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2話:ヴィクトールの邸



 暫く歩いて着いたヴィクトールの別邸。アーチ状の門をくぐり、綺麗に刈り揃えられた芝生の中、邸宅の玄関まで続く小道を進んでいく。


 別邸って言い方といい、さっきの王家の懐中時計って単語といい……何か、とんでもなく高貴な方なんだと思ってはいたけど──


「ヴィクトールの別邸……驚くほど大きいわね……」


 そう言って見上げる私の目の前には、白を基調とした大きな邸宅が聳えている。


 大きな玄関の両脇には、花壇が連なっていて、色とりどりの花々が、建物の白と鮮やかなコントラストをなしている。


「それに、とっても綺麗」


「そうだろう? 中も綺麗に調えられているから楽しみにしていて」


 ぽつりと呟いた私に向かって、ヴィクトールがそう言うと、後ろにいたイザベルさんが、慣れたように先を行き、邸宅の扉を開けた。


「ありがとう、イザベル。中に入ったら紅茶とスコーンを持ってきてくれるかい?」


「はい、かしこまりました。ヴィクトール様」


 ヴィクトールとイザベルさんが軽いやりとりをしてから部屋の中へと進んでいった。

 






「さあ、ここまででいいかなグロリア」


「ここまで運んでいただいて、ありがとうございます」


 部屋の中の椅子に、私を座らせてくれたヴィクトールに感謝を述べてから、部屋を見渡す。


 玄関を入ってすぐは、煌びやかなシャンデリアに、とても細かい紋様が刻まれた壁に、何処かで見たようなとても大きな絵画が、いくつも飾られていて、豪華絢爛という言葉がピッタリな内装だった。


しかし、部屋の中は洋書が所狭しと並んだ本棚に、シックな色味のテーブルと椅子、窓から見える緑といい、とても素朴で落ち着く雰囲気で、この邸宅の良さを感じられたような気がした。


「グロリア、傷の手当てをするから傷口を見せて」


 目の前に立ったヴィクトールが、薬箱と包帯を持ってそう言う。


 言われるままに、膝と肘の少し大きめな傷口を、ヴィクトールに見せると、彼は慣れた手つきで薬箱から軟膏を取り出して塗布した。

そうして、患部に手をかざして何かを呟くと、手早く包帯を巻いて、あっという間に傷の手当てが終了した。


「ありがとう、ヴィクトール。なんでか痛みも引いていったような気がするわ」


「私の国に伝わる治癒のおまじないをかけたんだ。きっと早く良くなる」


 そう言ってから、テーブルを挟んだ正面にヴィクトールが座り、その斜め後ろにマティスさんが立つ。


 暫くののち、部屋の扉をコンコンと叩く音がして、イザベルさんが入ってきた。その手には、トレイに乗せられたスコーンと、華やかな模様のティーポットとティーカップがあった。


「ヴィクトール様、紅茶とスコーンをお持ちしました」


「ありがとう、イザベル」


 イザベルさんが持ってきてくれた紅茶は、透き通るような赤褐色の水色で、スコーンは小ぶりでシンプルなものだけれど、横に添えられたベリーのジャムとクロテッドクリームは、艶々としていて、とても食欲をそそられる。


「わっ……美味しそう」


「今日あった色々なことに対する御礼だよ。遠慮せずに食べるといい」


「それでは、いただきます」


 紅茶を一口啜ると、柔らかな香りが口の中に広がる。その後にスコーンを一口食べると、濃厚なバターの香りとささやかな甘さが紅茶の風味によく合っていて──


「こんな、こんなに美味しいスコーンと、紅茶は初めてですわ!!このスコーンはどちらで買われたものですの?クロテッドクリームのこの絶妙な甘さはどうやったら?! この紅茶はどんな銘柄で、どんな淹れ方をしたらこんなに華やかに香り立つのですか」


