シリウスの思い出
「ジョイから手紙が届いていませんか?」
何度聞いただろう。
大国に行ってから1度も返信はない。
王子の婚約者として行ったのだから破棄されているかも知れないよ。
そんな懐の狭い事をするだろうか。
シリウスはなんとなく疑っている。
学校での勉強も順調で友人達と過ごすのも楽しいがこの王弟宮の庭に来るとどうしても思い出してしまう。
寂しく過ごしているのではないか、辛くあたられては居ないだろうか、人見知りで人付き合いも苦手なルーナへの心配は尽きない。
ウロウロしているうちにあまり来たことのない庭まで来てしまった。
1番隅のベンチに横たわり目を閉じた。
虫の声がする。
ルーナは虫が嫌いだ。名前も知らない虫が服に付いた時は普段出すことのない大声を出した。
「おっきい声でるんだな。」
「早く取って。」
「お前カマキリ平気だったろ?」
「カマキリは単色だから。これは色が多すぎるし点々の柄が嫌。足は6本までは許す。触角が長いのも無理。」
「めっちゃしゃべるじゃん。あ、踏み潰すなよ。可哀想だろ。」
あの後命の大切さを教えたっけ。
思い出しながら笑みが漏れる。
話し声が聞こえて来たのでベンチから去ろうとそっと起き上がるがその人物に驚いて固まってしまった。
シリウスのベンチは木の影になっていたので向こうからは見えないのだろう。
少し離れたベンチに座ったのは父上だった。
ゆっくりとした動作で座り杖を立て掛ける。
付き添いの女性は多分最後の妃だ。
あの妃が侍る様になり父上は見境なく妻を娶る事はしなくなったと聞く。
あのガリガリに痩せた老人の様な男が本当に父上なのか?
見間違いかも知れない。
「殿下、足は大丈夫ですか?今日は少し遠くまで来れましたね。周りには誰も居ない様です。お寛ぎくださいな。」
小さく返事をした父上は大きな溜息を吐いた。
(目が見えていない?)
「此処は?」
「王弟宮です。今日からこちらでお世話になります。私も一緒ですのでご安心ください。」
「最後の仕上げか。あと何日生かせて貰えるのか。」
「いいえ、殿下。諦めてはなりません。その為に私がいるのですから。」
絶対聞いてはいけない話だと思った。
見つからないようにしなくては。
「ああ、目が見えて来た。薬の効き目が悪くなっているのだな。」
「あちらも油断しています。散歩の度に飲まされていますから身体が薬に慣れてしまったのでしょう。」
「いっそ殺してくれればいいものを。」
「公務をしたくないのです。ですから殿下を手放さないと仰っておりました。私にも釘を刺して来るのです。」
「そうか、だが薬のせいで食欲がない。餓死が先かも知れん。」
「大国の国王様が気付いた様子でした。もう少し頑張りましょう、殿下。」
父上は大きく腕を上げて身体を伸ばす。
「ではもう少し騙されているとするか。それまで生きていられるかわからんが。」
「悪は必ず滅ぶと信じましょう。」
暫く2人は何も話さずにぼんやりしていた。
やがて杖を手にするとゆっくり立ち上がり足を引き摺る様にして庭を後にした。
シリウスはまたゆっくり横になる。
(情報量が多すぎてわからん。)
ルーナと一緒に聞いていたならば冷たい声で言うだろう。
(何人も殺したお前は頑張る資格ないからな)
時々口が悪くなる。
そんな時の低い声が好きだ。
けれど正義感が強いのも知っている。
興味ない顔をしているが悪を許せないのだ。
父上を蔑むあの深い青い瞳。
「会いたいな。」
声に出したのがまずかった。
会いたくて胸が苦しくなる。
取られる前に自分の婚約者にしてしまえばよかった。
近すぎて遅すぎたのだ。
芽生えた気持ちを掻き毟る様にシリウスは父上に薬を盛っている者を探し始めた。
公務を丸投げして楽している者。
王弟殿下、ガブリエル様、アイザック様。
重鎮たち。
あれから何度か庭に行ってみた。
此処に座っていた。
シリウスが居たのは木の後ろのベンチ。
「ここから全く見えない訳ではないな。」
同じ様なトーンで声に出してみる。
