98.瞬息(3)
そして当たり前のように逃げ場を失くした角がいじめられる。58手目に9四歩、一旦8四角と逃げるが8三に歩を打たれ、静香の角が詰んだ。ここまでは50手目の6二銀から読まれてたんだろうなあ。静香はその銀を取る。61手目、6二角不成。ここで不成にする理由はロジカルではない。
飛車、角、歩は成った方が動ける場所が単純に増えて有利にしかならないので、成らないのはよほどの時、例えば打ち歩詰め回避ぐらいでしか使われない。ここで静香が成らなかったのは少しでも御厨先生の思考の時間を削るため。角成であればすぐ横の飛車で取る以外の手はない。そうしないと飛車が取られてしまう。でも角なら飛車は取れない。もちろん取られなかったら逃げて別の場所で成るから取らない手はないのだけれど。
だが、御厨先生は数十秒考えてから角を取った。それで静香としては十分。盤面はぎりぎり互角と言えるかもしれないが、少しづつ静香に不利になりつつある。プロ棋士ならみな後手持ちだろう。静香はそんな御厨先生と対照的に、まるで10秒将棋をやっているかのような勢いで、5五歩と進めた。
だが御厨先生も4九角打と早速取った角を、静香の囲いの盲点、4九に打ち込んでくる。だが本命は静香の飛車の方だろう。打ち込まれた角は直接飛車に利いているわけでは無いが、静香の飛車の斜め後ろには御厨先生の成桂がいるから、この飛車も逃げ場がほとんどない。だがそんなことは後回し、静香は3五歩と右辺の整理を先にする。
だが66手目7六成桂、5六飛、6七角成。まだ5九に逃げれるが、それでも飛車は後回し。4四歩、同金、3六桂打で、角金の両取りを静香はしかけた。これは御厨先生にとって、どこから手を付けるかの選択肢が多いだけに悩みどころのはずだ。
結局御厨先生は72手目を3五角としたが、ここで時間を使い切った。ここからは一分将棋になる。一方静香は25分も残っている。最も将棋は相手の王を詰ませるゲームであって、残り時間を競うゲームでないことは百も承知だ。
だが、盤面有利とは言え、まだ双方の囲いが健在な中盤で持ち時間を失ったことは、御厨先生にとっても痛いはずだ。これで今動いた角を銀で取ることもできるが、ここは確実さを優先、4四桂で相手の金を取って、さらにこの桂馬は3二に利いている。当然御厨先生も逃がした角を戻して同角で取るしかない。静香は4三金打と相手陣に突破口を作る。
ここで御厨先生の動きが止まった。1分をフルに使うつもりだ。50秒が過ぎカウントが始まってから3五桂打、逆に静香はノータイムで同銀。また御厨先生は時間いっぱいまで使う、残り5秒を切ってから同角。これで右辺の塊はほぼ解消され、かつ馬に狙われていた飛車が一旦逃げられる。あくまで一旦だけだけど。
79手目3六飛、4五馬。81手目にして、静香は初めて1分以上の時間を使った。これは7六の成桂を払ってかつ飛車を逃がすチャンスだけど守りが薄くなるので却下。3五の角を取って飛車角交換するのも悪くないけど却下。だってどちらも当然読まれている。この局面から静香が勝つチャンスは相手が一分しか考えることができないことだ。だから中盤も終わりかけのこの場面でもまだ相手の時間を責める。選んだ一手は3二歩打。
後手が明らかに有利になって来たけど、こちらも攻める。これは同飛で取るしかないはず。歩と金を失うが飛車を取ることができる。だが静香はここで3五の角を取ってここで飛車角交換を仕掛ける。当然同馬で取られる。
こうして相手の馬をずらしてから3二の飛車を取って同金で交換が成立。これで主な火種が解消された。静香は飛車、角、銀、桂を持ち、御厨先生は飛車、金、銀、そして歩が4枚。これだけ持ち駒があれば互いにいろいろしかけられると思うだろう。そして手番は静香。87手目、先ほど手に入れた角を4一に打ち込む。持ち駒で合い駒されると思ったのだけれど、4二金と逃げられたが、金を王から引き離すことができた。それで大丈夫との読みだろう。本当に大丈夫かな? 3二銀。静香は金駒を惜しげもなく使う。
これで少し盤面も少し戻したのではないかな。でも御厨先生はやはり秒読みまで考えてから、静香の切り札の2五の桂を馬で取る。敵陣に放り込んだ角や銀を取られても、成桂を作ればそれ以上の効果があったのに。
だがまだ手がある。91手目6一飛打。この手自体は即効性がない。だから緩手と思われたのだろう。92手目御厨先生は1七桂打で静香は初王手を受ける。これは同香で受ける以外の手がない。その後4九銀とまた静香の囲いの盲点を突かれる。静香は4八金と下ろして、守りを固める。その後は3八銀成、同金の銀金交換。これも仕方がない。
だがその後はさすが御厨先生。98手目4七金打。先に守りをなんとかすると思っていたから、これは静香の考慮外だった。ここで同金とすると同馬で王手をかけられた上に、守りが銀1枚になる。静香もここでも持ち時間を少し使って考えた挙句、4八銀打と守りを固めた。
ここからが勝負どころだ。