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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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91.レッドカーペット(4)

元々の予定では今頃はビジネスジェットの中で寝ていたはずだ。それなのに、未だにグラマフの会場で静香、いや千夜か、は音楽会のセレブたちとチェスを指していた。


千夜は今回のグラマフで5つのタイトルを取った。そのうち3つがメジャータイトルなので、マスコミのお祭り騒ぎに巻き込まれるのは仕方がない。正直ありがた迷惑な所はあるのだけれど、もらえないでスゴスゴ帰るよりは100倍ぐらい良い。


それが相当長くなった。なんでわざわざ世界の一流アーティストの前で、他人のアコースティックギターを借りてまでライブをしないといけないんだ? 最初はそう思っていた千夜も、ケイトが、スタンが、アンが、次々に掛け合いをしてくれるのでどんどん楽しくなってきた。どんどんアドリブを入れても、みんなそれに反応して音が広がり、原曲からどんどんかけ離れていく。そしていつの間にか別の曲になって、みんなが全く別のパートを歌い始めたり、複数の曲が同時進行しているのに、皆が注意深く双方の旋律を合わせたりし始める。


ボーカルはもちろんどんどん楽器が増えて最後には即席のビックバンドができていた。ポップス、ロック、ジャズ、カントリー、クラッシック、様々な分野の一流のミュージシャンが最高の歌を歌い、旋律を奏でる。


大合唱+大合奏は40分ぐらい続いた。それが終わった時、正直賞をもらった時よりも達成感を千夜は感じた。音楽をやっていて良かったと身体で感じる。


そこでさすがにもうお終いになると思ったのだけど、そこにジャズ界の大物、ローガン=パーキンスが、ジャパニーズチェスのクイーンにチェスで挑戦しようぜ、と言い始めた。


『私はオープニングを知っている程度ですけど?』


大丈夫、最初はあんまり強く無い奴から行く、とローガンが言い始めて、チェス大会が始まった。当たり前だけど何台ものカメラが私たちをずっと撮っている。


『ほらみんな、Gramaph Queen’s Cup を始めるぞ!』


最初にローガンに指名されたジャズマンは、本当に大したことが無かった。オープニングすらろくに知らないようなので、ギャラリー……世界の偉大なミュージシャンたち……が取り囲む中、千夜は彼をチェスの練習台にさせてもらった。


しかし振袖でチェスってとてもやりにくい。見た目もかなりシュールだろう。でもよく考えると駒が立体的なだけ実は将棋より楽なのかも? 正座もしなくていいし。


将棋とチェスは似ているけど違う。将棋は隣接するマスにしか移動できない駒の方が多い。王、金、銀、歩がそう。桂馬も2か所だけ。3か所以上行ける可能性を持っている駒は、飛、角、香だけだ。


だがチェスは違う。ポーンですら、最初は2マスのどちらかに動けるし、相手の駒を取る時などは最大3か所まで動ける。そして隣接するマスにしか動けないのはポーンとキングだけで、ビショップ、ナイト、ルーク、クイーンとガンガン動ける駒が多い。だからスピード感が全然違う。


最初の一人を練習台にして、千夜は少しチェスへの理解を深めた。将棋で駒を取られると、それは相手の持ち駒になるので辛くなる。チェスは取られるだけだからマシだと思っていたけど、逆に言うと駒の数が増えることがないので、それはそれで辛い。


そして金銀がないので、詰ませ方が全然違う。よくチェスをやっている棋士の人は感覚がおかしくならないな、と千夜は思う。でも、相手が弱いので千夜はノータイムで指しきって勝った。


『これで彼は私の曲を作ってくれるのよね?』


『もちろん作るよ。な? アーサー?』


『えっ?』


とりあえず新進のジャズマンが私のために1曲作ってくれることになった。


2人目は映画音楽の大家だが、彼もそれほど強くなかった。多分私がアーサーと遊んでいたのを見て、私が大したことが無いと思ったのだろう。先手はあちらで、初手 e4 と開けて来た。普通なら、e5 とポーンを向かい合わせにするのが最も良く使われる定石で、オープンゲームと言う。当然深く研究されているが、それらの研究成果を千夜はそれほどよくは知らない。


だから敢えて邪道を行く。ノータイムで c5 とわざと対称形を崩す「シシリアンディフェンス」を使う。チェスのプロたちの間でも、ここ数年流行していることぐらいは千夜も知っている。そしてこれらのセミ・オープンゲームの方が割合乱戦になりやすい。乱戦になれば将棋のバックボーンがある千夜の方に利がある。千夜は乱戦で中盤の力勝負に持ち込んで勝った。


