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ミーナ伝記(公爵家物語外伝)  作者: オサ
貴族令嬢
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ミーナ伝記 その4 政略結婚

4 政略結婚


 ハミルトン男爵領が急に発展して理由は、染色業が利益を生み出したからだったが、他領にももちろん染色業は存在していた。一産業が栄えただけであれば、最貧層の男爵領がとりあえず食べられるようになった程度の発展しかしなかっただろうが、2色2系統の染色ができる事によって、他領とは異なる染色技術を発展させる事に成功した事が大きかった。 赤と青の色を混ぜた紫の登場と、糸と布に綺麗な色を乗せる技法によって、他領とは異なる付加価値の高い製品を作る事ができた。


「男爵はこちらにおられますか?」

「ケントさん、王都から帰ってこられたのですね。」

「はい。それで、シスター、男爵は?」

「パパは農地の方へ行ったよ。」

「ああ。ミーナ様、おいででしたか。では、夫人はどちらにおられますか。」

「ママは公民館で文字を教えているよ。」

 礼拝堂と言う名の作業場兼会議室で刺繍をしていたミーナとカトリーヌは、慌てふためいている商人の姿に何か問題が起こったと理解した。

「何があったのですか?」

「いや、その、これは、男爵に最初に報告しなければならない事でして・・・。」

「緊急性のない問題であれば、男爵への報告を優先するべきですね。」

「私のことなの?」

「え。どうして・・・。そうお考えですか?」

「今驚いていたし、私の方をちらちら見ていたから。」

「ミーナに関係する事であれば、男爵に報告するのは当然ですが、ここで話してください。」

「いや、緊急事態ではないのです。」

「それを決めるのは男爵であり、ミーナが関係あると言うのなら、ミーナ自身です。」

 姿形を見れば成長の早い5歳児という認識しか持てないが、彼女と交流を持った大人達は、1人の大人として会話をするべきであると考えるようになっていた。少なくとも、知らない事もしっかりと説明すれば、大人と変わらぬ理解力を示す事を知っていた。

「シスターの言う通りなのですが・・・。分かりました。ミーナ様に婚約の話が出ているのです。」

「婚約ですか。ミーナは6歳ですよ。」

「結婚ではなく、婚約ですから、生まれた瞬間に婚約する貴族もいるとか。」

「どこの家との政略結婚婚姻なの?」

「ミーナ、政略結婚が分かるの?」

「本に書いてあったから、分かるよ。」

「男爵家にある本なのね。政治の本かしら。」

 知識の出元が書物である事はいつもの事で、幼いながらもその知識を理解していることに驚く事も、いつもの事だった。

「どこか遠くの国のお姫さまと英雄の話よ。」

「それは、小説と言って、作られたお話なの。実際にはないのよ。」

「書いてある事は全部、嘘なの?」

「そこに書かれている人は実際にはいないわ。遠くの国というのも存在しない国よ。そこに書かれているお話も本当ではないの。ただ、そこに書かれていた政略結婚と言うのは、実際に起こる事はあるから。ミーナが得た知識の全ては嘘ではないのよ。」

「じゃあ、好きではなくても、家や国のために結婚するって事は本当にあるんだ。」

「そうよ。そういう事は実際にあるみたい。そうよね、ケントさん。」

「あ。はい、王都の貴族は政略結婚する事が多いです。私達商人はそう言った情報を得て、贈り物を売ったりするので、そういう話はたくさん聞きます。」

「それで、どうしてケントさんが、男爵よりも早く、婚約の話を知っているのですか。」

 ハミルトン男爵家に婚約の話が持ち込まれたのは、言うまでもなく染色産業の利益が莫大な物になると考えた他家が、そのお零れをもらおうとしたからだった。しかし、その話がケントを通して男爵家に持ち込まれたのは、男爵領隆盛を彼が一手に握っていると、周囲が思っているからだった。

 肥沃な南部地域の領地を所有しているのに、最貧層領地にしていた男爵家の評価はとても低かった。長い歴史を持っているだけの無能男爵家と周辺からは侮られていた。だから、今回の染色産業の大成功は、商人ケントの実績だと周囲には思われていた。実際に、王都で大商いをこなしているのは彼であり、彼失くして利益を得る事ができなかったのは間違いなかった。

 周辺の貴族達にしてみれば、男爵領を差配して、実際に支配者として君臨しているのは大商人ケントだった。お零れをも貰うためには、彼との交渉が必要であり、逆に言えば、彼さえ取り込めば、男爵領を自由にできると周辺の貴族達は考えていた。

