ルーナの気持ち
まるで昨日も一昨日も一緒だったかのように2人は感動の再会をするわけでもなく普通に挨拶を交わす。
「よっ」
「うっす」
「母様がお菓子を焼いてくれてるはず。」
「はずって何だよ。裏から行こう。」
感動の再会を見たかったリオはがっかりだ。
「シリウス、ジョイ、俺たちの分も宜しくな。園庭にいるから。」
同時に振り向いた2人はにこりともせず分かりましたと返事をすると邸の裏側に向かって歩いて行った。
「会いたかったよのハグもしませんねえ。恋心が芽生える前だったのでしょうか。」
ラインハルトも何かを期待していたようだ。
「俺たちが見ているからじゃないか?だが芽生えても困るな。カーティスの側妃なのだから。」
「シリウスも産まれがなあ。唯の貴族であれば引く手数多だろうに。」
「リオはシリウス君を推しますねえ。確かにジョイと並ぶとお似合いです。」
暫くすると2人はメイドと共に園庭にやって来た。
メイドは慣れた手付きで素早くテーブルをセットし菓子や茶を並べると去って行った。
陛下に側近、リオとラインハルトは椅子に座り菓子を皿に取り始めた。
庭なのでマナーなどない。
「ナッツ入りが美味いな。リオ、クリームを取ってくれ。」
「砂糖は入れますか?」
「あれ、あの2人は?」
「すぐそこに居ますよ。」
結界を張れるアベルが指を指す。
大きな木の下に2人は裸足で足を投げ出し寛いでいる。
柔らかい日差しの中で並ぶ2人は確かに似合いだと皆思う。
シリウスがジョイのサンドイッチのトマトを食べた。
ジョイはハンカチをシリウスに渡す。
「この葉っぱ食べてくれよ。」
「葉っぱじゃなくてキュウリ。せっかく母様が小さく刻んでくれたのに。」
「キュウリ栄養ないだろ?俺スイカも嫌い。」
「スイカと言えばさあ」
会話が思い出話に変わると2人は子供らしく声を上げて笑い合う。
見られているのは気付いていないのか気にしないのか分からないが兎に角楽しそうだ。
「ジョイが笑ったの初めて見たな。」
陛下がポツリと呟いた。
「余程楽しいのでしょう。学校でもあそこまで笑っているのは見た事がありません。」
「婚約解消して差し上げては?」
「いっそシリウスも引き入れてしまえばいいのでは?陛下が欲しいのはジョイなのですよね?」
陛下はジョイよりも聖獣が欲しい。
国に安寧の為に必要なのだ。
聖獣を味方に付けるジョイを手に入れたはずだが何故ついてこない。
ジョイの他に聖なる力を持つ者がいるのだろうか。
「リオ、シリウスにどこまで話した?」
「何も。ジョイを交えて話してはどうかと。」
「アイザックの事もか。」
「はい。ジョイが側にいる今が1番良いのではないですか。」
巻き込んでもいいだろうか。
涙を流すほど笑う2人に暗く辛い話はきつかろう。
だがこの先ルイーズが現れる。
部外者では居られない。
「シリウス、ジョイこちらに座ってくれ。陛下からお話がある。」
医師であるジェイムズが2人を呼ぶ。
「察しは付くか?」
「いいえ、全く。」
「わかりません。」
「少々ハードな話をする。辛いかも知れんが知っておいて欲しいと思ったのだ。シリウスの出自の話だからな。」
シリウスは眼を見開いて驚いている。
逆にルーナは全くの無表情だった。
陛下はこの国に起こっている事を順に話す。
国王に仕立て上げられたニコラスが薬で操られていた事。
本当の現国王は騙され幽閉された振りをしていた事。
王弟殿下と2人の息子もルイーズと繋がっていた事。
ニコラスは執務だけを押し付けられていたが薬の過剰摂取により危なかった事。
ニコラスの最後の妃ニコルはルイーズの実の娘でずっとニコラスを守って来た事。
そのニコルからの衝撃的な告白。
ニコラスの子供は1人も存在しない事。
多くの子供達の父親は王弟殿下と息子のガブリエル、アイザックだった事を。
「我々はルイーズを捉えに来たのだ。ジョイ、其方の聖獣殿に協力を仰ぎたかったのだがな。」
「何故私が協力を?」
「其方の産まれた国を救わねばならん。」
「聖獣がですか?」
「まずは魔獣を倒さねばルイーズに手出しが出来ぬ。其方に協力をして貰いたく呼んだのだ。」
先程までふざけていた陛下は威厳を取り戻し圧倒的なオーラを放ちルーナを見据えた。
