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シリウス王子

あと少し

あと少し


ステラは乳を飲まなくなった王子の遊び相手をしながら心の中で呟く。

もう乳母は必要無いはずだ。

世話係に侍女もいる。

この仕事を辞したら夫のいる国に行く。

あと少しの我慢。


ルーナよりひとつ歳上の王子はおっとりした心優しい子供だった。

世話係が絵本を読み聞かせると侍女やステラにも座れと言い皆で穏やかな時間を過ごした。

お菓子を与えれば皆に分け花を摘んではステラに渡す。


あの悪王の子供なのに


淡々と世話をしていた侍女達も段々と王子に優しい目を向ける様になっていく。


ステラは食事の世話をしているが可愛らしい笑顔を向けてくる王子に中々心が開けない。

居なくなったルーナの事を思うと王子に憎しみさえ感じる。

この子に罪はない、けれどルーナは。


夜になり星を見るまで一日中もやもやした気持ちで過ごしているのだ。


(ルーナは生きている。強い星に囲まれた。アクアもリオも。)


夫に会いたい。

娘にも息子にも会いたい。

王子に私は必要ない。



ステラの心と裏腹に王子はステラに懐く。

姿が見えないと不安で探し見つけると走り寄り抱きついた。


ステラはなるべく王子を遠ざけた。

食事が済むとすぐ食器を片付けに行く様にして姿を見せないように気をつけた。


だがある日とうとうステラが居ないと泣いた。

侍女に呼ばれて仕方なく王子の側に座ってあやした。


「シリウス王子、どうされましたか?」

「ステラはこの部屋にいて。」


泣きながら言われては断れない。

侍女達のお喋りの中で過ごす王子はよく話す様になっていた。


「シリウス王子は明日から他の王子達と学ぶ事になったんですよ。だから少しナーバスになっているのでしょう。」


ステラはチャンスだと思った。


「あの、私の仕事はもう必要ないのでは?王子様は教育係からマナーを教わっていますし乳も飲まなくなりました。私はこのお仕事を辞めようと思います。」


「待って、ステラ。シリウス王子は貴方にとても懐いているの。貴方を母のように思っているわ。まだ王子は3歳なの、国王様はお会いにならないし母親もいない。もう少し側に居て差し上げて?」


まだ3歳。

居なくなったルーナは?あの子はまだ乳が必要だった。

私から取り上げた癖に。

あれから1年が過ぎた。

この手で抱きしめる事もキスをする事もなく何処にいるかさえ解らない。

それなのに大人に囲まれたこの王子の為にまだ我慢しろと言うの?


「でしたら約束してくださいませんか。あと1年お側におります。その後は辞めさせてください。」


この会話はまだ3歳の王子に理解出来るはずはない。

だが王子は声をあげて泣き出した。


「ステラはいなくならないで」

「ずっと側にいて」


王子はステラに抱きつき泣いている。


「王子様、もう少しお側にいます。」


抱きしめ返す事も優しく諭す事も出来ずに仕方なくあと少しだけ居るとだけ伝えた。

意味はわかっているのだろうか。


いつも無関心で表情の薄いステラの何処が気に入ったのか。

他の侍女のが格段に優しいはず。

ルイーズの魔法でぼんやりした地味な容姿は皆同じなのに。


「寂しいのよ、父も母もいないんだもの。乳を与えた貴方を母親だと思うのは仕方ないわね。」

「あと1年、約束して下さい。」

「私達ではどうにも出来ないわ、王子が納得するならいいかもね。」

「では国王様はご自分の子供達をどう思ってらっしゃるのかしら?」

「わからないわ。ただ今は新しいお妃様に夢中だそうよ。お妃様が他の妃を全て後宮から追い出したみたい。」

「子供達は?一緒に追い出されたの?」

「母親がいない子だけ残ったみたいね。あとは相続権を放棄させて王族から抜けたって聞いたわ。」

「残った子供は何処に?」

「シリウス王子と同じよ。私達みたいな侍女や教育係が付いて王宮内に部屋が与えられてる。まあ本邸じゃなくて別邸だけど。その子供を集めて昼間はお勉強させるって。」


ステラはその話を聞いてあと少し我慢しようと思った。

他の子供達と過ごせば寂しさはすぐ消えるだろうと考えた。


どのくらいの数の子供がいるのだろうか。

子の数と殺された母親の数は同じだろう。


ステラは祈った。

引き離されてもまだ生きている。

皆が無事でまた会えますように。


泣き止んだ王子の涙をそっとハンカチで拭う。

少し丸みの取れた頬を優しく摘んでやるとにっこり笑ってステラに抱きついた。

「ステラだいすき」


ステラは複雑な気持ちを上手に隠して王子の頭をそっと撫でた。


可哀想な子供


そう思うと優しく出来そうな気がする。

これは仕事なんだと。

割り切ろう、辞められる日がきっと来る。


ステラの気持ちも知らずにシリウス王子は愛情を欲しがる様になった。

昼間は他の子供達と過ごしているからか部屋に帰ってくると前より甘える様になった気がする。


「ステラ、おやつを食べよう。」

「ステラ、夕食はお前も一緒に食べるのだ。」

「寝るまで本を読んでくれ。」


王子が眠るとステラの仕事は終わる。

王子の部屋から離れた侍女用の狭い部屋に戻る途中に湯浴みを済ませて夜空を見上げる。

終わりの見えないこの生活を思うと涙が出てくる。

部屋に戻り眠っていると時々夜泣きをした王子に呼ばれた。

泣き止み寝付くまで側に座るか隣で横になる。

ステラの寝不足が続いた時に王子は言った。


「ステラは近くの部屋に移れ。」


近くても遠くても寝不足になるのは変わらない。

いくら賢い王子でもその事に気づかなかった。


(子供達みんな義兄弟なんだから一緒に暮らせばいいのに。そしたら辞められるはずだわ。あと少し、あと少しよ)



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