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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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85.ストリートライブ

ロサンゼルスに来て2日目、千夜は早朝からミュージックビデオの撮影を始めた。プロモーターが指折りのミュージシャンを集めてくれていたので、リハはぎりぎり初日のうちに通すことができたからだ。


だから2日目は、真っ暗な未明が黎明に変わり、そして日が昇り朝になるまでの間、ひたすらギターで弾き語りをすると言う行為を、天文台の前でやり終えた。1月の終り、ロサンゼルスと言えども平地より気温も低く、風が吹き抜ける丘の上、防寒対策はしてきたとは言え、指は凍るように冷たい。千夜はピックはなるだけ使わない派だ。今日はライブがあるから指先には特に気を付けないと。


数々の映画の舞台としても使われており、日中から夕方、そして夜景を見るための人々でにぎわうこの観光地も、この時間帯には収録の最後の方にランナーがちょっと千夜を見ていただけで、何事もなく撮影が終わった。


この後は朝食を食べながら少しだけ寝て、ストリートで別の曲を演奏する。もちろん早朝のもこちらも事前に当局の許可は得ている。


ストリートでは撮影の用意がされている間。千夜はメイクと髪を整える。使うのはもちろんスポンサーのプレーン化粧品製。身に纏うのは帽子から靴まで全部ルイッチ製。昼のライブが始まるまであと4時間とちょっと、このストリートで演奏するのは30分弱。結構ギリギリのスケジュールだ。


簡単ではあるが、カメラが複数用意されていて、観客に見せかけたボディガードが、輪を作っているので、何だろうと思っている人たちが集まってきた。千夜が出て行って、みんながっかりしなければいいんだけど。用意ができたと明石さんが呼びに来たので、千夜は帽子を深くかぶり、サングラスにマスクといういかにも怪しげな風貌で、明石さんの先導についていく。千夜のすぐ後ろを警備会社の屈強な社員、このチームのリーダーが追って来る。千夜が背負っているギターケースに入っているのは使い慣れた自前のアコースティックギターRR-36。当然調弦はもう済ましてある。


千夜は人混みの輪を潜り抜けて、演奏スポットに入ると、ケースを背中から下ろして、ギターを取り出す。ここではストリートミュージシャンなので、チップが入れられるようにケースを開ける。


千夜は立ったまま、自分の持ち歌のひとつである『Here I am』のイントロをギターでかき鳴らす。それだけでギャラリーから歓声が起きた。そして思いっきり大声で歌い始めた。さらにギャラリーから大きな声が飛ぶ。マイクはあくまで記録用で、カメラについたカムコーダー。だから千夜は観客に負けないように大声で歌った。歌っている間に、まだ午前中のそれほど人通りが多くないストリートなのに、どんどん人が集まって来るのが判る。嬉しいことだけど、これはちょっとまずいかもしれない。


1曲目を歌い終えてアウトロも引き終えると拍手と歓声が周囲に満ちた。千夜は頭を下げる。人の輪の最前列は警備会社のスタッフだけど、真正面だけは開いていてすぐにギターケースにお金を入れてくれる。もしここから暴漢が現れたら、千夜の後ろにいる屈強なリーダーの出番になる。


「Are you really Ms Maizuru Chiyo?」


少し遠くから叫ばれた。


「Yes, do you know me?」


千夜の答えに対し、大きな歓声と拍手が巻き起こる。ダメだ。こういうのを聞いていると、本当にグラマフ賞もひとつぐらいなら取れそうな気がしてしまう。間違えてはならない。千夜がスゴいのではなくて、グラマフ賞にノミネートされたアーチストだから多分スゴいのだろう、が正解だ。


千夜は2曲目のイントロに入った。この国の人たちは皆ノリがいいなあ。当然千夜は一生懸命弾き語りをしているけれど、2曲目は日本語、だから観客は全然わからない歌詞にもちゃんと、歓声をあげてくれるし、ギターケースに硬貨や紙幣が投げ込まれる。


しかし肉声で歌っているからか、最前列の警備員が押し返せないぐらい、どんどん人の輪が近づいて来る。そして間奏に入ったところで、スタッフから×印が出た。これはあらかじめ決めていた合図で、警察からストップが入った時に出されるサインだ。


千夜の後ろに控えているボディガードがこのストリートに限らず、千夜のアメリカ滞在中のセキュリティ責任者だ。その彼が事前にこのように言っていた。


『未明の天文台は寒すぎるので無謀だと思う。だが、午前中のストリートは不可能だよ。なぜ警察が許可を出したのかわからないね』


真冬の早朝の寒さはなんとかなった。だが平日の午前中とは言え、ストリートではやはり無理だったということだろう。さすがグラマフ賞。千夜は間奏にこれまで自分が教わったギターテクニックを詰め込んで、それから二番は本来は存在しない英語で即興で歌った。アウトロが終わると、千夜はすぐにボディガードに囲まれ、そのまま明石さんとその場から連れ去られると、元の車に放り込まれた。


ボディガードたちは車が発車できるように車の前方に群がる人々を追い払う。


「あれ? 私のギターケース戻ってきますかね?」


「多分どなたかが回収してくれていると思いますが……」


発車する車の中で、明石さんも自信なさげだった。その後今日のライブ会場に着いた時、ちゃんとギターケースとそこに入れられたチップは回収されていた。


ギターケースは返してもらったけど、千夜はチップをセキュリティ会社の現場の人で分けてもらうことにした。セキュリティ会社には結構なお金を払っているけど、現場のスタッフひとりひとりにお金がどの程度いってるかはわからないからね。


それでは空いた時間で、もう一回通しでリハをしよう。その後ちょっと休めばライブがもっと良くなる。千夜はそう思った。

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