また養女に
ガブリエルとアイザックは夕食が済みソファに深く座り向かい合って茶を飲んでいる。
「アイザックは意地が悪いな。ジョイには解らなくともシリウスがショックを受けるぞ。全く誰に似たんだか。あんまり意地が悪いと父上よりも国王の息子と間違われるぞ。
「それだけはやめてくれ。シリウスも幼くて婚姻の事など考えていない。あのメイドが小賢しく色目を使うから仕方ない。」
「孤児院でもジョイは可愛がられていただろう?その内に釣書が届くぞ。」
「阿保にはやらん。シリウスなら考えてもいいな。ジョイの勉強はどうなんだ?」
「キャロラインが他国の言葉も教え始めた。興味があるらしく熱心に学んでいるそうだ。」
「ちょっと戸籍をいじって他国との架け橋に使えるかも知れんな。」
アイザックは合理的な考えをする。
この国の事を大事に思う故なのだが側から見たら少し冷たく感じるのだ。
それを補うようにガブリエルは優しさで溢れていた。
「学校は行かせるのか?貴族でもないのにあの学校は無理だぞ。行けば虐められてしまうだろうな。」
「ジョイはもう自分が捨て子だと知っている。メイドがバラしたからな。今更気にしないんじゃないか?」
「表情が薄いだけだ。傷ついているぞかなり。だから熱心に学び始めたんだ。」
「学んでどうする?」
「学があれば仕事が見つけられる。出て行くつもりだろう。」
あの料理人夫婦には困ったものだ。ジョイが小さな内は猫の子を可愛がるように構っていたが今では食事を与えるくらいだと聞いた。
赤子が欲しかっただけなのか。
ならば最初から断ってくれればいいものを。
ルーナは初めて王弟宮の図書室に足を踏み入れた。
天井まで届く棚は部屋中の壁を埋め尽くし梯子まで付いている。
「あの扉の奥はもっと難しい本があるんだってさ。侍女頭に言えばいつでも来て良いとアイザック様が言っていた。」
ルーナは外国語の本を幾つか出してもらった。
「俺は学校の勉強があるから隣で読むといい。解らない事は聞いてくれ。俺に解るなら教えれるぞ。」
「ありがとうございます。」
キャロラインから借りた他国の絵本の中に妖精のお話があった。その中に出てくる聖獣が少しだけ似ている気がしたのだ。ルーナを育ててくれたあの変な生き物に。
残念ながら言葉がわからずに読めなかった。
絵がなかったら気づかない。
「あの、シリウス様、この本を借りて行ってもいいでしょうか。」
「借りる本のタイトルを書いておいてくれ。アイザック様に渡しておく。」
シリウスはその本を見て驚いた。
「読めるのか?」
「いいえ。でも読みたいのでキャロライン様に辞書をお借りするつもりです。」
「そうか、俺は持っていないな。楽しい話なら教えてくれ。俺も読むぞ。」
ルーナが借りたい本は妖精の絵本に書かれていた言葉と同じ本だ。字も大きく頑張れば読めそうな厚さで難しくはない気がした。
「俺も外国語を学んでいる。話せるようになったら外国へ行くつもりでいる。ジョイも行こう。」
「はい。一生懸命勉強します。」
シリウスは消えた侍女を探したい。
なんとなくこの国にはもう居ないような気がした。
ルーナはキャロラインに辞書の使い方を習った。
だが難しい言葉も多く中々進まない。
シリウスにも手伝ってもらい漸く絵本を読む事が出来た。
「ふうん。面白いな。魔法を使えたら無敵じゃないか。攻めて来られたらすぐやられてしまう。まあ、お話の中だけだろうけどな。」
「妖精もお話の中だけだと思いますか?」
「妖精くらいならいそうだよな。けれど聖獣はいないだろう。ドラゴンや火の鳥なんて神の領域だ。」
ルーナもそう思う。
あの変な生き物はきっと死んだ動物の亡霊なんだと思う事にした。
ちょっと怖い幽霊のお話を読んだばかりなのだ。
(きっと成仏したんだ。漸く天に召された。だから消えた。)
「魔法で滅ぼしてくれないかな。」
シリウスがポツリと呟いた。
「シリウス様は元国王様のお子なのですか?」
「そうだ、話した記憶もないがな。母はいない。生きているかもわからない。俺は侍女と乳母に育てられた。」
「そうですか。私も料理長夫妻に育てて貰いました。今もですけど。私は捨て子だそうです。」
「保護されて生きている事を喜べと乳母が言っていた。生きていれば何とでもなると。そう言ってよく星を眺めていた。」
育った環境の似たシリウスとルーナは少しずつ心を通わせて行く。
悲しみを分け合うように少しずつ。
「キャロラインの絵本なのか?」
「はい。家の図書室にあった物です。私も読めなかったので内容はわかりませんわ。」
「ほお、敵国の言葉を学んでいるとは。」
「やめさせます?」
「いや、何事も学んでおいて損はないからな。何処まで進んでいる?」
「勉強ですか?」
「どちらもだ。」
「食事の作法もダンスも高位貴族と遜色ありません。笑顔を作るのは苦手なようです。勉強の方は外国語が得意ですわね。けれど全て年齢に見合った学力は備えております。」
「流石キャロラインだな。俺の未来の妃に習えるとはジョイは幸運だ。」
「ガブリエル様の妃に上がる日を楽しみにしております。」
ある日突然ルーナは料理長の娘ではなくなった。
平民からバークレー伯爵家の養女になりキャロライン様の義妹になったからだ。
王弟殿下に呼ばれそう告げられた。
「はい。」
ルーナはそう答えるしかない。
ルーナの意思はそこになくいつも突然始まるから。
シリウスとも会えなくなると思うと変な生き物が消えた時のように悲しみで胸が熱くなり胸が痛むが泣くのを我慢した。
ルーカスとジーナに育てて貰った礼を言うとジーナは抱きしめてくれた。
ルーカスは忙しくて世話があまり出来なかった事を謝った。
6歳になったルーナは明らかに料理長夫妻の子と言うには無理があった。
2人に全く似ておらず親子の絆らしきものも見当たらない。
遠い親類の子を預かっていたくらいの距離感だ。
可愛らしいドレスを着せられたルーナは淡い髪も深い青の瞳も輝いて産まれた時から伯爵家のお嬢様と言っても過言ではない程だ。
ドレスを着たルーナをシリウスが見つめる。
「俺が最初のドレスを贈るつもりだったのに。そのドレスはアイザック様が用意したのか?」
「いいえ。バークレー伯爵夫人から頂きました。」
「ふうん。ピンクかあ。俺なら濃いブルーのドレスにするのにな。」
シリウスはちょっとだけ頬を膨らませる。
「シリウス様、同じ学校に通えそうです。学校は制服ですからドレスの色など関係ありません。」
「そうか!良かった!伯爵家なら通えるもんな。学校で会えるなら我慢しよう。時々は此処に顔を見せに来いよ。」
シリウス様もお許しが出たらバークレー伯爵家にいらしてください。」
2人は小指を絡ませて約束をした。




