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最終話:その日



 グロリアがヴィクトールの邸を訪れたのと同日の夕刻。


 アルボルト帝国、第一皇女クラベル・イグレシアスの私室。


「ラーヴァンド王国、ヴィクトール・フォーレ王太子殿下。並びに従者の方。お待ちしておりました」


 華やかなソファに腰をかけたクラベル・イグレシアス。


 その横に立つ、侍女が、目の前に立つヴィクトール・フォーレとその従者マティス・ブランに向けて声をかけた。


「イグレシアス殿下、速達の手紙にあった、大切な用とは何でしょうか」


「単刀直入に申し上げますわ。ヴィクトール様、私と婚姻を結んでいただきたいの」


 NOという返事は待っていない、と言うように、自信ありげに婚姻を申し込んだクラベル・イグレシアスの言葉に、ヴィクトールの後ろに立っていたマティスが絶句する。


「失礼ながら、イグレシアス殿下は婚約者がいると聞き及んでいますが、なぜ、いきなりそのようなことを?」

 

 つとめて冷静に、ヴィクトールがそう問い返す。


「昨年、この国で行われた会談で、ヴィクトール様を見て、ピンときましたの! この方が、私の運命の相手なんだと!」


 頬を染めて、両手で顔を覆うようにしたクラベル・イグレシアスは、ソファから立ち上がると、ヴィクトールの側までやってくる。


 そして、ヴィクトールの腕に、自身の細い腕を巻き付けて、豊満な胸を押し当てながら上目遣いで、迫る。


「婚約者なんて、お父様が勝手に決めた相手ですもの。それに、帝国の一貴族なんかより、隣国の王太子のヴィクトール様と結ばれる方が国のためにもなりますのよ!」


「昔から、イグレシアス殿下に寄り添い立たれた方が、婚約者だと聞いています。それを決めた、お父上様もそのようなことをお許しにはならないでしょうし、私も、そのように婚約者のいる方と結ばれようとは思いません」


 彼女の腕をほどき、やんわりと断ろうとするヴィクトールに、クラベルがさらに迫る。


「いいえ! ヴィクトール様が私を好いていて、私もヴィクトール様をお慕いしていると伝えれば、お父様は絶対に無下には出来ませんわ!」


「……では、はっきりと申し上げます。私には、心の底から大切にしたいと思う女性がいます。それは、イグレシアス殿下、あなたでは無い」


 何を言っても伝わらない様子の、クラベルにヴィクトールが、はっきりと断言する。


「ですので、私は、あなたと婚姻を結ぶことはない」


「いいえ! いいえ! ヴィクトール様は私と結ばれるのよ! 運命でそう決まっているの! 他の女となんて認められないわ!!」


「今年の定期会談も、先日終わりましたので、これ以上この国に滞在する用もない。イグレシアス殿下の言う大切な用も、婚姻の話でしたら、お断りして、帰国いたします」


 顔を真っ赤にして叫んだクラベルから距離を取り、そう言うと、ヴィクトールとマティスは一礼して、クラベルの私室を後にした。


 2人が部屋をでて、クラベルの私室には、クラベルと侍女だけとなる。


 そして、肩で息をしながら、ヴィクトールたちが出ていった扉を睨みつけていたクラベルが、しばらくののち、口を開く。


「ヴィクトール様の言う女に心当たりのある者はいないの!?」


「クラベル様。ここ数日、ヴィクトール殿下の後をつけさせていた者がおります。何か知っているかもしれません」


「はやく!! はやくそいつを呼んで!!」


「は、はい! すぐに!」


 焦ったように、侍女が扉を開けて廊下を駆けていく。


 そして、数分もしないうちに侍女は、1人の男を連れて戻ってきた。


「こちらの者が、クラベル様のご命令で、ここ数日ヴィクトール様の後をつけて、監視していました」


「ベン・ヴァルドです」


「お前の名前なんてどうでもいい! ヴィクトール様に付きまとう女の存在があったのか、それだけを教えなさい!!」


 目を吊り上げたクラベルが、語気を強めて目の前の男に問う。


「はっ! つい先日、殿下自ら、グロリア・ナセールという栗毛の女を、抱き上げて、この国に建てた別邸に招いていました。その女は、本日も殿下の別邸に訪れていたようです」


「グロリア・ナセール……」


「その女と、話す際の殿下はとても朗らかな表情をされており、私の目からも、好意を寄せているように見えました」


 男の報告を聞いたクラベルは、苛立ちを表すように、恐ろしい表情をしている。

 