アベルとジェイムズは陛下の後ろに立つ。
大柄な3人は威圧感が漂う。
陛下の願いは頼みではない。命令だ。
ラインハルトもリオも片膝を付いて頭を下げている。
ルーナは決して怯まない。
どんなに陛下が威厳を取り戻そうとも。
「シリウスが危険なら聖獣は動いてくれます。」
「何故シリウス限定なのだ。」
「私がそう願ったからです。」
「シリウスだけか、何故だ。」
「私が大切なのはシリウスだけだからです。」
シリウスはルーナを見ない。
真っ直ぐ陛下を見ている。
「シリウスはそれを知っているのか?」
「いいえ、ただピンチの時には聖獣に強く願えと言われました。きっと助けに行くからと。」
「ジョイ、もう一度聞く。何故シリウスだけなのだ。聖獣殿はシリウスしか助けぬのか。」
「この国を守るかどうかは聞いてみないとわかりません。私が頼んだのはシリウスの事だけです。」
「他はどうなってもいいか。」
陛下の低い声は少しだけ震えているようだった。
ルーナは他の事など考えた事もない。
「シリウス以外の事を考えた事はありません。私はまだ12歳ですが物心ついてから今まで全て言われた事に従って来ました。その中でシリウスだけは私に寄り添ってくれましたから。ですからシリウスの為だけにお願いするのは当然だと思っています。」
あまりの真っ直ぐな目線と物怖じしない態度に皆は背筋が寒くなる。
不敬だと切られてもしょうがない。
「ジョイ、陛下に対しての態度ではありませんね。」
案の定アベルとジェイムズは剣を抜く。
「ではその剣で私を切ったら宜しいのでは?」
全く怯まないルーナを庇う様にシリウスは椅子から立ち上がり肩に手を掛けた。
陛下はやはり声を振るわせルーナに問うた。
「そこまでしてシリウスだけを守るのか。切られても構わぬと言うのか。」
「はい。シリウスに会えましたしこの世に未練はありません。生きていても思い通りになる事などひとつもありませんし、あちこちに養女に出され結婚して子を産むだけなら死んでいるのと大差はないでしょう?私に利用価値などありませんのにその手を汚したいのであればお好きにどうぞ。切り捨てた遺体は獣にでも与えてください。最後くらいは何かの役に立ちますわね。」
これだけルーナに想われてもシリウスは何も言わなかった。
ただルーナの肩を抱き陛下を見ている。
「シリウス、お前から何か言う事はないか。ジョイを庇えるのはお前だけだぞ。」
陛下は溜息混じりに言う。
シリウスもまた小さな溜息を吐くとルーナのつむじに小さくキスをした。
「陛下、私もジョイに会えましたのでこの世に未練はありません。願わくば一緒に切り捨てて貰えると有り難いです。」
陛下はアベルとジェイムズの剣を下げさせた。
「ジョイ、この国をルイーズに支配される訳にはいかぬ。改めて其方に頼みたい。ルイーズは闇魔法で魔獣を操る。聖獣殿に頼んではくれぬか。」
「陛下、私はこの国も大国もどうなろうが構わないのです。夢も希望もなく死んだ様に生きて来ましたから。ですがシリウスが望むなら聖獣に頼みましょう。」
「シリウス。」
陛下に呼ばれたシリウスは背後からルーナをぎゅっと抱きしめた。
「少し考えても良いですか?このままジョイと死んでもいいかなと思いましたが2人で話したいと思います。」
陛下から許しが出た2人は手を繋ぎ園庭から出て行く。
立ち去る時に菓子が入ったままの籠を持ったルーナは皆に軽く頭を下げて行った。
淡く輝く髪は威厳に満ちた彼女にぴったりだった。
茶は冷め焼きたてだった菓子にも誰も手を付けないだろう。
「この場で菓子を持って行く度胸は凄いですね。ジョイに取ってはその程度の話なのかな。学校で仲良くしている友達よりもシリウスなのですねえ。」
「どんな育ち方をすればああなるんだ。裕福な貴族の教育はあんなものか!」
リオは眼に涙を溜めながら実の妹を想う。1年しか一緒に居られなかったが覚えている。
いつも笑顔できゃっきゃと笑う姿を。
リオとアクアに挟まれて幸せそうに寝る姿を。
あのまま育っていればああはならないはず。
リオは悔しくて仕方がない。
(シリウスは両親が居なくても真っ直ぐ育ったのに。)