『わかった、3ヶ月以内に1曲作って送るよ』


『最高のものをお願いね』


3人目はロックスターだ。彼はプロフィールにチェスが趣味だと公言している。このゲームようやく千夜は白、即ち先手を取れたので、初手で d4 を上げた。チェスは片方のプレイヤーが両手にそれぞれ別の色の駒を握る。もう片方のプレイヤーがその色を当てれば先手の白、外れたら後手の黒だ。


相手は千夜に d5 クローズド・ゲームだ。2手目は c4 e6 いわゆる「クイーンズ・ギャンビット・ディクラインド」だ。これもかなり古くから研究されている定跡だ。でもこの大会が Queen's Cup と名付けられたことを千夜は気に入った。だってこの場の Queen は千夜で、千夜のための大会だ。序盤でミスると危ないけれど、なんとか自分のペースに引き込むことにする。これまでの2戦目と同じように千夜も相手も全部ノータイムで指す。


3.Nc3 Nf6 4.Bg5 Be7 5.e3 0-0


チェスでは将棋と違って、白と黒それぞれが1手ずつ指す。今回3手目はお互いにナイトを白が c3 に 黒が f6に指したと言う事を表す。ナイトのつづりは knight だけど、King とかぶるのでNと略される。4手目にお互いビショップを動かして、5手目に千夜はポーンを動かした。ポーンは省略されて位置だけで表される。


それに対して黒は「キャスリング」をかけてきた。キャスリングはチェス独特のルールだと思う。細かい条件を省略すると、キングとルークが最初からまったく動いておらず、かつ間に他の駒が無い場合、キングは2つ右に移動し、ルークをその左側に置くことができるという特別ルールだ。つまり1手で3手分ぐらいを進めることができる、非常に有効なルールで棋譜では0-0 と記載される。もし将棋でこのルールが採用されたら、四間飛車穴熊が大流行するに違いない。いや、香車がいない穴熊は弱いか。


後はまだ発生していないけど、ポーンが一番奥の段まで上がれば成ることができる。これをプロモーションと呼んで好きな駒に成ることができる。成るのは当たり前だけど、特殊な場合をのぞいてクイーン一択。他にもポーンで起きるのは特殊ルールに、アンパッサンがあるがこれは千夜は見たことが無い。あとはステイルメントという引き分けに持ち込む技術。これを狙って行えるようであれば相当強い。プロの試合では多いらしいけど、アマチュアではそんなに起こらない。


ここまでは「クイーンズ・ギャンビット・ディクラインド」の中でも「オーソドックス・ディフェンス」と言われる定石になる。さてここからが棋士の腕の見せどころだ。


6.Nf3 b6 7.Qc2 Bb7 8.Bxf6 Bxf6


8手目、将棋風に言うならば15手目に白の千夜は、相手の3手目(将棋で言うならば6手目)に動かしたナイトをビショップで取った。それを同角で取られた。と言うのを表す。角と八方桂の交換だ。


9.cxd5 exd5 10. Bd3 g6 11. h4 h5 12. Bxg6 fxg6 13. Qxg6+ Bg7


9手目はc列にいたポーンで d5 にいた駒(今回はポーン)を取ったということになる。ポーンが将棋の歩と違うところは普通は前にひとマス動くが、相手の駒を取る時は斜めに動くということだ。12手目は相手のポーンをこちらのビショップで取ったがポーンで取り返されたということを表している。


将棋で角と歩の交換をするなんて最終盤だけだろう。チェスも一緒だ。千夜はもう終盤だと思ったからそうした。13手目でクイーンでそのポーンを取って王手。+は王手、チェックを表す。そこにビショップでガードを入れてきたということだ。


14. Ng5 Qf6 15. Qh7#


14手目でクイーンの支援にナイトを動かすと、そのすぐ傍に相手のクイーンが飛んできた。クイーンがそのままナイトを取らなかったのは。こっちのポーンが利いているからだけど、それだと15手目にクイーンで詰み。詰みは#です。f7 に逃げれるように見えるかもしれないが、ナイトが利いているから相手のキングは逃げられない。


『チェックメイト』


まあ14手目でナイトを取られていてもポーンで取り返した後に、がら空きになったG列のルークの手が伸びるから、まあ勝ちは揺るがなかったと思う。


これでロックの曲もゲットだ。でもそろそろ帰らないと明石さん始めスタッフが心配しているような気がする。この対局も当然撮影はされているけど、流石に生中継はされていないだろうからね。

31話の後書きでも書きましたが、思ったより早くリアルで修羅場が来ました。なんとか6月分は書き終えたのですが、7月は予告どおり全休します。8月に復帰できるようにリアルを頑張って、8月から連載を再開したいと思います。


とは言え、めちゃめちゃ中途半端なところなので、7月は明日だけ更新してそこからお休みします。

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