 あまりのおいしさに、我を忘れたように質問を繰り返した私をみて、イザベルさんが口を開いた。


「ふふ、スコーンもクロテッドクリームも私が作ったものですわ。

けれど、そんな風に美味しく食べていただけると、作った身としてはとても嬉しいものです。

紅茶は、隣国ラーヴァンド王国のイリスという村で作られているもので、淹れ方はごく一般的な方法ですわ。」


 そう言ってにこやかに微笑んでから話を続ける。


「実は、市場で買ったりんごを使ったパイを、明日焼こうと思っていますの。良ければ明日もここに来て、食べていかれません?」


 思いがけないお誘いに嬉しくなる反面、こんなに良くしてもらっても、私には返せるものがないと思うと返答を迷ってしまう。


「今日の御礼は、このスコーンと紅茶で十分過ぎます。これ以上何かをいただくと言うのは……」


「イザベルの作るお菓子は、どれも最高に美味しいけれど、りんごのパイは格別なんだ。都合が合うのなら気にせず明日も来るといい」


「ふふっ、ヴィクトール様は昔からりんごのパイがお好きなんですわ。そのヴィクトール様もこう言ってらっしゃることですし、遠慮なんてせずに、私の作るパイを食べに来てくださいませ」


「ヴィクトール様はこの邸の主人で、そのヴィクトール様が来ていいと言ってるんです。何も気にすることはありませんよ」


 ヴィクトール、イザベルさん、そしてマティスさんにもそう言われたこと、ヴィクトールが昔から好むというりんごのパイが気になり過ぎたこと、イザベルさんのお菓子をもっと食べたいと思ったこと。


 全てが重なって、私の頭の中から遠慮という言葉は吹き飛んでいった。


「それじゃあ、イザベルさんの作るりんごのパイを食べに、明日も来ます!」


 そう言って、にこやかに笑った。





 昨日は、本当に濃い一日だったなぁと、朝日が眩しい、家のベッドの上で考える。


 あの後家に帰って、母親だという人に、こんな時間まで何をしていたのか、と至極真っ当なことを問い詰められ、おつかいとして頼まれていた物を買うのを忘れていた、ということでしっかり叱られた。


 「グロリア! 起きなさい!!」


 そんなことを思い返していると、一階から母親の声が聞こえてきた。昨日は部屋まできて叩き起こした彼女も、まだ早いこの時間は一階から声をかけるのにとどめるようだ。


 大丈夫、今日はちゃんと起きてる。


 昨日のも全部、夢じゃない。









 昨日に引き続き、今日も私は市場に来ている。


「さて、ジェルバの万能石鹸はどこに売ってるのかしら」


 昨日買うはずだった石鹸を、今日こそ必ず買ってくるように、と母親に念を押されたため、まず1番に買わなければいけない。


「昨日、イザベルさんに聞けばよかったわ。また今日も誰かに聞かなきゃ」


 軽く辺りを見渡すと、声を張り上げて、魚介類を売っているおじさんを見つけた。怖い感じはしないしあの人に聞いてみよう、と近寄って声をかける


「あの、おじさん。ジェルバの万能石鹸がどこで売っているのか、知りませんか? 昨日から探しているのですが見当たらなくて」


 こんにちは、と挨拶をしてからそう聞いてみる。


「あー、ジェルバのなぁ! ありゃあ今、移動販売してるんだ。なんでも、店をやってた親父さんが体調悪くしたとかで、ここんとこは、息子が木の箱担いで売り歩いてんだ。」


 なるほど、どうりでそれらしいお店が見当たらないわけだ。


「それじゃあ、その息子さんが今どこで売り歩いているのかってのはご存知ないですか?」


「あぁいや。場所は大体決まっててな、今日なら、市場の入り口に噴水のある広場があるだろ?あそこの噴水を挟んで、市場と反対にあるレストラン街のさらに先、奥まった住宅街のどっかで売ってるはずだ」


 細かな場所まで教えてくれるおじさんに感謝して、魚を買って行こうかと考えた、しかし、今買うとこの後歩き回ることを考えると、新鮮な魚が傷んでしまうような気がして、また今度にしようと思い直す。


「そうなんですね! 教えてくださりありがとうございました。また今度、ここでお魚買わせていただきますわね」


「おう! 安くしとくからな!」


 御礼を言って市場入り口まで歩いて行く。


 レストラン街を抜けた先にある住宅街。


 そこは前の私が暮らしていた地区だ。よく知るそこに向かうって言うのに、なぜだか酷く落ち着かない。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


よろしければ、ブクマ、評価のほどお願いいたします。

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