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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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88.レッドカーペット(1)

翌朝、今日が本番だというのに体が重い。幸い千夜は今日はパフォーマンスをする予定はない。千夜がここに来るために労を惜しまずに用意をしたり、調整したり、応援をしてくれた人たちに、できるだけ満足して欲しいと思う。とは言え千夜にできることは少ない。


つまり、レッドカーペット、他のセレブとのふれあい、受賞時のコメント、そしてマスコミ向けのコメント。その4つだけだ。


この中で千夜の一番の見せ場はレッドカーペットだ。今回は色々な調整の末、和服で臨むことになっている。師匠に頂いた物も高級品だけど、これはまた格が違う。滝山呉服店様による渾身のオーダーメイド、この世界でいうおあつえの振袖だ。師匠に頂いたものと被らないように、今回は「淡黄蘗うすきはだ」がベース。文字通り薄い黄色と思って頂ければよい。そして図柄は「流水取四季草花文」で一流の染色家による手染め、素材は正絹。最近は和服も機械印刷が多くなってきているという。これおいくらぐらいするんでしょうね?


帯は同系色だが若干濃い「菜種油色なたねあぶらいろ」の菱文様の帯で、きめ細やかな刺繍がびっしり入っていて、これも振袖と同じく1点ものの手作業。細くて濃い紅がアクセントになっていて。帯揚おびあげは、「錆朱色さびしゅいろ」で、ちょっと落ち着かせている。これも細かな細工がところどころに施されている。そして帯結びは太鼓ではなくて「ふくら雀」。帯揚げとちょっと合わないかもしれないが、個人的にはアクセントになっていると思う。


やはり薄い黄色の鼻緒の草履に、帯とお揃いの柄のバッグ。髪は簡単に日本髪っぽく結い上げて、そこに「銀杏型」のかんざしを刺している。よく舞妓まいこさんたちがしている「花かんざし」のように派手ではないけれど、きっちり蒔絵が施された逸品だ。


グラマフのレッドカーペットでは、各ブランドの渾身の衣装が溢れている。エレガントなものから奇抜なものまで多数あるけれど、民族衣装もないわけではない。ただ、メジャータイトルにノミネートされているアーチストが着るケースは珍しいし、ここまで豪華なものもほとんどないだろう。


千夜も明石さんも、和服にも日本髪にも慣れているけれど、それでもここまで一分の隙もないような着付けは難しい。だから着付けも髪も在米の専門家がメインできっちり整えてくれた。おかげできっちり着付けを済ませることができた。


こうしてグラマフ賞のレッドカーペットに千夜は現れた。ここが千夜の今日一番の見せ場だ。早速千夜はグラマフの公式レポーターにマイクを向けられる。グラマフだからこのレポーター自身も結構なセレブリティ。


『ハーイ。ここで主役の一人が登場ね。みんなもよく知っているアジアの歌姫、チヨがきたわ』


日本で言うセレブな奥様とか、そういうレベルじゃない。アメリカでも知らぬ人がいないぐらいのコメディエンヌでテレビはもちろん映画にも出ている。まだ二十歳そこそこだけど、人を攻撃せずに笑わせるのは名人芸だと思う。


『ありがとう、ステフ。お願いだからとても緊張している私の心をほぐして』


初対面だけど、いきなりお互いに呼び捨てだ。自分が上手く対応できているか、千夜にはわからない。


『今日は完全にジャパニーズスタイルなのね。とても気品を感じるわ』


レッドカーペットはファッションショーの意味合いが強いので、当然この質問が出てしかるべきだ。


『ありがとう。これを着るのは仕立ててもらった時以来だから自分でも不安なのよ』


千夜はその場でゆっくりと一回転する。匠の技を良く見て欲しい。そうでなければ滝山呉服店様にも今回手を引いてくれたルイッチ様にも申し訳ない。


『とてもイケてるわよ。今日は何回あなたの口から Thanks  が聞けるか楽しみにしているわ』


ステージの上からってことだよね? 立てればいいね。


『ステフ、ありがとう』


そして、千夜は草履でレッドカーペットをゆっくりと歩く。千夜は現代の10代日本人女性として、着物を着た回数が上位10%ぐらいには入っていると思うけど、それでも疲れる。


その後千夜は、日本からきた取材陣の応対をする。このうちの半分の半分ぐらいは、同じプライベートジェットに乗って来た人たちだから気が楽だ。


それから千夜は一部の報道陣、日本での放映権を持っている人たち、を連れて、会場内に入る。だがもう千夜の今日の仕事は終わったようなものだからもうどこかの椅子に座って寝ていようかな。だってここには知り合いもいない。だが、顔を知っている人たちはちらほらいる。つまり千夜が一方的に知っているセレブリティたちだ。


その一挙手一投足が、ちょっとしたコメントがSNSで上位に乗り、世界中のメディアに掲載されてしまう、そんな本物のセレブリティたち。そういう人たちがちらほらいる。


せっかくここまで来たのだから、彼ら彼女らに話しかけてみるべきなのではないの? 昨日千夜はキャロライン=マクラウス、ローラ=ロペス、ジョシュ=オースターという映画界のセレブリティと会話し、それどころかたった一日だけど映画の撮影をして連絡先を交換した。


もちろん撮影が終わっただけなので、その後の作業の方が時間がかかるのだろうけれど。


だが、昨日はオリバー=ミラーという強力な仲介者がいた。この場にそのような人がいてくれればありがたいのだけど、千夜に縁がある人がこの場に……いた。


スタンリー=ブラウン、イギリスの大物ミュージシャン。元々誰でも知っているロックバンドのメンバーだったが、解散後はソロで活動中。千夜のように他人任せではなく、自分で作詞、作曲し、他のミュージシャンたちにも提供し、それをセルフカバーすることもある。


そしてその楽曲を提供されたひとりが千夜だ。だからこの場で直接礼をするのはとても自然なはずだ。千夜はちらちら彼を見ていたが、他のセレブと一緒にいるのか、報道陣に囲まれたままだ。


しかたがない。このまま割り込みに行こう。どうやって割り込もうかな、千夜が考えながら近づくと千夜に気が付いた報道陣がかってに通り道を作ってくれる。おおっ、なんかすごいぞ。

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