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ミーナ伝記(公爵家物語外伝)  作者: オサ
貴族令嬢
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ミーナ伝記 その2 取引

2 取引


 レヤード伯爵に支援を要請したハミルトン男爵が手に入れたのは、1つのアイデアと商人とのつながりだった。

 小さな男爵領ではあったが、南部地域の特性とも言える肥沃な土地から生み出される穀物は良質なものであった。この穀物を北部の他領や王都に持ち込む事で、かなりの利益を得る事ができる情報は、男爵領の窮地を救ってくれるものだった。そして、実際に男爵領に商人が訪れた。

「旦那様。ここって、教会の礼拝堂ですよね。」

「そうだ、モス。」

「ハミルトン男爵様と商談をするのですよね。どうして、こんな所に?」

「交渉するのは男爵夫人とだ。」

「夫人がどうして教会に?」

「昨年の流行病で孤児が増えたみたいでな。その手伝いに夫人が教会で寝泊まりしているらしい。」

「では、男爵様は不在なのですか?」

「朝から農家の手伝いだそうだ。収穫期だからな。人出不足だそうだ。」

「そこの隅にいる子も孤児ですよね。」

「だろうな。」

「外で遊んでいた子達も、孤児ですよね。」

「そうだろうな。で、何が言いたい。」

「今から、男爵夫人と取引値段の交渉をするんですよね。」

「当り前の事を。」

「子供達を憐れんで、取引額を引き上げたりしませんよね。」

「交渉次第だが。お前はどのくらいが良いと思う?」

「1袋3枚かと思います。王都まで持ち込めば1袋10枚で売れるだろうから。1袋5枚までは交渉の余地はあると思います。」

「少しは見えるようになったな。」 

 商人ケントは若いころより故郷を飛び出して、商人の道を進んだが、34歳の今までに大成功を手にしたことはなかった。資金援助をしてくれた大商人の傘下にいて、小さな販売網を任されている底辺側に近い商人だった。独自の品物を扱う事ができるようになれば、独立する事ができるようになると考えて、男爵領の穀物に狙いを定めていた。

「遅れてすまない。」

「そのような事はありません。男爵夫人。お時間を頂き、感謝いたします。」

「応接間も子供達の寝床になっているから、話し合いには使えない。すまないが、そこに腰かけてくれ。」

「失礼いたします。」

 青髪青目の男爵夫人は背が高く、凛々しく整った顔立ちだった。王都で騎士の道を歩もうとしていたため、優しい笑顔ではなく、相手を威嚇するような笑顔を見せる事ができる夫人だった。そして、今回の交渉では強気に見せる方が有利になると考えていた。昔の自分を取り戻していた。

「早速だが、1袋いくらで買ってくれるのだ。」

「1袋銀貨2枚を考えております。」

「2枚か。相場を知らないから、高いか安いのかが分からないな。」

「穀物があまり取れない領土であれば、5枚で売れると思います。」

「3枚では。」

「男爵夫人、我々にも儲けが必要ですし、輸送は全てこちら持ちです。次に来るときには、要望の品などをお持ちします。何とか2枚で取引して頂けませんか。」

「2枚半でどうにかならないか。」

 礼拝堂の隅の椅子に腰かけていた幼女が、一冊の本を胸に抱えながら走ってきた。赤髪赤目のミーナが母親に笑顔を見せた。

「ママ。」

「ミーナ、何かありましたか?」

「おじさん達とお話をしたいの。」

「大切なお話があるから、後で頼みましょうね。」

「今がいいの。」

「どうしたの?」

「小麦の価格の話をしたいの。」

「今の話が聞こえていたのね。興味があるのは分かるけど、今は大切なお話をしているの。後で話をしてもらいましょうね。」

娘に見せる柔らかい笑顔に、商人達も安堵の表情を浮かべた。

「ん、すまなかった。最近、娘が数字に興味を持つようになっていて。」

 商人と従業員は、男爵夫人が見せる娘への表情も、幼女の笑顔も微笑ましいものだと感じて和んでいた。

「今、お話をしたいの。今だとダメ?」

「大切なお話が終わってからね。」

「男爵夫人、少しぐらい、お嬢様とお話をさせてもらってもよろしいでしょうか。」

「そういうなら。で、ミーナはどんな話をしたいの?」

「1袋5枚で取引をしてほしいとの話をしたいの。」

 4歳の幼女がしたい話とは、商談そのものであって、楽しい数字の話ではなかった。領民の生活がかかった商談に割り込んできた幼女の意図が読み切れない3人の大人は、どんな表情をすればよいのかが分からないまま、しばし固まっていた。