「……グロリア・ナセールについて、早急に調べ上げなさい!」


「はっ!」


 その日のうちに、グロリア・ナセールという、女の正体は調べ上げられた。






 その日の夜更け、グロリアの家の扉をノックする音が響く。


 コンコン


「こんな夜更けに、誰かしら……」


 かなり遅い時間なのもあり、グロリア以外の家族はみんな自室で眠っていた。


 そのため、ノックの音を聞いて扉を開けたのは、不安と期待で眠ることが出来なかった、グロリアだった。


 ガチャ……


「どちら様で……」


「グロリア! 迎えに来たよ」


 扉を開けた、グロリアの目の前に立つのは、外套を纏ったヴィクトールとその背後に控えるマティスだった。


「ヴィクトール! もう、用は済んだのですか?」


「ああ、全て。グロリア、一緒に王国へ行こう」


「ええ! もちろん、どこまででもご一緒いたしますわ。私をこの国からお連れください」


「さあ、少し歩いたところに馬車を止めているから、暖かい服を着ておいで」



 そうして、夜が明けないうちに、馬車に乗って国境を越えたヴィクトールたちは、明け方にはラーヴァンド王国の王都に着いていた。







 ラーヴァンド王国、王都。


「凄いわ! ヴィクトール! ここに来るまでも、自然がとても綺麗で素敵な国だと思っていたのだけれど、帝国と同じくらい……ううん、それ以上に王都が活気付いていて、輝いているわ!」


「グロリアが喜んでくれたようで良かった。つい昨日の、暗く落ち込んだような表情は君に似合わない。今の笑顔が1番綺麗だ」


「ありがとう、ヴィクトール。お世辞でも嬉しいわ」


「お世辞なんかじゃないんだけれど……まあ、これから一緒に過ごすうちに、ゆっくり伝えて行くから、いいか」


「……? ヴィクトール、今何か言った?」


「いいや。それより、はやく王城に行こう」


「王城? なにか用事でもあるの?」


「グロリアはこの国に住む場所が無いだろう? だから、私の家で、一緒に暮らせばいいと思ってね」


「確かに、家はないけれど……? 王城が家……?」


「ああ、言っていなかったかな、私の名前はヴィクトール・フォーレ。ここ、ラーヴァンド王国の王太子なんだ」


「えっっ!!?? ちょっ、それってどういう!?」


「大丈夫。父上も母上も、下の兄弟たちもみんな優しい人たちだから、きっと馴染めるよ」


「そっ、そう言う問題じゃない気がするのだけれど……」


「王太子の私は嫌いかい? 一緒に暮らしたくない?」


「そんなわけ無いわ! ただ、身分の高さに驚きがすごくて……」


「きっと、すぐに、慣れるよ!」


 そんな風に楽しげに会話をしながら、馬車に揺られて王城へ向かう。


 グロリア・ナセールの2度目の人生はこれから始まる。


 自分がドッペルゲンガーなのか、そんなことを気にする暇もないほどに、楽しく、充実した日々が待っている。



































「グロリア・ナセールは私を暗殺しようとしたわ!!」


 アルボルト帝国、第一皇女クラベル・イグレシアスが大きな声でそう言った。


 それが真実なのか、そんなことは関係ない。


 この国では、第一皇女の我儘や無理を許容する父王がいるからである。


「はやく、グロリア・ナセールを捕まえて、処刑しなさい!!」

 

「はっ!」


 クラベルの命令に背く人間は存在しない。







 庭先の花を踏み荒らしながら、大勢の役人たちが、一軒の家の扉を軋むほど叩く。


 ダンッダンッッ


「どちら様ですか……?」


 扉を開いて外に出て来たのは、栗色の長髪を揺らす1人の女性。


「グロリア・ナセールだな」


「ええ、そうですけれど……」


「グロリア・ナセール。お前は、第一皇女クラベル・イグレシアスの暗殺を企んだ」


 グロリアが、驚きに、その、空色の目を見開く。


「暗殺は未遂に終わったが、重罪だ。よって、即日の極刑を言い渡す」


 その日、断頭台の上で、まだ若い、1人の女性の命が散った。


最終話までお読みいただき、ありがとうございました!


最後の展開は、書こうか迷っていた部分でした。

蛇足だと言われれば、否定はできません。

けれど、普通のハッピーエンドだけで、終わるのはどうなんだろう? せっかく初めて書いた小説なんだから、冒険してみても良いんじゃないかなと、考えた末、この終わり方にしました。


よろしければ、ブクマ、評価のほどお願いいたします!

また、良かった点、気になる点など、何でも良いので感想をいただけると、次作への励みになります!


改めて、ここまでお読みいただきありがとうございました!

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