(あんな物騒な話をこんな大声で話すなんて馬鹿なのか。見つかれば即殺されてしまうぞ。)
シリウスに聞こえるように話していたのだろうか。
あの場にいるのを知っていて話したとしたらーーー
(疑えと言いたいのか。)
怪しいと疑い出せばキリがない。
王族など隠し事だらけだ。
歪んだ性癖のアイザック様などその代表ではないか。
(幼い頃は何も考えずにすんだ。侍女達に世話して貰ったころが1番幸せだったかも知れん。)
シリウスはふとあの育った別邸に行ってみたくなった。
何度か父上が来たとは聞いたが自分は会った記憶はない。
ガブリエル様に頼んでみよう。
「何しに行くんだ?叔父上の後宮は今では廃虚になっているぞ。」
「あの別邸の何処かに宝物を埋めたのを思い出したのです。くだらない物だとは承知しておりますが探したいと思いまして。」
「ははっ。俺も埋めた事があったなあ。あまり時間をかけるなよ。少しくらいなら行ってもいいぞ。」
「ありがとうございます。明日学校の帰りに寄ります。」
「御者にも手伝ってもらうと良い。何が埋まっていたか見せてくれ。」
「わかりました。では。」
翌日シリウスは制服のままで懐かしい別邸に来ていた。
小さな町の様に同じ様な建物が点在している。
妃とその子供達が住む別邸だ。
何棟あるかはわからない。
殺された妃の噂も絶えない場所なので従者は手伝うのを嫌がって馬車から降りてこない。
シリウスは1人で中に入った。
荒れてはいるが少し直せばまだ住めそうだ。
広い居間、庭に面したサンルーム、小さな食堂。2階には自室と侍女のベッドルームがある。
だがまずは下からだ。
食堂の奥は侍女しか行かないキッチン、更に奥には侍女頭の部屋があった。
シリウスは迷わず侍女頭の部屋へ向かう。
「ルイーズ。何を書いているのだ?」
「また新しいお妃様が入るのです。お名前やご実家の事など覚えて置くと贈り物をする時やお話する時に都合が良いのです。」
「書かねばならぬ程大勢いるのか?」
「そうですよ、シリウス様にはご兄弟が大勢いらっしゃるでしょう?」
この部屋に入った事はあると思う。
かくれんぼした時に入って叱られたはずだ。
扉を開けると大きな机に向かう。
引き出しにはノートが何冊も残されていた。
シリウスの好物を書いたレシピやシリウスの描いた絵、成長日記も出て来た。
殆どが絵の描かれたノートだった。
(ああこれだ。)
大事な内容なはずなのにレシピや絵のノートと同じ物を使って書かれていた。
5人の侍女について纏められた書類は随分と立派な表紙が付いていたはずだ。
(書類は見当たらないな。回収されたか。これは見落とされたな。)
シリウスは指先に神経を集中させて机の裏側をなぞった。
木と木の繋ぎ目を見つけそっと開ける。
手紙の束が落ちてきた。
それを拾うと繋ぎ目を合わせて元に戻す。
ノートを数冊と手紙を鞄には入れずにお腹に入れた。ジャケットを着れば膨らみは誤魔化せるだろう。
小さな庭に出るとリスの為に作った不恰好な箱を外した。
その中にあった鍵を手に取り2階の自室に向かった。
(まあまあ良い暮らしをしていたんだな。)
ソファと同じ生地のオットーは座るだけでなく物が入れれる様になっていた。
鍵を使うと中から出て来たのはガラクタだった。
小さな頃は宝物だったが持って帰る程執着はない。
だが幾つか手に取りキッチンに無造作に置いてあった古びた箱に入れた。
「シリウス、宝物はあったのか?」
「残念ながら宝物とは言い難い物でした。ご覧になりますか?」
シリウスは態と踏んで汚した箱を開けてガブリエルに見せた。
「はははっ。子供の宝とはこんなもんだ。他には何もなかったか?」
「私が描いた絵を侍女が残しておりました。10冊程ありましたが全部持って来ました。あとは私の好物のレシピですね。」
「そうか、料理長に渡して作ってもらうと良い。」
「はい。我儘をお聞き入れ下さりありがとうございました。」
「思い出が手に入って良かったな。」
「はい。宝物が出来ました。」
ガブリエルは大きくなったシリウスの頭を撫でた。