「5枚って。ミーナ、私達の話が聞こえたのね。」

「うん、さっきのおじさんとお兄さんの話も聞こえたの。王都に持っていけば、10枚で売れるから、5枚でも取り引きできるって。」

「あ。」

 若い従業員モスが反応した上に、自身も驚いた表情を見せてしまったために、商人ケントは誤魔化す事ができない状況に追い込まれた。

「商人が利益を求めているのは理解している。無知な私が悪いのは分かっている。だが、レヤード伯爵が繋いでくれた絆に対して、不誠実過ぎるのは看過できない。」

 困窮していて、お金がないとしても、伝統ある男爵家の夫人の方が、商人達よりも上の立場にいた。その彼女への侮辱は貴族社会への反逆とまではいかないが、名門レヤード伯爵家の顔に泥を塗る行為に等しかった。

「男爵夫人、申し訳ありませんでした。利益を求めるあまり、不誠実な提案をいたしました。お許してください。つきましては、1袋。」

「おじさん待って!」

「・・・・・・。」

「ママ。おじさん達がここに来なくなったら、皆が困るんだよね。」

「ええ。そうよ。」

「じゃあ、1袋3枚で買ってもらうでもいい?」

「・・・・・・。」

 義母である男爵夫人は、娘が1袋銀貨3枚という値段の意味を知っていることに驚いていた。充分な利益が出せる価格ではなかったが、領民の生活を成立させるには十分の金額であった。それを、どこかで聞いて、4歳の娘がその意味を理解していることに驚いた。

「王都では10枚だけど、もう少し近い所では5枚と言うのは嘘ではないと思うの。おじさん、そうだよね。」

「あ、はい。王都にある農地では、王都民の食料を賄う事はできないので、良質な穀物は高く売れます。ただ、その周辺の農地がある領地では、10枚では売れません。5枚を下回る事はありませんが、6枚で売るのは難しいです。」

「レヤード伯爵が差し伸べてくれた手を、私達の方から拒否する事は無いわ。でも、領民の事も考えなければならないのよ。ミーナは、それが分かっているの?」

「うん。分かっているよ、ママ。1袋3枚で取り引きする代わりに、別のものを買ってもらいたいの。」

「本を売るの?」

「違うよ。この本も、どの本も大切だから、売ったりはしないの。外の倉庫にある物を売るの。」

「倉庫って、薪置き小屋の事?」

「そうだよ、ママ。一緒に来て。ね。」

 幼女に連れてこられた3人は、薪置き小屋の中にあった木の実と樹皮が何であるかを幼女に質問した。

「染料に使うんだよ。布に色を付けるの。パルカの実はこのまま潰して種と皮を取った液に1日付けておくと、赤色に染まるの。ケスタントの樹皮は、鍋で煮るの。その液に布を2日付けておくと、藍色に染まるの。」

「ミーナ、どうして、こんな事を知っているの?」

「おうちにある本に書いてあったよ。」

「どの本に?」

「ガスパー先生の教え。」

「ガスパー先生って、誰の事?」

「分からない。表紙にそう書いてあった。」

「他には何が書いてあった?」

「食べる事ができる草とか、木の実とかが書いてあったけど。近くの林の中には無かったの。皆にも手伝ってもらったけど、見つからなかったの。だけど、この2つは布を綺麗にできるって書いてあったの。」

 100年を超える歴史をもった男爵邸には、歴代の当主が趣味で集めた様々な書籍があった。ミーナは幼いながらも字を覚えるのが速く、男爵夫妻は賢い娘に喜んで字を教えて、本を読ませていた。外で仕事をするようになった2人を見送った後、ミーナは書斎で本を読み続けていた。絵がある本を選んで読んで行く中で、植物の絵が豊富な本を手にして、ミーナはそれを夢中になって読み尽していた。

「男爵夫人、ミーナ様とお話をしてもよろしいでしょうか。」

「いいわよ。」

「ミーナ様は、私達にこれを売りたいのですか?」

「違うの。白い布を買って来て欲しいの。そして、ここで染めるの。おじさんには染めた布を売りたいの。布はベナールの町でいいのを安く買えるって、旅人に聞いたから、そこで買ってきて欲しいの。」

 ニコニコと笑顔でいる幼女は5歳に満たないと商人は聞いていたが、話している内容は熟練の商人と同じレベルのものだった。字を習うのが早く、理解力が優れている貴族の子供達を何人か見た事はあるが、利益を出す仕組みを語る幼女を、ケントは見た事が無かった。

「ミーナ様、もし、布が綺麗に染まるのでしたら、利益が出るのは間違いありません。」

「綺麗だと思うの。ちょっと待って、あ。見せる前に、約束して欲しい事があるの。」

「何でございましょうか。」

「綺麗だったら、契約書を書いて欲しいの。パルカとケスタントの事は秘密にして欲しいから。」

「もちろんでございます。3日ぐらい待てばよろしいでしょうか?」

「もうあるよ。ハンカチを染めてあるの。本に書いてあった通りにしたらできたの。待ってて、ここにあるから。」

 綺麗に染まった紅色と藍色のハンカチを手にしたケントとモスは、幼女がもたらした機会を手にすると同時に、ハルミトン男爵領の発展に貢献する事になった。


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