お祖母様天才!ドレスなんかよりずっと可愛い!ありがとう!」

目の腫れが治ったルーナが無邪気に祖母に抱きつく姿に周囲から暖かい視線が注がれる。

ルイーズは薄汚れたドレスを夜の内に洗いどうにかまともになった。


「ごめんね、お祖母様。私が突然船に乗ったから不自由な思いをさせてしまってるわ。」

「ルーナ・・・。」


抱きしめ合う祖母と孫に同情の目が向けられる。


「失礼、マダム。お話は聞きました。私は両親と旅行中なのです。母がこちらを貴方にと。」


「大変お美しいお嬢様ですこと。珍しいお菓子は如何です?」


船を降りる頃にはルイーズとルーナは幾枚かの着替えと港に着いてからの宿泊先まで手に入れていた。

長旅の間医師が何かと気にかけてくれたので不足しがちな栄養も損なう事なく過ごす事が出来た。

ルーナはすっかり医師にも侍女にも懐き明るい笑顔を見せる程にはなっている。


「明日には着くわ。今季節は冬よ、ルイーズもルーナも手に入れた服を全部着ないと凍えてしまうわ。」


医師が言いにくそうに行く当てはあるのか聞いて来た。

着いたその日の宿泊先は船で知り合ったドレス職人の家なのだ。その場に医師も侍女も居たので聞いていたはずだが。


「ルイーズ、貴方は子供達の世話に長けている様に見える。行く当てがないのであれば私の医院を手伝ってくれないだろうか。私は小児科の医師なのだ。」


「ドクターが言うなら私からもお願いするわ。何か事情があるのでしょう?」


ルーナがルイーズを見ると少し困った様に考えていた。


「お祖母様、ドクターもケイティも力になってくださるわ。お世話になりましょうよ、ドクター、お祖母様は子供達のお世話は得意よ、けれど私は何の役にも立てないわ。」


「あの職人の女性の世話になっても1日か2日泊めて貰えるだけでしょう。それなら私の医院で働きながら次を探すのは如何ですか。今の季節は雪も降る。寒空に女性を放り出すなんて私には出来ません。」



船が港に着くとケイティとは別の侍女がルイーズに分厚いショールを掛けてくれた。

ルーナはケイティに頭からすっぽりショールを巻かれている。

ありったけの服を着込んだので手ぶらで身軽だ。


迎えの馬車に乗ると暖かい毛布に包まれる。


「寒いでしょう。このモンクスフードは四季があるのですが冬は特別寒くなるのです。屋敷に着いたら暖かい物を食べましょう。」


「屋敷・・・。」


もう屋敷にうんざりしているルーナは残念そうな声が出てしまう。


「屋敷と言っても大きくはありません。無駄に大きいと暖房代が桁外れになってしまいますからね。敷地内に私の医院と住居があるだけですよ。あまり期待しないで下さい。」


「ケイティは同じお屋敷に住んでるの?」


「そうよ、1階は助手達の部屋なの。交代でドクターに付くのよ。」




王族の邸や貴族の邸に慣れたルーナからしたらドクターの家は大きな家だ。ルイーズも同じ事を思ったに違いない。だってルイーズはマーカス侯爵夫人だったのだから。


2階のスペースは全てドクターの居住区よ、勝手に入らない事。ドクターは3人いるの。あとの2人は自分の家から通っているわ。

ルーナとルイーズの部屋はケイティの向かい側だった。

狭いがベッドは2つあるし机も扉のついた大きな棚もある。


「窓が二重になってる。」

「よく気付いたわね、だから窓辺でも暖かいでしょう?食事をしながら皆んなに紹介するわ。仕事の説明もするわね。ルーナは学校の手続きをしたいけれど冬に通うのは大変なのよ。自分で勉強出来る?」


ケイティは話しながら運んできた寝具をベッドに広げていく。ルーナはそれを手伝いながら出来ると短い返事をした。


「暫く働けばお給料が貰えるそうよ、そうしたらルーナの服を買いましょう。」


質は良いが所々縮めて装飾を外したドレスは普段着には向いていない。

だがこれしか冬物はない。


無理矢理連れ出したのはルーナなのに高齢のルイーズにだけ働かせるのは心が痛む。

ルイーズに言えば高齢とは失礼なと怒りそうだが暖かい靴下やブーツも欲しい。

夜も毛布がもっと欲しくなるだろう。


(私も何か稼げないかな。)


本棚で見つけた本はシリウスのお気に入りの冒険記だった。

考えない様にしていたがこれを見つけたら泣くしかない。


(本当にもう会えないのかな。会いに来て、シリウス。いつか行ってみたいねって話した国に来たよ。私は此処にいるよ。)


「妖精さん、聖獣達、シリウスに伝えてよ。待ってるって。」


船では偶に姿を現した聖獣は呼んでも来てくれない。ぼんやり見えていた妖精も見えなくなった。


「まだ願いを言えるならーー シリウスの幸せを願います。シリウスが幸せになります様に。きっと私とじゃないとシリウスは幸せになれないわ。私は自分の幸せは祈りません。シリウスが幸せなら私も幸せになれるから。」


冒険記を抱きしめながらルーナは雪の舞う空に向かって祈りを捧げた。

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