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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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87.キネマの天地

さて、アメリカの3日目は映画の都ハリウッドだ。千夜は早朝から昔の映画のセットをバックに弾き語りの撮影をした。この後は短編映画の撮影だけど、ディスカッションから始まるから撮影は早く終わるだろう。明日はグラマフなので今晩こそ早く就寝したい。


そしてソロの撮影を終えてすぐ、予定よりもかなり早い時間に約束した場所に着いたにも関わらず、千夜以外のメンバーが全員揃っていた。日本ではエンタメ業界の人は、他の人に比べて時間にルーズな人が多いと言われる。実際にはそうではないけれど、将棋界の人と比べるとやはりルーズだと思う。だが、こちらの人は千夜以上に時間に厳しいようだ。千夜は気を張り直した。


そして千夜は、まず半年ぶりに会う大物俳優であるオリバー=ミラーに抱き着く。


『元気だったかい、チヨ』


オリバーは初老と言ってよい歳だけど、健康的には全然問題がなさそうだ。


『おかげ様で、こうしてハリウッドにも来ることができました。しかも今日は素敵な体験になりそうなのでいまから心臓がバクバクしています』


千夜はオリバーと少し離れて、礼を伝える。


『実際のところチヨが、LAに来るのは来年の2月だと思っていたよ』


オリバーには受験のことについて少しは伝えたと思う。だから今年来るとは思っていなかったのだろう。そう言いながらオリバーは隣にいる30歳をちょっと超えたかな、ぐらいの女性の方を意味ありげに見た。


『じゃあ他のメンバーを俺から紹介しよう。こちらはキャロル=マクラウス、今このハリウッドで最も勢いのある監督と言っていい』


キャロライン=マクラウス、元々あまり売れない女優で、早い時期から撮られる側から撮る側に移って大成功した。コメディ、アクション、社会派ドキュメンタリーと幅広い分野において、作品を立て続けに発表している。噂では常に5から6本の映画の企画を進めているというが本当だろうか? 今回の企画も彼女の発案による。


『Ms.McLouth あなたのような、とてもパワフルな監督にお声がけ頂いてとても嬉しいです』


千夜は日本人的なお辞儀をした後、改めて彼女にハグした。実は1年近く前に千夜に映画出演のオファーをくれた監督でもある。その時は鎌プロが泣く泣く断ったそうだけど、こうしてまた声をかけてもらえるのはとてもありがたいことだ。


『こちらこそ。あなたのように若くてなんでもやってのける子は大好きよ。これからもよろしくね』


キャロルだって映画監督としては若い方だろう。


『そしてこちらは、ローラ=ロペス 知らないはずがないよね?』


彼女はまだ17歳の時に大型映画のヒロインに抜擢された。残念ながらそのデビュー作は大コケし、良かったのはローラ=ロペスを発見したことだけだ、と酷評された。その後は緋色の絨毯の真ん中を歩き続けている大女優。年齢と共に役柄も変え、今は落ち着いた大人の女性、あるいは母親などを演じることが多い。


『もちろんです。あなたの映画を何度も見ました。もちろんあなたの色々な噂も聞いています』


様々なスキャンダルでも知られている彼女は今まで7回も結婚している。幸いなことに死別は一度もない。


『あら? 太平洋の向こう側でどのように噂されているのかしら? 後でゆっくり教えてね?』


そう言いながらも千夜を優しく強く抱きしめてくれる。


『そしてこちらは、ジョシュ=オースター、まだ19歳になったばかりだけど、来月にはアカディムアのトロフィーを手にしていると思うよ』


昨年最大のヒット作となった映画の若き主演男優。ちなみにその映画の監督はキャロルだからその繋がりで来てくれたようだ。


『あなたのような若き天才の相手役を勤められるなんてとても光栄です』


彼は紳士的に右手を出してきたので、千夜はその手を固く握る。


『僕はオリバーをとても尊敬しているんだ。彼からチヨの事を聞いてとても興味を持っていたから、昨日の夜シカゴの現場から飛んできたんだ。おっと日本から来たチヨにはとてもかなわないよね?』


そんな怖いぐらいに整った顔で、年齢よりも幼く見える笑顔を浮かべられてしまうと、恋に落ちない女の子なんていないんじゃないだろうか?


『じゃあ、これから今日は何を撮るかディスカッションしようか』


そういうオリバーに監督のキャロルが口を挟む。


『ちょっと待って、私は先々週かな、アンリにオリバーとチヨの話を聞いたの』


アンリと言うのは夏にオリバーとふたりしか登場人物がいない作品の監督と撮影をした、フランス人映画監督のアンリ=ルフェーブルのことだろう。


『作品は見せてくれなかったけど、「わずか4日で2時間ものの映画を撮影した、しかも内容にはこれまでのどの作品よりも自信がある」って言われたわ。そんなこと言われたら黙ってられないじゃない? 私は今日一日で2時間の映画を撮るつもりなの、もちろんその準備はしてきたわよ』


キャロルがこれまでと一転して、まくしたてるように話し始めた。


『キャロル? ちょっと話が違うんじゃないかしら? まあ私はどんな仕事でもこなすけど』


ローラが貫禄と茶目っ気を両立させた笑顔で笑う。


『僕が皆さんの足を引っ張ってしまいそうですね。さっそく緊張してきてしまいました』


ジョシュが緊張なんかとてもしていない、柔らかい笑顔と口調で話す。


『もちろん私も微力を尽くします』


千夜も負けてられない。これだけのメンバーに囲まれてできないことなんてないはずだと思った。だが契約とかどうなってるんだろう。こちらは日本以上に契約社会だと聞いたような気がするのだけれど?



残念ながら千夜がホテルに帰った時には日付は変わっていた。この国の人はなんてパワフルな人ばかりなんだろうと思いながら、千夜はベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。

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