シリウスとの別れ
「は?なんだそれは。誰に聞いた?」
「アイザックまだ知らなかったのか。俺は昨日聞いたんだ。ジョイはカーティス王子の婚約者として大国に行くんだとさ。」
アイザックは素っ裸で立ち上がり怒りで震えている。
丸出しだから服を着て欲しい。
ルイは裸でシーツに包まりながらそれを見ている。
「いつ決まった?ルイは知っていたのか?」
「みんな知ってるよ。お前出掛けてたのか?」
「イェニーの所にずっと居たんだ。昨夜遅くに帰って来たから知らなかった。」
「お前昨日の今日でよく俺とヤレたな。」
アイザックは動揺でルイの話を半分も聞いて居ない様子だった。
「ルイ、お前もう帰れ。俺はお祖父様の所へ行かねばならん。」
「国王に頼んでも無駄だと思うよ。大国からの希望だからな。」
「駄目だ、許さん。ジョイは俺が娶るつもりで育てている。」
「あーあ、イェニー可哀想に。」
ルイはのろのろと服を着て鏡越しにアイザックを見た。
アイザックは皺くちゃの服を着て焦っているのか靴紐が上手く結べない。
先に部屋を出ようとドアを開けるとアイザックが適当なキスをして来た。
「すまん、また来てくれ。」
「気が向いたらな。」
アイザックの部屋から廊下に出ると少し離れた所に少年が立っていた。
此方をじっと見ている。
「見てた?キスしてたのを。」
少年はこくりと小さく頷く。
「アイザックはさ、男も女も愛せるんだよ。知らなかった?愛が人より深いんだ。君も誘われたりしない?まだ早いかな。じゃあな。」
ルイは動揺する事もなくシリウスの頭を撫でて去って行った。
知っている。
色恋の噂は回るのが早く広い。
シリウスの耳にも否応なく入ってくる。
老若男女問わないアイザックはモテるのだと。
ジョイを妾にするつもりだと。
それよりはカーティス王子の婚約者のがまだいいと思った。
まだマシだ。
数分遅れてアイザックが慌ただしく出て来た。
シリウスは今来たばかりのような顔をして頭を軽く下げた。
また頭を撫でられた感触は不快に感じる。
皺くちゃで着崩れた服、寝癖のついた髪、手からは嫌な匂いがした気がする。
早く大人にならなければ。
シリウスはその場を離れた。
カーティスは祖父である国王から婚約の話を聞いた。
もしかしたら魔法の才があるかも知れないと祖父は言う。
顔はうろ覚えだが夜会で見かけたあの気の強い少女らしい。
まだほんの子供のはずだ。
「お祖父様、私には既に婚約者がいます。その娘は妾でも構いませんか?」
「婚姻はまだ先だ。正妃でも側妃でも妾でも構わん。その時が来たら考えればよい。」
「会わせて貰えますか?」
ジョイは正装で連れて来られる。
念入りに磨かれいつもより上等なドレスを着た。
この数日で少し窶れてしまっているがそれがいつもより少し大人びて見える。
ジョイ・バークレーと名乗った少女をカーティスはまじまじと見つめる。
先日見た気の強さはなく儚げで人間なのか疑う程の透明感に驚いた。
カーティスがジョイを気に入ったのは誰の目にも明らかだった。
「私には既に婚約者が居る。だが我が国の王族は側妃を持つ事が許されている。其方もそこに加えよう。」
ジョイは小さな小さな声でかしこまりましたと答えた。
これで婚約は成立した。
もう覆せない。
アイザックは顔に出さない様にカーティスを睨む。
(結婚式前に奪いに行くのも良いな。このまま美しく成長すればの話だが。)
カーティスはジョイの手を取り庭に連れ出した。
婚約者のアクアが見たら魔法で一撃されてしまうだろう。
だが討伐隊は肩透かしのまま先に帰って行った。
「大人しいな、先日の夜会では囲まれて言い返していたではないか。」
「言われたら言い返しますが普段は穏やかに過ごしています。」
「何をして過ごしているのだ?好きな物があれば向こうで用意させよう。」
「特に何も。人と居るのが苦手ですし人見知りで無口なのです。」
「私と居るのは苦痛か?」
「失礼ながら、緊張しますのでどちらかと言えば苦痛です。」
「正直だな、まあ徐々に心を開いてくれれば良い。」
そんな会話をした気がする。
2時間程の長い苦痛から解放されたジョイはバークレー家へ帰って行った。
《どうだ婚約者殿は》
《心を許せそうか?》
「唯の王族だった。絵に描いたような王族。何の苦労もして居ない坊ちゃんだった。」
《苦労をしていたら良いのか?》
「良いか悪いかわからないけど苦労している人は優しいと思う。王族は人の気持ちがわからないから嫌い。」
ジョイは具合が悪そうだった。
自室のベッドの上で聖獣達に抱きついて涙をこらえている。
《我等の悪口を言うくらい元気になれ》
「悪口じゃないもん、本当のことだもの」
《変な子と呼んでもいいから元気になってくれ》
《でないとこの斑点をうつしてやるぞ》
「うつらないわよ、馬鹿ね。嘘、ごめんね。八つ当たりしてごめんなさい。」
ジョイは旅立つ前にシリウスと王弟宮の森にきていた。
ずっと前に涙を流しながら話した場所で今また涙を流している。
「大人になれば利用されずにすむ?」
「わからん。でも早く大人になって自立したい。」
「魔法を使える様になりたい。魔法があれば。」
「ジョイ、魔法を悪用するな。そんな大人にはなっちゃ駄目だ。汚い大人達みたいにはならないでくれ。」
ジョイは目を丸くしてシリウスを見た。
「聖獣と同じ事を言うのね。シリウスの居なくなった侍女の教えなの?」
「そうだな、ステラはいつも悪を憎んでいた。あんな風になるなと教えられた。それは正しいと思う。」
「わかった。いつかまた会おうね。シリウスが結婚しても子供が出来てもずっとずっと好きだよ。シリウスだけが味方だと思ってる。人間の中ではね。」
「俺もジョイだけを信じている。信頼している、これからもずっと。この先の事はわからないけどジョイが大好きなのは変わらない。いつか絶対会おう。」
「うん。この国が嫌になったら会いに来て。私も嫌なら逃げ出すから。」
2人は淡い恋心に気付く事もなく別れなければならなかった。
両親もなく他人に育てられた2人はまた運命の分かれ道に来た。
ルーナは12歳
シリウスは13歳だった。




