意地悪なメイドより意地悪なアイザック様
(本って凄い。何でも教えてくれる。)
ルーナは本を読んでいる。毎日毎日とにかく読める本は読んでいる。
解らない言葉は書き留めて置く。
シリウスに後から教えてもらうのだ。
調べ方はまだ難しくてわからなかったから。
きっかけはメイドに言われた一言だった。
「あんた料理長の本当の娘でもないのよ。捨て子なんだから。」
ルーナは傷ついた訳ではない。
なんとなく気付いていたからだ。
父と母はいつも忙しくてかまってくれないし、夜になって部屋に戻って少し話すだけですぐ寝てしまう。
優しく親切だが最近は特に距離を感じていた。
家族とはこんな感じなんだと思っていたが本を読むとどうやら違う事がわかって来た。
父と母は小さな子が好きなだけなんだと思った。
大きくなりあまり話さなくなったルーナに興味はないのだ。
だから本当の娘ではないと言われても納得した。
ルーナが引っかかったのはそれとは別だった。
(捨て子?)
ルーナが思い出すのはあの変な獣だ。
いつだってルーナの側にいてくれたし優しくも厳しくも楽しくもあった。
(わたしの家族。わたしの両親がアレならわたしは何?人間じゃないの?)
会いたくてまた涙が出てきた。
あのルーナにしか見えない変な生き物は何なのだろう。
どの本にもない。
あの言葉はなんだろう。
他の人達もルーナもあんな言葉は使わない。
けれどルーナには伝わっていた。
(もっと勉強がしたい。変な生き物を探す為に本が欲しい。)
「学校へ行きたい?6歳になれば学校に通えるがジョイは貴族ではないからな。街の学校に行く事になるかも知れん。ガブリエル様に聞いておく。」
「ありがとうございます。」
「勉強熱心だな、ノートやペンは足りてるか?俺のをやるぞ。」
「大丈夫です。シリウス様、本が欲しいのです。頂いた本はみんな読んでしまいました。」
「早いな、では図書室に借りに行こう。」
「いえ、私が王弟宮の図書室に入るのは許されないと思います。街の図書館に行きたいのです。場所を教えてくださいませんか。」
本を読む様になってマナーを学ぶルーナは敬語を覚え、自分の立場を理解した。
だからシリウスにも友達みたいな態度を取らなくなった。
シリウスはそれが寂しくて仕方ない。
「大丈夫だ、俺が一緒に行ってやるから。」
「いえ、また叱られてしまいます。」
しまったとルーナは思った。
「誰に叱られた?何をして叱られたのだ?」
「身分を考えろと言われただけです。甘えていた私が悪かったのです。」
シリウスは大きな溜息を吐いた。
「悪いことをしたなら叱られるのは当たり前だ。だがジョイは悪くないだろう?呼びに行くのは俺やアイザック様だ。」
「身分が違います。私をあまり呼び出すとシリウス様にも良くないのではないですか?」
「この屋敷内なら問題ない。何よりお前に学ばせると言ったのはアイザック様だ。」
ルーナはその日図書室には行かなかった。
シリウスは翌日ルーナに読み終えた本を渡した。
「アイザック様から図書室に行く許しを貰えた。気にせず行くといい。1人がいやなら俺が帰るまで待て。街の図書館は遠いから1人で行くのは許さん。危ないからな。読みたい本があるなら教えてくれ、探してやるから。」
「ありがとうございます。頂いた本を読み終えたら行きたいと思います。」
シリウスが学校へ行くとルーナにも講師がやってくる。
貴族の娘でもないのに習う理由が分からないが知識は邪魔にならないと本に書いてあった。
いつ使うのかカーテシーをする自分が可笑しくなり心の中で笑う。
(こんな豪華な食事をいつ食べるの?美味しいから得した気分だけど。もっと違うことを教えて欲しい。)
意外とその機会はすぐ訪れた。
「ジョイはもう字も書けるし読めるのよね?だったら並行して外国語も勉強しましょう。子供の方が色々覚えやすかったりするのよ。絵本があるから置いて行くわね。これ私が子供の頃に使って勉強したの。」
ガブリエル様の学友のキャロライン様は優しくて明るいお姉さんだ。
勉強に飽きた頃にダンスを教えてくれる。綺麗な歌声で美しい歌を歌ってくれたりもする。
ルーナはキャロラインに心を開きかけるが
(どうせ最初だけ。父や母みたいに。)
どうしても素直になれない。
シリウスは数日前ルーナが誰かに叱られた事をガブリエルに話した。
それをガブリエルはアイザックに話す。
アイザックは執事と侍女頭を呼ぶとルーナに対してきつく当たった者を探させた。
少し前に退職した侍女の娘で自分の容姿に自信があるのか気が強く高飛車なところがある。
アイザックに夢中で度々ルーナを構っているのを見て意地悪をしている。
アイザックは侍女頭に注意深く見張れと言い付けた。
その何日かあとにルーナが言い寄られているのを見たのだ。
「捨て子だから義両親からも放置されてんでしょ。ぶらぶらしてるならメイドになれば?本なんか読んでも学校にも行けないんじゃないの?」
この王弟宮でルーナが捨て子だったのは暗黙の了解だ。ルーナ自身が小さくて覚えていないだろうと料理長の娘として皆接して来た。
侍女頭は王弟殿下に抱かれてやってきた日の事を昨日のように覚えている。
暖めてやると可愛い笑顔で抱きついて来た。
こんな形で知らされてどれ程のショックを受けるのか。
侍女頭はすぐさまアイザックの元に走った。
気の強いメイドは解雇されなかった。
アイザックが決めたのだ。
「辞めさせてある事ない事言いふらされるよりは飼い殺しにしてやろう。ジョイにはもっと学ばせろ。料理長が育児を放棄したならその内何処かの貴族の養女にしてやろう。」
そう言う経緯でルーナの学びの時間が増えたのだった。
(お茶に呼ばれる事も増えた。)
ルーナは簡素なドレスを着せられてアイザックとお茶を飲んでいる。
「漸く髪が肩に付いたな。これなら結えるだろう。そろそろドレスを作らせようか。お前がもう少し大きくなったら俺がエスコートしてやるぞ。」
部屋の隅にはメイドが待機していて、その中のひとりはルーナに意地悪をするあのメイドだった。
アイザック様とのお茶の時間は必ず意地悪メイドを立たせて意味深な事を言う。
意地悪をされる事も言われる事もなくなったが居心地は良くない。
ルーナは貴族になりたくないしドレスも欲しくない。
勉強して知識が欲しいだけだ。
「ジョイ、貴族になれば今より勉強が出来るぞ。よくも悪くも世界が広がる。お前も来年から学校だ。どちらの学校に行きたいか考えると良い。」
「はい。」
「それとも俺に嫁ぐか?」
アイザック様はニヤッと笑った。
「嫁ぐ?」
ルーナは知らないふりをした。