当然のごとく、ケントには様々な商業提携の話が持ちこまれてきたが、男爵領の支配者ではない彼の回答は、男爵様と交渉して欲しいに決まっていた。これが事実ではあったが、男爵自身が成功したとは思えない貴族達は、脳内で様々な物語を作った。一番有名なのは、ケントが若い頃に男爵に助けてもらった事があり、その恩を返すために男爵に功績を捧げているのだと言うものだった。これは、商人本人が否定しても消える事はなかった。

「なるほど、大成功したケントさんが、男爵領を取り仕切っているのだから、ミーナの婚約についても、ケントさんに承諾してもらえれば、それで成立すると考える方がいるという訳ですね。」

「そういう事かと。」

「この成功は男爵家の皆様のお陰なのに。」

「もちろん、私も、その旨を伝えたのですが。」

 話を聞きながら、ニコニコと笑顔を見せ続けるミーナが、無邪気に話を聞いていない事をカトリーヌには理解できた。この才女は、知らない事を知る事を楽しめる人間で、困難に立ち向かう事を労苦と認識しない人間でもあった。

「ミーナ、言っている事は分かった?」

「分かった。政略結婚は男爵領に良い事みたい。でも、ケントさんは問題があると思っているの?」

「あ、はい。お嬢様。婚約を結ぶ事で、両家が共に発展すると言うのは、基本的には良い事なのですが。」

「何かあるなら、きちんと話をしてくれないと。ミーナは政略結婚を理解しているようだから。きちんと説明してください。言いにくい事であっても。そもそも、婚約を申し込んできたのは、どちらの家で、どなたなの?」

「ソディ―子爵家の次男シリス様です。」

「南隣の子爵様の次男・・・。え、10年以上前に誕生された事を聞いたと思うけど。年齢は?」

「18歳の方です・・・・・・。」

「18歳って、貴族の事を全然知らないのだけど。こんなに年が離れているのは、普通の事なの?」

「結婚するというのであれば、10歳以上の年齢差がある話も聞きますが、婚約ではほとんど聞きません。正式な結婚まで10年以上も待つような事は、王家や公爵家のような上流の貴族での政略結婚ではあるのですが。」

 商人はシスターと令嬢を交互に見ながら、2人の言葉を待った。事情を理解し始めているセーラが、ケントにより詳しい事を質問し始めた。

「子爵家はうちの染色産業を奪うつもりということ?」

「おそらくそうだと思います。婚姻で結びつきを強めると言うのであれば20歳の長男の子供に2歳の男子がいます。その子との婚約を結ぶのが定石です。」

「子爵家の後ろ盾は誰なの?」

「後ろ盾ですか?」

 何度も驚かされても、その度に驚いてしまう商人は、政治情勢にまで考えが及ぶ幼女に恐ろしささえ感じた。

「子爵は、男爵の1つ上だから。そんなに無理はできないと思うから。」

「あ・・・。はい。後ろ盾になっているのはケネット侯爵家です。」

 後ろ盾の名前の大きさにシスターが驚いた。オズボーン公爵家に次ぐと評判の侯爵家勢力については、田舎町の修道女にも聞こえていた。

「ケネット侯爵家と言えば、オズボーン公爵家に次ぐ実力を持っていると聞いたことがあるわ。」

「そのケネット侯爵家が今、王都に限らず、各地の貴族を派閥に取り組むために動いていて、自分の味方になった貴族の後ろ盾になって、どんどん、小さな貴族達を派閥に取り込もうとしています。」

「すでに権力もお金も持っているのに、何を求めているの?」

「それは私には分かりません。お嬢様。ただ、そういう動きが各地であるのは事実です。」

 困っている大人2人を相手にミーナはニコニコしながら、本で学んだように様々な事を考えてみた。爵位による力関係も考えなければならなかったし、派閥の拡大を狙っているケネット侯爵家がどこまで手を出してくるかも考えなければならなかった。乗っ取ると言っても、わざわざ婚約を持ち出してきているのだから、今日明日にどうにかするつもりがない事は確定していた。

「パパとママに相談しないと決められないけど。返事をするのを待ってもらえばいいと思う。まだ6歳だから早いって言えば、返事を引き延ばしてもいいと思う。」

 ミーナが提案したように、娘には婚約はまだ早いから、返事は待って欲しいが、前向きに考えてはいるとの回答を男爵家として出す事にした。


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